025 5月19日 シエラ合同演習④ シエラへの挑戦状 #アルメニアン・ダンス パート1
》 シエラ・ウインドオーケストラ 首席フルート
「ん〜、じゃあ、やってみるかぁ。陽、頼むぞ?」
お、
ちょっとはこういう展開になることを期待していたけど、みんな賛成してくれるとは!
大将が陽クンの頭をグリグリしてから、舞台横のイスに向かっていく。
……全然心配そうな顔してないじゃん。むしろ楽しみにしてそう。
さぁさ、どんなことになるかな〜。
彼の指揮で演奏するのは、シャルズール国際指揮者コンクール以来だね。
あの時の管弦楽団の一員として演奏したのが一年近く前なのに、昨日のことのように光景が思い浮かぶよ。
コンクールが終わってから、同じ日本人だからと挨拶に来てくれたけど……
なんかこう、たまげたなぁ。
子供のように笑う割に、会話がね。
中3なのに、年上と話しているような気分になったのを覚えてる。
指揮も。
他のライバルは若々しさが前に出る自己中心的な人が多かったのに対して、陽クンの指揮は……ダイナミックだけどドッシリとした、
おそらく、審査も満場一致でトップだっただろう。
大将に指揮もよく似てて。
大将の指導の賜物……にしちゃあ、大将よりもすごいっていう瞬間も、あったな。
末恐ろしさも感じた。
日本に帰っても何かの形で関われたらと思っていたら、理事の仕事で赴いた竜海高校のプレコンで、まさかの再会がすぐにできて。
あの時の彼からのLIMEは、『僕たちの演奏が
フェアに審査していたけど……あの『エルザ』は、シビれたね。
他の先生に聞いたら、万年、地区大会レベルの学校だったそうじゃないか。
アレを聞いて、陽クンがしたいこと、なんとなく理解できた気がするね。
シャルズールの後の食事の時に、これからどの楽団のオファーを受けるのって聞いたら。
「日本の地元の高校吹奏楽」って。
はぁ? なんで? 好きな子でもいるの? って冗談交じりに言ったら、「はい」って、真っ正直に(笑)。
彼女の夢が、全国大会に出ることだとか。
誰よ? って聞いても「言えません」とか返されたけど、しつこく聞いたら「河合さん」という名前までは教えてくれて。
ふふ。まさか、今日一緒に隣で演奏するとはねぇ。
「河合です」って挨拶された時には、あの時の記憶が繋がって。びっくりしちゃったよ。
彼女の演奏には芯があって。吸収力も応用力も高い。素直だし、なんだか応援したくなったね。
陽クンが惹かれる気持ちも、わからないでもない。
しかも陽クンも並んで演奏するハメになって。
僕に名前をバラしたこと、どんな気持ちで演奏していただろうね(笑)。
…………。
いや……ひょっとして、予想していた?
今日僕がマッチアップすることまで、
陽クンは、会った時から勘が鋭いというか、未来を読んでそれに備える能力がとても高い。
確かにあの食事の時に、日本に帰ったらシエラに行くことは伝えていた。
今回の合同練習のオファーは、陽クンから直接事務局に来ている。
できないことはない。
……すると、僕が河合さんに会うことに、何か彼の意図がある……?
ただ、高1の頭で、そんなことが可能なのか?
…………今日ここで指揮を振ることも、計算のうち……?
いやまさか、ねぇ……。
陽クンは笠間さんから『アルメニアン・ダンス パート1』のスコアを受け取り、パラパラとめくると……
それほど細かく見ること無く指揮台に置いた。
…………準備が、
譜読みも。
こんな、咄嗟の機会に?
曲目まで?
確かに、今日のコンサートの演目に『アルメニアン・ダンス パート1』は、ある。
準備できないことは、ない。
でも、他の演目も今日はたくさんあるぞ?
まさか、全部…………?
……彼なら、できる。
それなら……何か目的があるはず。彼は何かを狙っている…………?
陽クンが前を通り、ハッと我に帰る。
指揮台の横で、僕らに向かい深く礼をする。
彼が指揮台に上る。
紳士的に手を前で組みながら、メンバーに話し始める。
「皆様、改めましてよろしくお願いいたします。貴重なリハの機会、真摯に向き合って振らせていただきます。師匠より真面目にがんばります。」
ハハハ、とみんな笑う。大将はあえてツッコまず、両腕を組んで首を傾げながら苦笑いをしている。
「冗談です、ご容赦ください。アルメニアン・ダンスをシエラで指揮させていただけること、こんな光栄なことはありません。ありがとうございます。
……では恐れ入りますが、皆様の胸をお借りさせていただく中で……一つだけ、お願いしてもよろしいでしょうか?」
陽クンが少し間を置き、みんなは次の言葉を待つ。
「リハではありますが、
—————!!
一瞬、ピリッとした空気になり、シンとなる。
コンマスの佐野さんが「もちろん」と言ったので、多少和やかな空気になったけど……
「お客さんが満席の会場という設定で演奏をする」ということは……
アルメニアン・ダンスは、シエラのみんなが『誇り』に思っている曲。
日本一の演奏をできるという、自負がある。
いくらシャルズールで優勝したとはいえ。
高1が。
シエラに。
アルメニアン・ダンスで、本気を出せと。
……陽クン、何をやろうとしている……?
