第19話 動物園に行った!
梅雨の合間の晴れの日。つまりクソ暑い日。
おれは動物園の正門前に立っていた。
「あっちぃ......」
まだ梅雨とはいえ、既に7月だ。日差しがジリジリと肌を焼くのを感じる。
「うっす」
少し待つと、
「動物園ってマジで小学生以来だわ」
舞愛ちゃんはそう言って白い歯を見せた。
「おれも」
幼少期、もう顔も覚えていない両親が俺の手を引いて動物園に行った思い出が蘇り、懐かしくも物悲しく感じた。
「大人2人で」
「1人500円です」
「安っ!」
思っていたより安い入園料に驚きつつ、順路に沿って進んでいくと、カワウソがいた。
「意外とアホそうな顔してんな......」
「舞愛ちゃんみたいだね」
「しばくぞ」
「怖いって」
「うわぁ~!かわいい!」
舞愛ちゃんは急に声の質が変わり、水槽の中のカワウソに対して視線を合わせるためしゃがむ。
このカワウソはコツメカワウソ。かなりメジャーな種類だと思う。
ふと、水槽に丸い穴があけられているのに気づく。
「この穴なんだろ」
「お!ごはんあげられるんじゃね!?」
舞愛ちゃんが興奮気味に言う。
あたりを見回すと、ガチャガチャを発見した。「一回500円」と書いてある。
「やりたい!」
子供のようにはしゃぐ舞愛ちゃん。
おれは(入場料と同額か......)とろくでもないことを考えていた。
その間にすでに舞愛ちゃんはガチャガチャをやってきたらしく、餌が入ったカプセルを持っていた。
「速すぎだろっ!盗塁王行けるんじゃないか?」
「トールイ?」
舞愛ちゃんは野球をあまり知らないらしい。かくいうおれもそんなに知っているわけではないが。
「そんなことより見ろよ市野!かわいいぞ~」
舞愛ちゃんが餌を持って近づくと、カワウソは飯が来たと分かるらしく、穴から前足を出して餌を取ろうとした。食い意地が張っている。
「舞愛ちゃんみたいだね」
「どこが?」
舞愛ちゃんが振り返ってジト目でおれを見た。
彼女はカワウソに対しては聖母のような穏やかな顔をして、餌を渡すと、一瞬で餌を持っていかれていた。
「は、早っ!」
500円で5粒入っていた餌は5秒で無くなっていた。
「野生を見たな。舞愛ちゃん」
「......楽しかったからいいの!」
彼女は子どものようにほっぺを膨らませてそっぽを向いた。
「次行くぞ!次!」
舞愛ちゃんはテンションが上がっているのか、おれの手を掴み、歩き出す。
おれは気が気ではなくなった。
彼女の体温が手から伝わってくる。
ここでラブコメ主人公とかなら顔を赤らめて「ちょっ!手!」とか言うのだろうが、余計なことを言って手を離されたくない。舞愛ちゃんを少しでも長く感じていたい。
そういった打算的変態思考に基づき、おれは黙って引っ張られた。
「お」
舞愛ちゃんが足を止める。
ゾウの展示エリアだった。
柵に手を置こうとした舞愛ちゃんは、そこでおれの手を握っていることに気づいた。
「あ......ごめん」
舞愛ちゃんは照れながらおれの手を離し、柵に自分の手を置いた。
おれは宙ぶらりんになった手を置く場所を探し、なんとなく、柵に置かれた舞愛ちゃんの右手に自分の左手を重ねてみた。すぐに自分のしていることに気づき、自分でも暑さで頭がイカれたのかと思った。顔が熱い。気温のせいではなさそうだ。だが手をどかすことはしなかった。
舞愛ちゃんは一瞬驚き、自分の手を引き抜いた。
あっ......と思う。
しかし、舞愛ちゃんは赤くなりながら、おれの左手の上に右手を置くと、そのままおれの手ごと柵から降ろした。
そして、指と指を絡めてくる。恋人つなぎ......
「い、い市野が迷子になると、困るからなっ!」
そう言って、ビシッとおれを指さすが、明らかに照れ隠しだった。
おれも照れまくって、いや、テンパって
「リードつないでくれ」
などというドM発言をしてしまった。
†††
その後も、おれたちは手を絡ませたまま、ゾウ、ワニ、オランウータンなど様々なところを見て回った。
ゴリラの檻の前で
「似てんなぁ」
と言ったら殴られた。誰に似ているか、なんて言っていないのに。
おれはその間も舞愛ちゃんの手に意識が向きっぱなしだった。......ゴリラのときも手をつなぎっぱなしだったので手錠デスマッチみたいに感じなくもなかったが......
