013 4月下旬 アルヴァマー序曲 スネアドラム選手権大会(1)
》1stフルート 河合水都
「
陽くんが基礎合奏で指示を飛ばしている。
4月中旬からは、基礎合奏ではブレストレーニング、ソルフェージュ、倍音練習、ユニゾン練習に加えて、ハーモニー練習が加わった。今日も、ド・ソ・ミに当たるB♭・F・Dの和音のバランスに慣れる練習が行われている。
「キレイにするからといって、音を小さくする必要はありません。小さく整列した音楽なんて、何の面白さもありません。僕らは『ハデ北』です。一人一人、『機関車』になるイメージで、前にエネルギーを出しつつ合わせてください。難しいですが、慣れていきましょう!」
「「「「はい!」」」」
ブレストレーニングをするようになってから、自然とみんな返事をするようになった。
プレコンまであと一週間。三位に入るという明確な目標を出され、どれくらい難しいのかもわからないというプレッシャーもあるけれど、上手くなってきてるって実感がある。私も、今まで苦手だった深い音や、長い音に表現を付けられるようになってきたような気がする。
そう思っていたら、昨日、フルートの先輩の尾越先輩と佐藤先輩から、『エルザの大聖堂への行列』の1stとソロをやってほしいとお願いされた。私の音が綺麗だから、と褒めてくれた。嬉しい、けれど、大変だ。
…………あの日、陽くんが期待してるって話してくれたことが、本当になった。………………うん、もっと頑張ろう。家でも練習しよう。
ハーモニー練習で、和音を聴き合う練習が続けられていく。曲練習が少ないけれど、誰もそれに対して文句を言ったりしていない。アンドー先生が、「まるで強豪校の音みたいですよ」とおっしゃってから、みんな、今向かっている方向性を理解しているように感じる。今も一つ一つの基礎練が終わるたびに、みんなノートを書いたり、パートリーダーと話をしたりしている。
ノートの内容を踏まえて、翌日以降の個人練習の時間に、陽くんが自分の楽器を手にアドバイスに乗ってくれたりしている。隣の愛菜ちゃんは、オーボエまで吹ける陽くんの指導に感激して、休憩時間でも2音ロングトーンをしている。
陽くんは一人一人に関心を向けてくれていて、しかも絶対に怒ったり否定したりしない。それだからか、どう練習したら上手くなるかと、個人個人それぞれが考え出しているような雰囲気になってきた。
「OKです! では座席を自由に移動して、チームも変えてもう一度やりましょう。シャッフルしてください!」
「「「「はい!」」」」
* * *
基礎合奏が終わり、休憩に入った。今日はこれから曲練習は無く、個人練習になる。
これから第二会議室で、 『アルヴァマー序曲スネアドラム選手権大会』が、パーカッションパートで行われる。
見学は自由とのことだけど、それぞれが練習をしたいみたいで、練習場である会議室の中からあまり動こうとしていない。
私も個人練習を始めようかとした時、未来に誘われたので、パーカッションのみんながいる第二会議室に一緒に向かった。
・・・・・・
スネアの、揃っている音が聞こえてくる。部屋に入ると、レンタルも含めて揃えられた六台のスネアドラムの前に、六人のパーカッションメンバーが懸命に練習をしていた。
……すごい。ピッタリと合っているし、スネア六台が並ぶと、壮観…………。
パートリーダーの矢部先輩の指示が所々に入り、それにみんなが従って叩いている。
部屋の入口近くにはクラの桐谷先輩、ホルンの宇佐美先輩、アルトサックスの柵木先輩、チューバの樋口先輩がすでに入っていて、桐谷先輩が小さく手を振ってくる。私も会釈する。
しばらくして、陽くんが入ってきた。
スネアもちょうど曲を終えたタイミングで………………一気に静かになる。陽くんが大きな拍手をする。
「みなさん、お疲れ様です。本当に熱心に練習してくださり、ありがとうございます。…………それでは、始めましょうか。」
陽くんが部屋の中央に向かう。スネアの六人は、部屋のやや後方に横一列に並んでいて、全員が陽くんを向いている。陽くんの後ろは広く空いていて、入口近くに私たちがいる感じだ。
指揮台は無いけど、陽くんは小さい机にタブレットを置いた。隣には大きなスピーカーがあり、六人に向いている。タブレットからの音楽を流すみたい。
