035 6月11日 Tp美音化計画?
》1stトロンボーン 岩月大翔
17:30を回った。今日の部活も残り25分。
自由曲もアルメニアン・ダンスに決まり、密度の高い合奏練習が繰り広げられている。
自由曲が発表されるミーティングの際、この曲で「シエラよりも楽しい演奏をする」ということを、前に立つ宇佐美先輩、柵木先輩から宣言された。「私たちならできる」、と。
西三河北地区大会まで、あと1ヶ月半。
今までに無いスピード感で、陽から指示が飛ぶ。
第三幕の5/8拍子、『おーい、僕のラザン』を演奏中、陽が合奏を止めた。
「…………みなさん、とても良い感じです。この曲の練習を始めて一週間ばかりですが、よく音を拾ってくださっています。そこで一つ質問ですが———みなさんは、『主役』ですか? 『アシスタント』ですか?」
…………。
言っている意味を理解しようと、全員が考える。
「もう連動が出来始めている段階なので、申し上げます。合わせようとするだけのアシスタントは、要りません。大切なことなのでもう一度言いますが、アシスタントは要りません。全員が『主役』であってください。2ndでも3rdでも、関係ありません。全員が主役です。主役として、この音符、小節をどう表現するか? 常に考えるリーダーであってください。伴奏であろうが、意思は前に持ってきてください。その上で聞き合って連動すると、個性を持った演奏に生まれ変わります。良いですか?」
「「「「はい!」」」」
「OK、では69からもう一度。」
ブルッ、と桐谷先輩が座りながら震えているのが見えた。
「これよ、こんなのを待ってたのよ!」とか嬉しそうに思ってるんだろうな。
本気モードの陽。懐かしい。
いつでも本気なんだろうが、お互いに信頼関係ができた時の陽の指導は、チームを加速度的に上達させる。
俺たちも美島中のアンコン前、陽が教えてくれることで上達していると全員が実感してから、グングン上手くなった。それで、受験勉強中だろうがアンコンで勝ち上がると決めた。陽との練習、楽しかったな。今まさに、みんながそれに気付き始めているとこだろう。
陽が5/8拍子で振る途中、またオーボエのソロの箇所で止めた。
「ここのダブルリードセッション、形もここまで揃っていて綺麗だけど、もう一段上げたい。第三幕の
「…………え、俺たちが……決めるのか?」
「ああ。三人の想像力なら、任せられる。自分たちなりにどうしたいか、でいい。それが最高の答えになるんだ。やってくれるか?」
三人がお互いを見合わせる。
「…………わかった、やってみるよ。」
「ありがとう。期待してる。楽しみに待ってるぞ。伴奏のみなさんもそのつもりでお願いします。じゃ、続きの87のアウフタクトから!」
「「「「はい!」」」」
ブルッ、と桐谷先輩がまた震えながら、嬉しそうにクラを構えた。
* * *
合奏練習終了後。
最後の練習をする人、片付けをする人、メモを取っている人と様々いる中、陽が宇佐美先輩に話しかけに前に出てきた。
今後のレッスンで使用する部屋のレイアウトについての相談らしい。会話が聞こえてくる。
俺も片付けを始めようと椅子を立ち上がると…………右側のトランペットのメンバーが全員、陽のところに集まってきた?
「石上。」
「富田先輩。……と、みんな?」
「うん。急でゴメンけどさ。力、貸してほしくて。」
「……はい、もちろん。僕にできることであれば喜んで。」
「ありがと。自由曲会議でさ、あたしらペットが、『相対的にペットのパワーが足りない』って言われたじゃない。」
「…………確かに、言われてはいましたね。でも、あくまで相対的、ですよ?」
「うん、そこは分かってる。でもさ、悔しくてさ。ペットが力不足だからって、『オセロ』とかに△が付いたじゃない? そこだけ条件に合わないからって。なんかさ、そんなこと言われて『アルメニアン・ダンス』に決まった時、全然楽しくなかったんだよね。」
陽は黙って聞いている。
「名電の『ローマの祭り』のオープニング、ペットのファンファーレ。こんなに高い音吹ける人が、名電には何人もいるんだって思った。キャラ違うし、あたしは無理、とも思った。でもさ、そんなこと言って言い訳してても、楽しくないままだな〜って。ペットのみんなに聞いてみたら、同じような気持ち感じてたみたいで。美音からは、石上に聞いてみたらって言われてさ。美音、去年は煩いだけで下手だったって自分で言ってて。」
「陽くん、去年私や莉緒にしてくれたこと、みんなにできないかな〜?」
「なるほど、わかりました。ぜひ力にならせてください。
ぶっ!?
「なにそれ?」
「なんか、時々言うんですよ〜。師匠から、48年の師子相伝の知恵を継いでいるそうですよ〜。陽くんは。」
「はぁ。」
「みなさん、どんな風になりたいとか、こんなロールモデルがあるとか、ありますか?」
「美音!」
「美音ちゃん!」
「美音!」
「はは、美音は上手いですけど、みなさんそれぞれ個性があるから、その延長線上も大切にしましょうね。みなさんの個性を消したら勿体無いですからね。」
確かに。それに全員が『美音化』したら、それはそれで煩そうだな(笑)。
本人はドラ◯もんみたいに「ふふふ〜」と笑ってるし。
「ではちょっと先になりますが、今週の金曜からテスト週間に入って部活が休みに入りますので、その初日だけ、ウチの事務所でクリニック的なことをしましょうか。アンブシュアとかを考慮しながら、テスト週間中にできる練習なども検討しましょう。」
「よっしゃ! じゃ、美音がハイトーン覚えるためにやったって言う、『ペダルトーン練習』、そん時に教えて!」
「承知しました(笑)。 でもペダルトーン練習は正しい方法でしないと逆効果ですので、自己流でしないでくださいね。ハイトーンも出なくなっちゃいますよ?」
「ハイッ!!」
富田先輩が謎の敬礼で返事をしている。他のペットのメンバーもワイワイ話しながら、陽からアドバイスをもらい始めた。
……俺の隣の畔柳先輩も、その様子をじっと見ている。
ボーンのほうのクリニックも開かれそうだな。
ただ、
俺の方わざと見ながらそんなこと言うなよ、このイタズラヤロウ。
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