最近は彼女のことを考えるだけで胸がドキドキ苦しくなる。人間を避けてきて、ましてやヤンキーなどという人種を毛嫌いしてきたおれが、ヤンキーである舞愛ちゃんをここまで好きになるとは皮肉なものだ。
唐突にある考えが浮かんだ。
(決めた。言ったる)
心のなかでそう呟いた。
今日の終わり、帰り際に告白しよう。
「市野、ライオンだぞ」
そんなことを考えながら舞愛ちゃんに手を引かれるまま歩いていたおれだったが、舞愛ちゃんの言葉で現実に戻る。
目の前にはライオンの展示があった。柵から掘りを挟んだ岩場に、ライオンのオスとメスが暇そうに寝ていた。
オスのライオンは気まぐれに目を覚まし、吠えた。
いきなりの行動に、他のお客さんのほとんどは驚いていたが、舞愛ちゃんは
「おお」
と言っただけだった。
肝が据わってんなぁ......
「ビ、ビビったぁ......」
結構驚いたおれは、びくっと震えた。
なんだか嫌な視線を感じて、隣を向くと、舞愛ちゃんがニヤニヤしていた。
「市野、ビビりだなぁ~」
彼女はニヤニヤしておれの肩をツンツンつつく。
「うぅ......」
「ふふふっ」
「おい」
おれと舞愛ちゃんの会話に誰かが割り込んできた。
ヤバいやつか?と思ったが、そいつを見ると、おれたちと同じくらいの年代と思われる男だった。
「てことは、またヤンキー?」
頭の中で考えていたことの最後の部分が口に出た。
「あぁ。ヤンキーだな」
舞愛ちゃんがそれに答える。
「この街どんだけヤンキー多いんだよ。ニュージーランドの羊かよ......」
舞愛ちゃんと、いい感じの雰囲気だっただけに、おれは機嫌が悪くなる。
「
男は一方的に難癖をつけてくる。そしてなぜかおれの方を見る。
「そうか......フフ」
なんか1人で納得して1人で笑っている。大丈夫かこいつは?
「貴様がパンチ一発も出さずに、
勇って誰だ。おれはしばし思い出す。だいたい血まみれってなんだ?おれは人を殴らないぞ。
「あれだよ。あのカラオケのとき......」
舞愛ちゃんの耳打ちでようやく思い出した。
皆でカラオケに行った帰りに舞愛ちゃんに絡んできた
「あぁ!アイツか!」
「
男は一方的に宣言して、ファイティングポーズをとった。
「アァん?」
厄介なことに、それを見て舞愛ちゃんは手をボキボキ鳴らし始めた。
「待った待った待った待った!」
おれは2人を制止する。
こんな動物園のど真ん中でケンカをおっぱじめたら大迷惑だ。それに、舞愛ちゃんに人を殴らせるわけにはいかない。
「なんだ貴様?怖気づいたか?」
丸本は芝居ががった表情と口調で言った。
「そういう問題じゃねぇって!」
おれは必死に丸本を止める。
「市野っ!こいつを殴らせてくれ!この野郎ケンカ売ってきやがって!」
ま、舞愛ちゃん......!
「ダメだって!約束しただろ!」
「約束?なんだ貴様ら付き合ってんのか?」
ら、らちが明かない......
舞愛ちゃんと丸本は今すぐにでも殴り合いを始めそうな雰囲気。周りには一般人が多くいるし、中には家族連れもいる。なんだなんだと人が集まり始めている。
クソっ!こうなったら力づくで行くしかない......!
「あーーーー!!!!!逮捕逮捕逮捕逮捕!!!!!FBI!オープンアップ!!!!!」
おれは意味不明な言葉を叫びながら、二人の手首をがっつり掴んだ。
「貴様!何をする!?」
「うぉっ!どうした市野!?」
握力には自信がある。丸本が振りほどこうとしてもガッツリ掴んで離さない。舞愛ちゃんは無抵抗だった。
おれはそのまま二人を引っ張って動物園の出口に向かったのだった。
つづく
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