004 入学初日 昼 矢北に入ったのは

『カンカンコンコ カンカンカコンコン……』


 うん? ちょっとリズムが不安定? でも、その後に入ってきたドラムスは、ストロークの強弱の差が効いていて、ノリが良い。


 ……スネアのフィルが入る!



『バーーバーババッバーバッバッ バーバーー!』


 大きい!? 大きい! 部屋の反響のせい!? 金管も木管もすごい迫力! 四方八方から攻められている感じで、びっくりする。



 Aメロに入り、木管のユニゾン……だけど、テナーサックスがノリにノっている。ソロじゃないのに凄い揺れ方。ヒザまで入って……ここユニゾンだよ? 一人だけ目立っている。



 名物のアルトサックスのソロ……はもっと強烈! バリバリ音が鳴って……アンブシュアが緩い? くわえ方が深いのかな? とにかくキャラが濃いよ!



 サビでも、金管と木管がぶつかり合うような感じ。チューバのアーティキュレーションが細かい。しかも音量が大きい。あれ、チューバは2菅あるけど、1菅、人がいない? でもひとりでに揺れてる? いるのかな?



 曲の中間部で、濃いアルトサックスのソロがまた始まり、金管の有名なユニゾンセッションが続く。ハイトーンはオクターブを下げて吹いているみたいだけど、とにかく大きい。



 指揮者の先生の指揮はコンパクトな指揮だけど、ワイシャツで振っていることもあって肉がポヨンポヨンしている。ニッコニコしながら振っているので、指揮者も、先輩たちも楽しそうに見える。



 細かいところは雑だけど、それをモノともしない厚みのあるサウンドで、一体感を作っている。ラスト部分の曲調も相まって、全員でフィニッシュ。指揮者の先生のフィニッシュが、右腕を高く上げて手首をクルクルさせて終わった。……止め方が可愛いと思ってしまった。




 ……二曲目が始まった。アフリカン・シンフォニー。これも吹奏楽でド定番で、高校野球の応援でもよく聴く曲。

 これまた大きい……え? ホルン?

 象の鳴き声を表現している、冒頭のホルンのファンファーレが……これ以上無いくらいに揃っている。あの、部長と一緒にいた、背の高い女子の先輩がトップみたい。しかしホルンのハイトーンのユニゾンって、こんなに揃うものだっけ? 倍音まで聴こえる!?



 フルートの男性の先輩、そしてクラリネットのトップは……桐谷先輩か。よくユニゾンが鳴っているけど、合っていない。クラリネット全体のアルペジオは雑だなぁ……。オーボエのメロディーが聞こえない。いない? オーボエは不在なんだ……。



 終わりに近づき、トランペットとトロンボーンがすごく鳴らし、3人のパーカッションがビートを激しく刻む。……何かのライブだろうか? 粗いけど、コンサートを聴いている気分になる。

 何だろう。音楽って楽しい! ハデな曲が大好き! というのを、表しているような感じだ。




『ハデ北サウンド』か……なるほど。




 横を見てみると、4人がそれぞれの表情をしながら演奏を聴いていた。

 大翔くんは真剣な顔。

 未来は口元は笑っているが、少し不安が見える。

 美音ちゃんは嬉しそうに。


 そして陽くんは……少し目を見開きながら、唇を少し引き締めていた。挑戦者を迎えるような、そんな顔だ。

 目線が合った。私の顔を見ると、口角を上げ、軽く頷いた。


 !?

 何か思ったのかな。何か嬉しそうな気持ちを、私に伝えているようだった。



 演奏もフィナーレを迎える。フォルテピアノから詰めるような八分音符のクレッシェンドの後、半音階のスケール、フィニッシュ!



 ……一年生から大きな拍手が起こり、訪れた友達同士でそれぞれが顔を嬉しそうに見合わせている。二年生もやり切った表情で、嬉しそうだ。

 指揮者の先生が全員を立たせて、こちらを向いて礼をする。さらに拍手が大きくなった。




 部長さんが再び指揮台の横に立つ。


「みなさん、今日は聴きに来てくれて、ありがとうございました! 入部を希望してくれる方は、廊下奥で受付しますので、そちらでお願いします!」



 挨拶が終わると、事前に打ち合わせしていたのだろう、二名の先輩が自分の楽器を置いて、「こちらで〜す」と一年生を誘導しながら向かっていく。それに応じて、ほとんどの一年生は室内から廊下奥へ向かっていく。

 見学に来ただけであろう何人かの生徒は、律儀にも「ありがとうございました」と、大きめの声で挨拶して、会議室棟を出ていった。


 二年生が再び音出しを始め、個人練習のような音が部屋に鳴り始める。私たち五人は部屋の奥の方にいたので、最後尾でまだその場に止まっていた。




 すると、部長さんが私たちの方に向かってきた。

 あの背の高いホルンの先輩も、先生と話していたが部長の動きに気づき、先生と一緒にこちらに近づいてくる。



「みんな、今日は来てくれてありがとう。演奏、どうだった? 楽しんでくれた?」


「はい、もちろん。とても素晴らしかったです。」


 未来が答え、先輩たちが嬉しそうな表情をする。



「ありがとう。聴いてもらったからわかるかもしれないけど、みんな全員、本当に吹奏楽が好きで、いい人ばかりなんだ。……私ね、朝も話したけど、このメンバーと新一年生で、最後のコンクール、どうしても県大会を目指したいんだ。……そのためにどうか、力を貸してほしいの。……どうかな。」


 部長は私たち五人に話していたけど、最後に視線を向けていたのは陽くんなので、全員が陽くんに目を向けた。





 陽くんは引き締まった面持ちから優しい表情に変え、少しの沈黙の後に、口を開いた。


「申し訳ございませんが————」


 《!!》

 私たち女子三人は「えっ」という口になりながら、陽くんを見てしまった。部長さんは緊張が走ったように目を開いた。



「県大会を目指すわけにはいきません。僕は皆さんと一緒に、全国大会に出場したいです。今日の演奏をお聴きして、確信しました。皆さんと、新しい一年生のみんなで、必ずできます。僕はそのために全ての準備を今までしてきました。矢作北高に入ったのは、そのためです。」

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