第18話 ファミレスドカ食いヤンキー女!

 「まぁ、その、元気出せよ」


 肩を落として歩くおれの背中を舞愛まいあちゃんはポンポン叩いた。


 「だってさぁ......」


 ほぼ3クラス分の人間に生ケツを見られた。

 これで存在感が薄かったはずのおれは、たちまち“ケツの人”だ。水泳が終わって教室に戻ったおれはクラス中の生暖かい視線を向け続けられたのだ。


 「なんか奢るからさ」


 「マジで!?」


 一瞬で元気になる。

 女の子に奢らせるのはダメだって?関係ない。おれには金がないのだ。


 「まぁ、ケツ見た代?」


 「はぁぁぁぁ......」


 「ふふふ」


 「笑いごとじゃないって......」


 等価交換で舞愛ちゃんのケツも見せてくれと言おうとしたが、流石に殴られそうなのでやめておいた。


 

†††



 さて、やってきたのはイタリア風ファミレス。

 学校に近いところにあるので、放課後のこの時間は混んでいる......と思いきや、スカスカだった。

 端っこの席に通される。

 注文はスマホで番号を入れる方式らしい。


 「久しぶりに来たらこんなことになってんのか」


 舞愛ちゃんは最後に来たのが去年らしい。おれはというと、初めてだった。なんせ友達いなかったし。

 おれは、かのファミレスで最も有名なドリアを頼んだ。食べてみたかったのだ。

 舞愛ちゃんはというと......おれが頼み終わった後もしばらくポチポチしていた。

 迷ってんのかと思ったが、数分後にはその説は否定された。


 「お待たせいたしました。カラミチキンでございます」


 すでに皿がテーブルいっぱいに置かれているが、また料理が来た。


 「え、まだ来るの?」


 「おうっ」


 「マジかよ......食いすぎだろ......」


 「皿が多いだけだよ」


 そう言いながら舞愛ちゃんはハンバーグを頬張る。


 「んぅ〜〜〜!!!」


 美味しそうに目を細めるが、こっちは見てるだけで胃もたれする。


 「それだけで足りるのか?」


 空になったおれの皿を指して言うが、おれは既にお腹いっぱいだ。というのもいつもつくってもらっている弁当もかなり量が多く、放課後になってもまだ腹に残っていたからだ。


 「逆によくそんな食えるな......」


 「え?こんくらい普通だろ」


 彼女はすでにハンバーグを完食していた。

 マジで胃の構造を知りたい。


 「胃が3つあるのか?」


 「私はウシかよ!」


 「残念!ウシの胃は4つ。3つなのはラクダとかだ」


 「どっちでもいいわ!」


 「だいたい、ウシだったら共食いになっちゃうだろ」


 「市野いちの、お前なに言ってんの?」


 と、バカな話していると、店員のお姉さんがやってきた。


 「お皿お下げいたしますね」


 と、言っていたが、笑顔が引きつっている。

 そりゃあそうだ。テーブルの上には大量の皿。

 結局お姉さんは全ての皿を片付けるのに3往復していた。

 ウシやラクダは反芻動物という。

 一度飲み込んだ食べ物を胃から口に戻してまた飲み込み、さらにいくつもある胃を順番に通し、消化効率を良くするのだ。

 何往復もするお姉さんを見ておれはそのことを思い出した。

 舞愛ちゃんに話すと


 「汚えよ!」


 と怒られた。

 このように彼女をおちょくり続けるが、それは照れ隠しであった。ここ最近の舞愛ちゃんの女の子的一面・・・・・・におれはおかしくなりそうなのだ。

 例えば一人称。

 彼女はヤンキーじみた男言葉で喋るが、一人称は決まって「私」だ。

 それからクジラ並みに大食いだが、ガツガツ食べることはなく、一口が意外と小さい。

 料理もうまい。弁当はどでかサイズだが、いわゆる“茶色い弁当”ではなく、彩りがあるし、今日の弁当なんかタコさんウインナーに(・8・)という顔がついていた。(おれは顔がついた頭からいったが)

 

 「市野?」


 心配そうな顔でおれを見る舞愛ちゃん。おっと。思考に没頭していた。


 「いや、ごめん。果たしてシャチは3種類に分けられるか否かを考えてた」


 「はい?」


 「シャチって魚食性のやつらと哺乳類を食べるやつらがいるんだよね」


 「んふふふっ。さっきから動物の話ばっかり」


 舞愛ちゃんは笑って言う。

 おれは彼女のこの笑い方がたまらなく好きだ。

 ガハハと笑わず、ふふふと笑うのだ。


 「動物好きなん?」


 「え?まぁ。好きだよ」


 両親が死んでから中学生までのおれの唯一の娯楽といえば、学校の図書室に入り浸って本を読むことだった。

 そこでおれは動物の生態に関する本や図鑑をずっと読んでいた。

 人間が苦手だったのだ。

 過去を思い出して若干暗くなっていると、舞愛ちゃんが口を開いた。

 

 「じゃ、じゃあさ......今度私と、動物園行かないか......?」


 彼女は頬を赤らめてそう言った。

 え?

 マジで?

 これは......お誘い?


 「ダメ......か?」


 彼女は上目遣いでおれを見る。

 心臓がバクバク跳ねる。

 普段のヤンキー仕草からは考えられないほどかわいい。


 「行く行く行く行く行く行く行く行く行く行く行く」


 AV女優くらい「イク」と言った。舞愛ちゃんは引いていた。



 †††



 「マジかよ......」


 おれは驚愕した。

 レジのモニターに「¥10,374」と表示されていたからだ。

 ファミレスで2人で1万......なんて燃費の悪さだ。


 「......金あんの?」


 「そりゃな」


 舞愛ちゃんは財布からスッと万札を出して軽々と支払った。

 

 「もしかして舞愛ちゃんってお嬢様?」


 「ち、ちげーよ。バ、バイトしてんの!」


 「バ、バイト!?ヤンキーなのに!?」


 「う、うるせえ!いいだろ別に!」


 「ちなみになんのバイト?」


 「......本屋」


 あまりにも意外だった。



 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る