018 4月29日プレコン(3) エルザの大聖堂への入場①


 私たちが矢北のみんなのところに戻ると、みんなはバスの近くの渡り廊下近くに集まっていた。



「石上くん! どうだった!?」



 宇佐美先輩が陽くんに声をかける。

 陽くんは、みんなに聞こえるように大きな声で報告を始める。



「みなさん、出場はできます。出番は最後ですが……。」



 ワッ、とみんなから喜びの声が上がる。

 ……陽くんが申し訳なさそうに、両手を控えめに前に出して、歓声を鎮める。



「ただ…………申し訳ございませんが、順位は、つきません。自分の関係で……」


 桐谷先輩が割って入った。


「みんな、私から説明します。申し込みに不備があったために、順位がつきませんが、参加はできるようになりました。今年から申し込み方法が変更になっていて、私と先生が確認できていなかったことが理由です。みんな、3位を目標に頑張ってきたのに……本当にごめんなさい。

 提案できる立場じゃないけど…………精一杯演奏して、他の学校の演奏も聞いて、その上で自己採点してみる、というのはどうかしら。

 石上くんが言ったように、コンクールでは『技術』と『表現』のそれぞれA=3点、B=2点、C=1点で点数を付けられるんでしょ? 各自A、B、Cをそれぞれ3校ずつと決めて、最後にみんなでしてみるのはどう?

 それで、3位だったら、『3位』ってことで、打ち上げに行きましょうよ! どう?」



 ……沈黙があるかと思ったら、みんな驚くほど前向きな反応だった。 「やりまーす」「よっしゃー!」などと、拍手をしながら話している。

 話を聞いて、順位が講評されなくなってしまったことをあまり気にしていないようだ。



 その様子を見ていた陽くんは、こんなにも早く提案が受け入れられたことに少し驚いたような表情をして、桐谷先輩と目を合わせる。

 桐谷先輩は微笑んだ後、続けて話す。



「それじゃあ、早速ホールに向かいましょ!」



 楽器を待機場所に移動させるために、それぞれが渡り廊下にまとめてある楽器を取りに行く。「最初の学校はどこ?」「打ち上げ、どこだっけ?」「ウチらの前の学校は、舞台袖で聴けばいいよね」などの話をしつつ、移動を始める。

 私と未来は一緒にそれを見ながら、来る途中まで私たちが感じていた不安が無くなって、安心していた。



 少し申し訳なさそうに様子を見ている陽くんに、桐谷先輩が腰に手を当てながら話しかける。



「……陽クン、あなたはいらない心配しなくていいの。順位がつかなくなったのは、自分がスカウトを断ったから、とか思ってない?

 いい? 私たちは、あなたに本当に感謝しているの。あなたが矢北に来てくれて、本当に嬉しいの。誰一人、この一ヶ月、あなたがしてくれたことに疑念を持っている人はいないわ。それだけのことを、あなたは一人一人にしてくれているの。

 だから、責任がどうとかじゃなくて、あなたがしたほうが良いと思ったことは、思い切りやっちゃいなさいよ? あなたは、あんな外の事だけじゃなく内にまで、そんなに背負わなくていいの。内側のことくらい、私たちに任せなさい? もっと頼ってよ?」


 桐谷先輩は肘を曲げながら、手を軽く握って陽くんの胸をトンと叩く。



「はい…………ありがとうございます。」


「あら……私には、あのグーってやつ、やってくれないの?」



 陽くんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、苦笑いをしながらグータッチする。



「よっし! 行こう!」


 桐谷先輩はフンフ〜ン♪ と言いながら、楽器を取りに行った。



「陽、お疲れ。よかったね。」


「未来……うん、ありがとう。」


「私たちも行こ?」



 そう言って、未来も両手で、グーを出す。

 私たちは三人の三角形で、小さくグータッチした。



「よし。水都、上書き。」


……?



