024 5月18日 シエラ合同演習③ 覚醒 #ホルスト『吹奏楽のための第一組曲』
ホルスト「吹奏楽のための第一組曲」より第一楽章、『シャコンヌ』——————
チューバ、コントラバス、ユーホのソリから、静かに入る。
このフレーズが、楽器を変え、シーンを変え、この曲の最後までずっとリレーのように続いていく。
大佐渡さんは何かに集中するように目を閉じたまま、横に大きめな指揮をされている。
金管、木管とリレーが続き、クレッシェンドからフルートも続こうと私も構えた時…………
大佐渡さんが曲を止めた。
「良い感じで主題のフレーズのリレーができてるね。この曲は自分が主題なのか伴奏なのかがハッキリわかりやすいから、主題なら繋ぎを意識しやすいけど、伴奏のほうが重要なシーンもたくさんあります。
そもそも、この曲はシャコンヌ、意味は『舞曲』なんだ。この三拍子の「タ〜リ〜〜ラ〜リ〜〜ラ」に合わせて、踊っちゃうんだよ。これで。」
そう言いながら、指揮台の上で大佐渡さんはコミカルにクルクル回る。つい、私たちは吹き出してしまう。
「だから伴奏だからといっても踊りを引き立てる役だから、とても重要。伴奏の時は控えめにただするんじゃなく、
そして、踊りなんだ。イメージしていこう。矢北のみんなはそういうイメージ、得意そうだろう?」
「「「「はい!」」」」
「よし、じゃ、最初から。」
大佐渡さんはみんなを盛り上げながら、指示を出していく。
私たちのことを、矢北って、言ってくれた。馴染みを持って言ってくれているみたいで、嬉しい。
フルートの出番も始まり、左隣の陽くんと一緒に入る。
「そう、いいよ。シエラメンバーが『一音一音の粒をどうしているか』、よく形を覚えて!」
大佐渡さんが私の顔を見ながら、全員に向けて檄を飛ばす。
陽くんが言っていたこと、同じ指示を出された。
あとは……
『演奏している時に何を意識して連動しているか』。
『どんな遊び心や個性を持って演奏しているか』。
あれこれ考えながら吹いているので、ちょっと混乱してきた……。
隣に意識を向けると、陽くんはハッキリとした音で演奏している。
陽くんはどうだろう。『何を意識して演奏しているか』……。 うん?
……大佐渡さんに、指揮者に視線を向けて、いない?
ずっと、私や、樫本さんを見てる。
私の目を見ると、樫本さんを見るように、優しい目で合図をしてきた。
陽くんは樫本さんを見たり、同じ音型で動いているクラリネットにわざとらしく耳を傾けてきた。
……そっか!
木管で一斉に動くスケール。私は樫本さんの体の動きに合わせることで、クレッシェンドや一音一音のタイミングを意識してみた。音の終わりにも集中。グッと、一体感が増す。
フレーズが終わり、金管に主題が移る。フッと楽器を口から離すと、大佐渡さんは私を見てニコリとし、樫本さんは私に向かってグッドサインをしてきた。
連動するって、こういうこと、なんだ。
指揮を見るよりも、伴奏や同じ音型のパートを意識してよく聴くことで、一体感が増す。
……それを、一音一音、フレーズ、パートでこなしていく樫本さん。
本当にすごい。
とにかく、樫本さんを『ロールモデル』にして、目標にするんだ!
クラリネットの綺麗なアンサンブルパートが終わろうとし、フルートのソロに入る。
ソロだから私は休もうとしたら、樫本さんが左手で私に入るように指示してきた。
…!?
とにかく構える。
アルトサックスのメロディーの裏で、樫本さんと二人で伴奏のソロを吹く。
樫本さんは単調に吹かず、どんな音量か、バランスか、アーティキュレーションか、少し体を大袈裟に揺らしながら、私にわかりやすくしてくれている。
樫本さんばかり見ないよう、大佐渡さんを向くようにも指示を出してくる。
……勉強になることばかりだ。
周りを見ると、他の矢北のみんなも同じ様子みたい。
団員の方によってはタブレットをトントン触りながら、隣にいる矢北メンバーに指示をしている。
大佐渡さんが曲を止めて指示を出す度、みんなはノートにメモを書いていっている。
……シャコンヌを最後まで通し終え、大佐渡さんが小さく拍手をする。
「よし、いい感じだね。今まで、ミックストーンに力を入れてきたのがよくわかるよ。
……ホントに、去年地区大会止まり?」
ふいに桐谷先輩に大佐渡さんが聞き、「はい」と答える。
「……信じられないなぁ。ブレススピードも、よく揃ってるよ。合わせる力もある。基礎の力、しっかりしてるよ。
よし、この感じで、次いこう。時間も残り少ない。3番、マーチ! 『祭り』な感じにしよう。
「「「「!! はいっ!」」」」
大佐渡さん、『ハデ北』って、言ってくれた。陽くんが伝えたのかな?