「矢部先輩、最後の準備ありがとうございます。みなさんも、アプリのメトロノームモードから、指揮者モード(画面でデジタル指揮者が指定のテンポで振るモード)で慣れるように努めてくださり、ありがとうございます。
目標はタイミング正確率98%、弱拍表現率90%ですが……大丈夫ですよ! 今の練習を聴いていても、絶対にいけると思いました。みなさん、マイクの設定、アプリのデータ送信OKの設定など、よろしいですか?」
みんなが、それぞれ頷く。
陽くんが、「
悠くんが「おっしゃ!」と言って両頬を叩いている。みんな笑っているが、緊張がこちらにも伝わってくる。
陽くんが一年の神谷さんに向かって、手を前に伸ばしてオバケのような仕草でダラんと揺らしている。神谷さんはカチカチに緊張していたけど、その仕草を見て笑っている。サインか何かかな? みんなも笑っている。
「みなさん、『
…………僕はこの言葉が好きです。正確に叩くより、正確に演奏するより、僕らのいろんな思いを、出せるような気がするからです。」
みんな、小さく頷いている。
……陽くんがタクトを持つ。
「…………では、
「「「「「「はい!」」」」」」
陽くんがタブレットをタップし、正面を向く。
…………イヤモニの音を確認し…………タクトを振り上げる!
ザン! ザン! ……ダカダカダカダカダカダン!
スピーカーからの『アルヴァマー序曲』に合わせて、六人が一斉に合わせる。
ピタリと合う音、スティックを振り上げるストロークの高さも一致していて、聴いていて頭から足のつま先までゾクリとしたものが走る。……すごい…………。
前奏が続き、終わりのデクレッシェンド……も全員が揃う。
主題に入り、優しいメロディーが流れ、そのフレーズ終わりに入るスネアのフィル。
……なんて綺麗なんだろう。1拍1拍のアクセントの、
主題が歌うように短調のフレーズに入ると、それまで単調に聴こえた1小節1小節のスネアの音型が、変わったように感じる。なんだろう、と思ったら、みんなが矢部先輩のスネアを意識しているように見える。
そうか、ここでは矢部先輩が『パートマスター』なんだ。全員で同じ意識で演奏すること。タイミングも、音型も。これは、
一瞬、スネアが休みになり、タララッタララ〜、というメロディーが重なるフレーズに入る。スネアがロールを奏で、再び主題に入ると、陽くんの指揮が大きく拡がる。
それまでのテンポ重視の指揮から、
ああ、なんて素敵な空間なんだろう……。私もあの中で、演奏したい……。
横を見ると桐谷先輩が両手を口に当て、……ウルウルしているみたい。
いつのまにか、私たちの後ろにも人が来ていて、美音ちゃん、大翔くん、愛菜ちゃん、他の先輩も入口近くに立っている。みんな、私たちと同じように、心の奥にまで何かを感じている表情をしている。
スネアの六人とも……『ゾーンに入ってる』っていうのかな、神谷さんも、真剣だけど少し笑顔が見える。主題のメロディーがスネア六人によって本当に本当に、奥行きのあるものに引き立てられている、そんな感じだ。
再びスネアが一瞬休みになり、タララッタララ〜、というメロディーに入ると…………? 桐谷先輩が他の三人の先輩に小さく耳打ちし、四人とも入口から部屋を出て行った。
??
そのまま前半のラスト、最後までしっかり揃って……十六分音符も強弱豊かにタンタカタカタカタン! とフィニッシュを迎える。
間奏部への繋ぎ、ソードーソー……と追いかけるようなフレーズで、部屋の中が静寂に近づいていく。
・・・・・・
間奏部に入りスネアの出番は無い。
金管を中心とした優しいコラールが響きはじめ、六人のみんなは大きく深呼吸したり、スティックを置いたりして緊張をほぐしているようだ。
陽くんがタブレットに目線を移し、画面の内容を確認すると、六人に向かって手でグッドサインを力強く振る。みんな、嬉しそうな表情をする。たぶん、タイミング正確率、弱拍表現率、両方とも順調なんだ。
安心した、と私たちも思っていたら…………入口からさっきの桐谷先輩たちが入ってきた。
……楽器を持って?
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