   *  *  *



》 竜海高校1年 トランペット 浅井莉緒


 

 8校の演奏が終わり、いよいよ最後は矢作北高校だけになった。


 私たち竜海は出演順が3番目で、それからはずっとホールで他校の演奏を聴いている。プレコンは新一年生を含めた腕試しや調整という位置付けになっていて、私たち竜海も選抜メンバー問わず楽器経験者95人全員で出場し、今年の課題曲候補の『メルヘン』を演奏した。


 全ての学校が2024年の課題曲をいずれか選んできていて、一年生らしい初心者の音の混じった演奏が次々とされた。私たちもその一校だけど、さすが全国常連校、先輩たちのまとまりは圧巻で、もうこれでコンクール出られるんじゃないかと思うくらいの完成度だった。顧問が一年前に渡辺先生から野尻先生に代わっても、レベルの高さは受け継がれている。なんとか夏には選抜メンバーに選ばれたいな……。


 目の前では舞台チェンジが行われていて、ホール内はザワザワしている。私の横には池上先輩、後ろには野尻先生が座っている。

 池上先輩はあれから落ち着くことができ、無事に舞台でファゴットを最後まで吹くことができたけれど、気分が悪そうなので引き続き私が一緒にいる。



 斜め後方の審査員席から、三人の審査員の会話が聞こえてくる。



「疲れましたね。もう一校ですか?」


「そうですね。手続きの不備があったとか。矢作北高校、例の、石上陽くんのトコですね。」


「よかった。彼の指揮は見てみたかったんで。ホントのコンクールだったらOUTですが、今日は公式の大会じゃないですし、せっかく準備してこられたんなら、いいんじゃないですか。」


「そうですね。点数はつけない、という話でしたね?」


「ゲスト参加という位置付けだそうなので、残念ですがそうみたいですね。」


「でも、他の学校が全部課題曲だったのに対して、『エルザの大聖堂への入場』、ですか。」


「いいですよね。彼の選択ですかね? この時期にどんな準備をしたら良いか、分かってる感じがいいですね。」


「しかし、丸裸になる分、チャレンジングな選曲ですね。この選曲が、無謀と出るか、慧眼となるか……楽しみですね。」




 「……フン、矢作北はスウェアリンジェンでもやっていればいい」と、すぐ後ろの野尻先生の独り言も聞こえる。

 (※注 スウェアリンジェン:比較的容易だが親しみやすい吹奏楽作品を数多く残した、アメリカの作曲家)



 そう、矢作北が『エルザ』をやると聞いて、耳を疑った。エルザは単調な分、ハーモニー勝負で完成度の良し悪しが極端に出る、見方によっては非常に難しい曲。

 しかも、私は去年のコンクールの高校の地区大会も全部聴きに行ったので、覚えてる。矢作北はB編成で、とにかくうるさかったという印象しか残っていない。エルザをやるには正反対なキャラだった。周りの席の人の声も聞こえた。「矢作北はうるさいだけのだ」って。しかも県にも行けず、地区で銀。

 だから、陽や大翔、美音が進学校だからと矢作北に行くと聞いた時、止めもした。残念だと、本当にがっかりしたのを今でも思い出す。みんなで竜海へ行ったら、三年連続全国で金も夢じゃなかったのに……。



 ……………


 準備が終わり、場内アナウンスが流れ始める。


 陽は指揮者。そういえば、陽が合奏で指揮をするのを見るのは、初めて。


 池上先輩に話しかけてくれたフルートの子もいる。あそこに座ってるってことは、1stかな。

 コンマスの位置に部長さん。クラの1stっぽい。マッシュのメガネ君は……いた。トロンボーンか。


 『エルザ』…………。


 横の池上先輩は、背もたれに深く座り、真っ直ぐに舞台を見つめている。




 陽が構える。


 ……それまで緊張していたメンバーの面持ちが、フワッとリラックスした表情になった、気がする。気のせい?



 指揮棒は持たず、両の手を胸の前に上げる————————。

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