003 入学初日 昼 歓迎演奏

『一年生の皆さん,ご入学おめでとうございます。私たち在校生は皆さんの入学を心待ちにしていました。……』



 さっきまで首根っこを引っ張られて私の視界から消えていった人が、壇上で挨拶をしている。どうやら生徒会長らしい。「在校生代表、生徒会長、桐谷有純きりやあすみ!」という司会の言葉に、「はい!」と答えていたので、間違いなさそう。


 顔を動かさないように横目で見ると、大翔くんは真剣に話を聞いているけれど、陽くんは笑いを堪えるような表情、未来に至っては下顎が外れそうなくらい口が開いている。

 無理ないよ。ギャップが凄い。オーラがある。清楚だし、知性も溢れている。しかも、手元の文章も見ずに、これだけの挨拶をしている。でも、あのインパクトが強すぎて、祝辞の言葉が頭に入ってこない。



『……ただ,目標といっても何をすれば良いのか,どんな目標を立てれば良いのかわからない時もあると思います。そんな時は,身近な先生はもちろん、私たちに相談してください。 必ずや皆さんの力になれると思います。私たちも精一杯応援していきます。共にこの学校を盛りたて,充実した高校生活を歩んでいきましょう。

 在校生代表、生徒会長、二年一組、桐谷有純』




 礼をして、壇上から降りてくる。


 相談してください、必ずや皆さんの力になれる、か……。

 朝は全く逆だったな……。でもそれくらい、何でも話し合える校風なのかもしれない。


 それにしても、二年で生徒会長か……。進学校だから、三年は部活も、生徒会もやらずに受験に専念するんだろうな。となると、吹部も、大会に出るチャンスは2回。

 結果を出したかったら、必死にもなるよ、ね……。



   *  *  *



 入学式の後、初めてのホームルームが終わり、各自、部活動案内のしおりを持って解散となった。

 昇降口には運動部の先輩方の勧誘ブースがあるらしく、運動部希望の生徒はそちらに向かっていった。

 文化部は部活動の教室でそれぞれ、とのことなので、私たち女子三人と、陽くん、大翔くんは吹部の練習が行われているという会議室棟に向かった。


 矢作北高は小高い丘にあるということもあり、高さに合わせて東西に校舎が連なっているように建っている。会議室棟は一年の教室棟から渡り階段を降り、南側にある。

 私たちが渡り階段を降りると、すでに三十人近くの一年生が練習部屋である会議室に来ていた。一学年四百人いる高校なので、まあまあの人数なのかな? 見学もいるかも。


 先輩たちはすでに部屋に揃っており、思い思いに音出しをしている。音楽室ではないため壁に吸音穴も無く、音が反射して大きく聞こえる。

 人数は……二十……二十七人かな。二年生だけで合奏ができるなら、少人数だとしてもすごいと思う。

 会議室の最後尾に立つ私の横で、美音ちゃんと未来がニコニコしながら、陽と大翔は真剣な表情で、その音を聴いていた。


 ……音出しをする先輩からも、他の一年からも、チラチラと陽くんへの視線を感じる。

 それはそうだよね、と思っていると、傍に立っていた顧問の先生が指揮台に立ち、その横で部長が室内にいる一年生に向かって、挨拶を始めた。



「一年生のみなさん、ようこそ吹奏楽部へ! たくさんの人がここに来てくれて、とても嬉しいです。私たちの歓迎演奏を、ぜひ最後まで楽しんで、『ハデきたサウンド』を聴いていってください!

曲目は、『宝島』と、『アフリカン・シンフォニー』です! 」



 『ハデきたサウンド』……お姉ちゃんから前に聞いた。伝統のような言葉として、引き継いでいるらしい。

 校風も明るいからだろう、そういうオープンな性格が、音楽にも表れているのかな。

 どんな「サウンド」だろう————。



 小太りの優しそうな先生が私たちを向いて一礼すると、先輩たちが楽器を構える。『宝島』は、元T-SQUAREの和泉宏隆さんが作曲した、吹奏楽では超有名なナンバー。



 誰でも一回聴けば『宝島』とわかる、アゴゴの軽快なリズムから始まった————。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る