012 4月中旬 光と陰
》2年 パーカッションパートリーダー 矢部まりあ
基礎合奏前の個人練習の時間、石上くんがうちの子達の様子を見に来てくれている。
石上くんは個人練習の時間、備品室を使って個人指導を行なっている。
パートリーダーはそこに立ち会い、個人個人のノートに、指摘された良い点や伸び代、今後集中して行う練習などを記録していく。
それをパートリーダーがフォローしていくという流れのサイクルを作ることが、リーダー会で決まったことの一つ。
今日はパーカッションパートなので私が立ち会っているのだけど……目の前には、柳沢悠くんと一緒に、石上くんもスティックを持って、スネアに向かっている。しかも、上手い…………。
この子、昨日はクラを持っていたわよね? やっぱり個人指導で同じようにしてたのかしら?
恐ろしい子………!!!
「石上ぃ……。うまくいかねーんだ…………。」
柳沢くんが石上くんに呟いている。そう、この子はとても元気で、打楽器が大好きで大好きで仕方がないという叩き方をするのだけど、アプリに表示されているタイミング正確率は78%、弱拍表現率は92%。
タイミング正確率は、おそらくメンバーの中で一番悪い。
ノリで今まで来れたのかもしれないけれど、アプリで、良くも悪くも正確性が低いことが見える状態になってしまっている。
「大丈夫だよ、悠。……悠は、フレージングがとても上手いことに気付いてる?」
「フレージング?」
「そう。スネアならスネアだけでも、4小節あれば4小節分のストーリーがあって、それを繋がるように表現する技術だけど、悠はそれが抜群に上手い。
このスネアは意味があるんだ、だからこう見てほしい、こう聞いてほしい、というのが本能的に、悠は前に出せてるんじゃないかな?」
「よくわかんねぇけど、どうやったら楽しいかは、よく考えてるつもりだな。」
「だろう? それだよ。それが、
「!」
「そう。そこがパーカスの面白いところの一つなんだよな。
…………ちょっと提案だけど、悠は、体全体で拍を取ろうとする癖が見えるんだよね。ほら、これ見て? さっきの悠。」
石上くんが、柳沢くんの横で撮っていたスマホの動画を見せる。
「スネアを構える際に、重心が拍ごとにかかりすぎているから、四分音符だけならまだしも、拍が複雑に刻まれるシーンでは微妙にズレが出やすくなってしまうんだ。
まずは、重心移動をしない。
「……俺のハートでビートを……。」
「そうそう、ハートでビートを刻もう(笑) 今はやりにくいかもしれないけど、やってみるぞ。」
二人で直立しながら基本練習をしばらく合わせた後、『アルヴァマー序曲』の前奏、そしてAメロからの24小節をアプリで測る。
……そしてその結果は…………
タイミング正確率が92%、弱拍表現率が90%。
柳沢くんは目を見開いて、口を縦長にしながら驚き、石上くんはそれを見てニヤリと笑う。
「悠、僕は『アルヴァマー序曲』の中間部が終わった後の後半部から、パートの基準となる『パートマスター』を悠にお願いしたいと思ってる。悠の秀でたフレージングを、パート全体に伝搬させてほしいんだ。
そのためにも、『直立、強拍を心で刻むこと』でパワーアップすること、頼めるか?」
「お…………おうよ! 任せとけ!!!」
柳沢くんは石上くんから出されたグーに、グータッチで返している。
なんて素晴らしい子達かしら…………。
* * *
次は神谷さん。とても生真面目な性格で、柳沢くんからは『メイド長』なんて言われている。
ただ、初心者ということもあり、『タイミング正確率98%』からは程遠い状況。この子はとても頑張っているのだけど…………。
石上くんと二人で基礎練習を合わせていると……神谷さんが泣き出してしまった。
「石上さん…………! わたし、とても不甲斐なく……思っています…………。」
少し様子を見てから、石上くんが話しかける。
「……どうして?」
「どうしてって……全然みなさんみたいに上手くできなくて…………一番下手で…………。」
「……神谷さんは、他のパーカスの人の足を引っ張っているって……思っているのかな?」
「だって、そうでしょう…………。」
……石上くんは少し考えた後、神谷さんに話しかける。
「……神谷さんは、パーカッションをやってみたい、って思ったのは、あの『宝島』の、マラカスからかな?」
「! ……そう、そうです…………。」
あの『宝島』。一年生が入部してきた時、交流合奏として『宝島』を演奏した。吹奏楽未経験だった一年生は二年生の間に思い思いに座っていたけれど、何人かはパーカッションのところに来ていて、神谷さんもその一人だった。
今でもよく覚えているけれど、石上くんの指揮でみんなどんどん温度が上がっていき、あの『宝島』はすごい一体感になっていった。一年生の何人かに楽器を渡し、パーカッションセッションをみんなでやったら、本当に楽しかった。神谷さんには確か私がマラカスを渡したので、それを覚えているのだろう。
「僕はあのマラカスを聴いた時、この人は初めてなのに、もの凄く上手くなるなって、思ったよ。」
「……え? ……どうしてですか?」
「……うん。神谷さん、打楽器は初めてだったんでしょ? なのに、マラカスの音がきちんと出るように工夫していたし、適当に鳴らさずに、片方のマラカスが弱拍になるように、音量を調整していたね?」
「! …………そう、です。
上手くないけど、こういうことは、しっかりやったほうがいいかなって……。」
「……それって、すごいことなんだよ?