「シエラのみんな。シャコンヌは矢作北のみなさんに合わせてくれていたと思うけど、このマーチは
矢北のみなさんは、それに一体になるように。文字通り、負けないようにね?」
「「「「はい!」」」」
……と、返事をしたけど……。負けないようにって、無理な話に聞こえてしまう。
右横の樫本さんは……淡々と、頭部管をクロスで吹いている。
左横の陽くんを横目で見てみると……
……!
今まで見たことのないような、真剣で、ちょっと怖い、顔をしてる。
すごく……集中してるみたい。
あ、私と目が合った。
挑戦的な目をしたまま、小さく頷きながら、私に微笑んだ。
「(水都なら、大丈夫。)」
陽くんが声を出さずに、私に口の形で伝えてくれた。
そう、なのかな。
……ううん、集中。
大佐渡さんが構え、タクトを振りかぶる!
パッパッパッ! パッパッパッ! と、金管セッションの入りから曲がスタート。
音の跳ね方が……すごい。
これが本気だぞ! と言わんばかりに。
ずっと、金管セッションで進んでいく。
視線を向けると、トランペットの美音ちゃん、富田先輩たちが、隣のシエラの方を意識しながら必死にくらいついているのがわかる。
トロンボーンの大翔くん、畔柳先輩たちも受け応えのメロディーを跳ねるように吹きこなす。
……みんな、どの音も一粒一粒、はじけるような音をしている。
すごい、ついていってる……と思っていたら……
美音ちゃんが片足を前に出し、少し前傾した。
再び曲が最初の主題に入ると、美音ちゃんは一段ギアを上げたような音を吹き始めた。
シエラの方についていくのではなく、肩を並べる。
そんな意思を、感じる。
曲が中間部に入り、金管が全音符を奏で、木管にバトンタッチをするシーンになる。
大佐渡さんは美音ちゃんを左手で指差し、親指でグッドサインを出した。
……それを、金管のみんなは見ていた。
何かを決意したような、目をしている。
続けて、木管セクションのセッションが、まるで生きている川のような音で進んでいく。
先ほどの金管の音を受けて、触発された感じ、かな。
クラの桐谷先輩、お姉ちゃんたち、サックスの柵木先輩、武田先輩たち。
自由に吹きこなすシエラの方々に負けず劣らず、キャラを出し始めている。
大佐渡さんは個別に時々抑えるような指示を出すけれど、そのキャラを見ながら……嬉しそうに指揮を振っている。
何だろう……楽しい。
こうやらなきゃ、とかじゃなく、表現と表現をぶつけ合い、混ざり合い、新しいものを作り上げていく、そんな感じ。
私も、早くそれに混ざりたい。
ブルっと、震える。
フルートの出番はまだ8小節あとだけど……
逸る気持ちで楽器を構える。
……横で、陽くんも構えた。樫本さんも。
なんか、私の気持ちが伝わってしまったのかな。
それでも一緒に構えてくれたのが、嬉しい。
フルートセッションに入る!
私は勢い余って、強く吹いてしまう。
……けれど、そんなことなかった。
全員、力強く吹いてる!
音の一粒一粒が全部、真ん丸で……横一列のフルートが一体になっているようで、すごい。
……楽しい!
樫本さんの『遊び心』も、なんとなくわかる。
早い動きの一音一音を、踊るように吹きこなしていく。
私も普段そんな動きしないのに、つい、同じように吹いてしまう。
曲が一番のサビに向けて盛り上がっていく。
全部の主役が出揃い、矢北のみんな一人一人の音が、シエラの皆さんに引き上げられ、混ざり、ぶつかり合っている。
…………今なら、わかる。
『一音一音の粒をどうしているか』
『演奏している時に何を意識して連動しているか』
そして……
『どんな遊び心や個性を持って演奏しているか』。
シエラの皆さんは、楽しんでるんだ。
揃えるだけでなく、自分の技術をぶつけながら、試しながら。
指揮者や周りに、サインを送りながら。
こんなの、指揮者だけ見て演奏するバンドでは、あり得ない。
……
全員合奏、最後の盛り上がりに入る!
大佐渡さんは感情的な表情とともに、ダイナミックに指揮を振る。
金管ユニゾンの主題に対し、私たち木管がオブリガードユニゾンで応える!
ユニゾンなんて生易しいものじゃない。機関車のぶつかり合いのよう。
なんだろう……この感覚。
ロールモデルの樫本さんと私が、雷のようなものにつながっている、みたい。
私の目線は大佐渡さんと樫本さんに向けているけれど、音を通して、全体が、視える!
