第17話 プールは嫌だ!

 舞愛まいあちゃんの残酷なタロット占いの後、おれは彼女の言葉で立ち直ったような気がしたが、普通に不運は続いている。


 よそ見して歩いていたら側溝に足を突っ込んだ。

 通りすがりのヤンキーに


 「なんだその顔」


 と言われてぶん殴られた。

 ママチャリに乗ったらタイヤが脱落してすっ転んだしチャリは壊れた。

 映画を見に行ってポップコーンにバターオイルをかけ忘れられた。

 傘を差したら穴があいていた。

 猫太郎に小便をかけられた。


 など、大小さまざまな不運が続いた。

 そして久しぶりに晴れた今日だが、水泳があるらしい。

 おれは水泳が嫌いだ。否、水泳の授業が嫌いなのだ。なぜか。人前で裸を晒すことが苦手なのだ。

 大体なぜ水泳を6月に始めるのだ。6月は夏ではないだろう。


 「チクショー!」


 嫌なことが続くと、こうやって叫びたくなってしまうものである。


 「どうした?市野いちの太夫」


 いつもの待ち合わせ場所(学校の最寄り駅)に舞愛ちゃんが現れた。一応、彼女とは一緒に登校しているが、おれは歩き、舞愛ちゃんは電車通学なのでそんな長い距離を一緒に通学しているわけではない。


 「誰が太夫だ」


 「だってチクショーとか言ってるから......」


 なんだろう。そういうネタがあるのだろうか。


 「?」


 「お前ホント、テレビに疎いよな。チクショーって叫ぶ白塗りのおっさんがいるんだよ。アイツを知らないとか相当だぞ?」


 テレビのネタを知らないのは仕方がない。おれは両親が死んだあと、親戚の間をたらい回しにされ、どこでも煙たがられたので、娯楽なんて一切与えられなかったのだ。

 だがそれは誰にも言っていない。

 おれはただの「流行に疎いヤツ」を気取っている。


 「まぁ、いいじゃんかよ」


 おれはそっぽを向く。

 あんまりこの辺をつつかれたくないのだ。両親がいないこととか、叔母と従兄弟に虐待されたこととか知られたら引かれてしまう。


 「なんだよ、膨れちゃって。しかし、あっついなぁ」


 昨日は雨だったので地面が濡れており、ジリジリとした日差しが地面を照らしている。

 めちゃくちゃ蒸し暑い。

 暑いと言った舞愛ちゃんを見ると、制服の胸元をはだけさせ、パタパタしていた。


 「暑いって口に出して言っても涼しくなるわけじゃないよ」


 「そうだけどさぁ......暑いじゃん」


 おれは平静を装っている。

 しかし本音は永遠にこの不快な蒸し暑さが続いてほしい。

 そうしたらこのチラリズムを永遠に体感できるのだから。


 「まぁ、こんな暑い日にプールがあってラッキーだったな」


 せっかくいいモノを見てご機嫌になっていたのに、舞愛ちゃんの一言でおれは一瞬で憂鬱になった。

 水泳、マジで嫌だ。



†††



 嫌なことまでの時間というものは一瞬で過ぎるものだ。

 水泳は4限。いつもなら永遠に感じる1〜3限が体感3秒で終わってしまった。


 「プール!プール!」


 舞愛ちゃんは子供のようにはしゃいでいるが、おれはリストラされたサラリーマンのように憂鬱な気分になっていた。


 「なに?市野、プール嫌なのか?」


 「嫌だ」


 「そんなヤツいるんだ。まっ、泳いだら楽しいぞっ」


 そう言って舞愛ちゃんは教室を出ていった。どんだけ好きなんだよ。

 そしておれは別に泳ぐことが嫌いなわけではない。脱ぐのが嫌なのだ。


 水泳の授業は3クラス合同で行われる。

 もちろん女の子とは別だが、一緒のプールで違うレーンを使って行う。


 「楽しみだな。女子の水着が」


 3クラス合同のため、隣のクラスの聖哉せいやも同じ授業だ。


 「全員同じ水着だろ」


 「訂正。水着っていうよりボディラインが......」


 「気持ち悪いから黙っててくれ」


 おれは嫌すぎて気が立っている。

 更衣室に入ると、すでに着替え始めている生徒がたくさんいて男臭かった。


 「うわっ。最悪......」


 「残念だったな。聖哉。お前は男の裸でも見とけ」


 「うぅ......」


 なんかヘコんでいるが、おれはそれどころではない。

 とにかくギリギリまで服を脱がない。


 「おい、いつまでぼーっとしてるんだ?」


 いつの間にか人が少なくなった更衣室で、聖哉が話しかけてきた。

 まだいたのかよ!

 はぁ。しょうがない。どうせ皆に見られるんだし、いいか......

 覚悟を決めたら一瞬だ。

 水着を着てシャツを脱ぐ。


 「うわっ......」


 「マジか......」


 更衣室に残っていた生徒たちがみんなおれを見ている。


 「すげぇ身体だな。光稀......」


 はぁ。これが嫌だったんだ。目立つ身体をしているのだ。


 授業が始まるまでは、みんなプールサイドで談笑している。

 おれたちもいつものメンバーが自然に集まった。


 「イッチ、やっぱいい身体してんじゃんー」


 「市野くん......見直したよ」


 はぁ。これだよ。おれのガタイのことばかり。

 やめてくれ。目立ちたくないんだって。


 「光稀、俺の隣に立つな。比較される」


 そう言って聖哉は女の子たちの後ろに回った。いや、コイツ目的は視姦だろ......


 「ぐぇ」


 案の定、あやちゃんに後ろ蹴りを喰らっていた。

 

 「市野......」


 さっきのテンションはどこへやら。黙っていた舞愛ちゃんが口を開いた。


 「な、何......?」


 「お前、ヤンキーだったのか......?」


 「は、はぁ?なに言ってんだ......?」


 「その身体、ケンカで鍛えたんだろ?」


 これだから嫌だ。

 あらぬ誤解を......

 ヤンキーだけには間違われたくない。


 「い、いや、その......」


 だが言うのか?本当のことを......

 地下格闘技で稼ぐために鍛えたこの身体のことを......


 「き、筋トレが趣味で......」


 嘘をついた。


 「なるほど......意外な趣味だな」


 意外にもすんなり納得された。嘘に救われることもあるもんだ。

 


†††



 泳ぐことは好きでも嫌いでもない。

 そしてこの高校の水泳の授業は緩く、適当に泳いでいれば終わる。

 そしてチャイムが鳴る。

 

 「ふぅ......」


 とりあえず今日は耐えたが、これがあと1ヶ月も続くと考えたらめちゃくちゃ憂鬱だ。

 そんなことを考えながら、プールサイドに上がると、嫌な予感がした。

 感覚を言葉にすると、「スースーする」

 そしてなにか、反対方向のプールサイドから痛々しい視線を感じる。

 綾ちゃんは指を指して笑い、レーカちゃんは目を見開き、舞愛ちゃんは指で目を隠してるフリをしてガン見していた。


 「あ」


 水着がズリ落ちていた。ヒモが緩んでいたのだ。

 意図せずしておれはケツ丸出しでプールサイドに立つ露出狂になってしまった。


 「やっば!」


 我に返り、上げ過ぎくらい水着を上げた。

 初日からこれだ。

 やはり水泳は嫌なことしかない。



 つづく

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