打楽器って、持ったら鳴らしたくなるものなのに、いきなり全体のこと考えられる人、そんなにいますか?」
石上くんが私に目線を合わせる。私は小さく首を横に振った。
「……ですよね。……それを証明するデータが、これだよ、神谷さん。
神谷さんはデータ送信をOKにしてくれているから、こちらでもこれを把握しているよ。」
石上くんはアプリのデータを開き、『タイミング正確率80%、弱拍表現率98%』の数字を見せる。
「…………これが?」
「うん。これ。弱拍表現率、98%。これだよ。」
「…………これが、何か? 2%、足りない……。」
「……神谷さん、これ、パーカッション5人の中で、
神谷さんの眼鏡の奥の目が、ゆっくりと見開く。驚きと戸惑いのような表情で、私の方を向く。
私も驚いたけど、私も彼女に微笑み返す。
「……あ、あ…………。わたし…………。」
「もう一つ。実は、初回の録音に対して、どれだけ良くなっているかという、『伸長率』というデータも見れるんだよ。それも、148%。トップだよ。
初心者だから伸びて当たり前って見方もできるかもしれないけど…………神谷さんはデータ送信OKにしてくれてるから、録音開始時間まで見えるんだ。
神谷さん、家に帰ってからも毎日練習してくれているね?」
「……は、はい…………。」
「一番練習していて、全体のために表現の細部まで考えられるパーカッショニスト。矢北の吹部には、神谷さんは絶対に必要な人ですよね?」
石上くんが私に質問し、もちろんよ! と私も返す。
「神谷さん、これからも力を貸してくれるかな。」
「はい…………はい…………!」
神谷さんが涙を拭きながら頷く。
「よし、じゃあ少し紹介したい練習があるんだ。きっと力になれると思うよ。神谷さんはまだ緊張で手首に力が入っているから、『フラム』という練習を中心にやっていこう。
おばけみたいにダラんと力を抜いて、そう。自由落下でスティックを落とす感じ。そうそう、上手。
片方で自由落下、片方は力を加えてみよう。……そうそう、そんな感じ。
同じ手でいいから、ルーディメンツの12〜14を、ゆっくりやってみよう。
……そうそう。上手い上手い。
『せ〜んろ〜はつ〜づく〜よ〜 ど〜こま〜で〜も〜』(笑)ってやると、感覚、わかりやすいでしょ?」
…………
二人の練習は続いていく。どんどん、神谷さんのノートには私のメモが増えていく。
……なんて素敵な子達なのかしら!!
* * *
一方、その頃。
岡崎市内、竜海高校の職員室。
吹奏楽部の部員らしき女子生徒が入ってくる。
「池上です。野尻先生、事務局から、今度ウチでやるプレコンの申し込み状況のリストが届きました。」
「ん」
野尻と呼ばれた男性は、教卓椅子に座ったまま片手で書類を受け取り、書類に目を通す。
参加高校名、曲名、そして指揮者名を見て…………書類を、女子生徒に返す。
「矢北、消しておけ。」
「は、はい?」
「矢北、不参加だ。消しておけ。」
「は、……わかりました……。」
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