いつもニコニコ笑っているメンバーすらも、集中力を高める顔をしている。
「もちろん」と言った佐野さんも、手をブラブラしながら、顔は真剣だ。
陽クン、ウチは期待には応えるぞ。
……でもキミは最後まで、棒を持ち切れるのか?
…………
陽クンは、フゥっと下を向いて息を吐き……。
構える。
その目、その姿勢は…………さっきまでの高校生とは違う。
歴年の指揮者を思わせる姿が、そこにはあった。
静寂。
シッ!!
『パパパーーーーン!!』
彼がクロスした両腕を力強く開くと、ファンファーレと共に風が巻き起こる!
中音域が続き、木管とホルンが濁流のように力強く奏でる。
まるでドライアイスのような空気の流れが……舞台から会場の後ろまで流れていくような錯覚に陥る。
彼の表情、腕、指から、その光景が浮かび上がる。
それに目を見張りながら、僕らフルート、そしてサックスが続いていく。
彼は指揮棒をブレさせながら、感情を全身で表現している。
さっきまでのクールさはどこに行ったのか。
彼の見開いた目は、僕ら一人一人がどんな個性を持っていて、僕らが何をしたいのかを、ものすごい速度で理解していっているようだ。
そして伴奏の三連符がサックス、クラ、オーボエ・フルートと重なり……
短いタメからっ……!
『パパパーーーーン!!』
再び主題から、
……いいねぇ、良い感じだねぇ。
一人一人の目を見つめ、励まし、奮い立たせている。
右手にはリズムと表現の抑揚が、
左手には激しい感情が託されている。
彼のタクトに従い、いくつもの音が、整然と楽曲を織り上げる不思議。
この音楽を演奏するために、それぞれが魅力的だと思っている共通点が、忽ち組み上がっていく。
彼は十分、立派なマエストロだね。
おそらく
…………指揮者には、『表現者』という役割の上で、いろんなタイプの指揮者がいる。
中には、
彼は……『演者』だね。
演奏者と一緒に、指揮者として
その辺、うちの大将と似ている。師弟だからかな。
メンバーのみんなも、一通りやりとりを終えて前向きな姿勢になっているみたいだ。
ひとまず、及第点ってとこかな?
……順調に、二番目の『ヤマウズラの歌』に入っていく。
『アルメニアン・ダンス パート1』は、5曲のアルメニア民謡のメドレーになっている。
原曲の歌い出しをそのままファンファーレに用いた、第一部『杏(あんず)の木』。
かわいらしく木管の音が歩き回り、ホルンが活躍する、第二部『ヤマウズラの歌』。
8分の5のリズムのメロディーの掛け合いが妖しくも盛り上がっていく、第三部『おーい、僕のナザン』。
一転、落ち着きのあるコラールで山の雄大さを表現する、第四部『アラギャズ山』。
そして、4分の2拍子で文字通りイケイケに、かつ大迫力にフィニッシュする、第五部『行け、行け』。
軽い感じで曲調が進行していく。
ホルンとチューバの伴奏を、しっかり意識している感じだね。
みんな丁寧に演奏しているけど……
……お?
仕掛けてきた!
それまでのアーティキュレーションと違う! 強い!
瞬間的に、クラ全部が連動する。
「試してやるよ」、そんな意図を感じるが……
!!
陽クンはニコリと笑い、棒の先の動きを変え、すぐに伴奏系統に指示を出す!
そして佐野さんに目線を向け、わずかに会釈する。
「もっといきましょう」と。
……たった、1小節の間に……!!
僕らフルート部隊も続く。
指示通り同じアーティキュレーションで乗っかると、その後のトランペットのソロには、対照的に柔らかい指示を出す。
曲の濃淡をつけている。
陽クンはそれまでの単調な指揮から両手を広げ、オーボエ、クラ、ホルンのソリストに構える。
優しく跳ねるように
「さっきみたいにいきたいですよね?」
そんな顔をし、敬意のある姿勢で、続く
三人が同じキャラであるかのように。
……というか、三人、確かに仲が良い。攻撃的なところも。
え? もうそんなところまで読み取っているのか?
と思っている間もなく、第二部での一番の盛り上がりに入る!
大きな柔らかい指揮で、トランペットのメロディーを中心としたフレーズが奏でられる。
すると彼は拍を刻むのを止め……満面の笑みで、両のこぶしを胸の前に合わせる。
指揮者の意図と演奏が、僕らと完璧に、調和して、いる。
これは……とんでもないな……。
ホルンのラストのフレーズを受け、僕らフルートが『第三部』へとつなぐ。
……はてさて、舞台の上で起こっていることを、見ている子たちはどのくらい理解している、かな……?
ただ見ている子が多いけど……
河合さんは、何かが起こっているのを感じている顔を、しているね。さすが。
おーおー、隣の女の子、アルトサックスだったかな? わかってるっぽいね。
手の甲を口に当てて、舞台の上を睨んでるよ。
————————
参考動画
『アルメニアン・ダンス パート1』
https://m.youtube.com/watch?v=ux6HdrDov0M
隣の彼は転生指揮者 〜愛知県立矢作北高校吹奏楽部のキセキ〜 水菜 @Ariel365
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