『覚醒』…………。
そんな言葉を、思い浮かぶ。
音を聞いていると、わかる。
どのパートの矢北メンバーも、同じような気持ちを感じているのが。
私も深いブレスから、一番大きいと思えるほどの音を吹き込み、ユニゾンを吹く。
そんな音にピタリと、隣の陽くんが激しく合わせてくる。
目線も一瞬合った。
陽くんの真剣さが、どうしたいかが、何も言わなくても伝わってくる!
大佐渡さんが大きく両腕を広げ、エンディングに入る!
力強い四分音符の伴奏にメロディーが乗って……
最後の早いテンポ! ホルンの大きなファンファーレが鳴る!
フィニッシュ!
…………
「Foo〜〜〜!!」
「イェ〜〜〜イ!!」
シエラの皆さんが拍手をしながら、思い思いに歓声を上げる。
私たち矢北のみんな全員は、夢から覚めたような、そんな表情をしてボーッとしている。
それを見て、私も、そんな顔をしてるんだなと、そう思った。
「良いねぇ。ゾーンに入ってたね? みんな、繋がってたし、すごい響いてたよ?
僕が何も言わなくても、全部伝わっていたね?」
大佐渡さんが矢北のみんなに話しかける。
樫本さんも私を見て、親指を立ててグッドサインを振ってくる。
私はまだ夢心地で、軽く会釈するので精一杯だった。
「大佐渡さん! そろそろ時間です! リハに戻って、次の曲に移ってください!」
舞台袖の、笠間さん? だったかな。が、大佐渡さんに声をかける。
「おっと、もうそんな時間か。短いな〜〜。」
シエラの皆さんも、「え〜?」という声を上げながら、残念そうなリアクションをしている。
本当に……あっという間だった。
まるで、ジェットコースターに乗った後のような、そんな放心状態のような気分。
……でも今日だけで、世界が変わった。
そう、変わった。私の目指す姿が、見えたような。
手が届かないものじゃない。きっと辿り着ける、そんな演奏に。
樫本さんと陽くんは、私を見てニコニコしている。
私、変な顔してたかな? 緊張してしまう。
「……じゃあ、残念だけど……合同練習はこれでお終いにしようか。
矢作北高校のみなさん、今日はとても楽しかったです。シエラのみんなも、勉強になったよな?」
大佐渡さんが問いかけられ、シエラのみなさんはウンウンと頷かれる。
「こんな機会はこれから無いかもだけど、僕らはずっと、みなさんのコンクールも、今後の音楽経験も、ずっと応援しています。今日の経験がその糧になれたら、これ以上の嬉しいことはありません。期待しています!」
みなさんから拍手が起こる。
「矢作北高校メンバー、全員起立!」
桐谷先輩が号令をかけ、私たちは全員立ち上がる。
「ありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
私たちは深々と礼をし、みなさんが大きな拍手を送ってくださる。
「がんばれー!」と、元気なエールを送ってくださっている人もいる。
今日は来て……
本当に、よかった。
「では、矢作北高校のみなさんはステージ下に降りてください。せっかくなので、リハ、見ていって?」
え!?
私たちは笠間さんの言葉に驚く。
「いいんですか!?」
桐谷先輩が質問する。
「もちろん、もう
みんな、「うお〜!」「やったー!」とか言って、飛び跳ねている。
素で喜んでいるものだから、シエラのみなさんも笑っている。
まだ、夢みたいなことが続くんだ……。
樫本さんも横で、ニコニコしている。
スタッフの方が予め荷物を移動してくださっていて、楽器ケースも舞台下にある。
私たちは各々、移動を始めようとする。
……樫本さんが、私に話しかける。
「河合さん、良かったよ? 繊細さと、大胆さ、両方とも活きた音。素晴らしかったよ。ボリュームアップした時の音の処理、気をつけるともっと良くなるよ? がんばってね。」
「あ、ありがとうございます!」
樫本さんに、直接指導をいただいた。
演奏中も、本当にたくさんのことを学んだ。
それだけで……胸がいっぱいになる。
「陽クンも、お疲れさま。名電と安城ヶ丘の件、もう連絡行った?」
「ええ、来ています。お声かけくださり、ありがとうございました。」
「いや、向こうから、名電の先生から連絡があったんだよ。」
「……そうなんですか?」
「最初は、陽クンと一緒にやればマスコミも動くだろうし、話題にして名を売ろうとでもしているのかと思ったけど……純粋に、矢北の演奏を聞いてみたいと思ったみたいだよ。安城ヶ丘の火野先生に話を聞いたみたいで。」
「そうですか。それは嬉しいですね。」
「それほど、矢北のエルザが良かったんだよ。」
「……本当に嬉しいです。大好きなメンバーなので、自分のことのように、嬉しいです。」
陽くんがチラリと、私を見る。
話を聞いて、嬉しいと思っていたところだったので、ビクッ!となってしまった。
樫本さんは微笑みながら私を見ると、再び陽くんに話す。
「……ただ、名電は……ドイツの時の、『
「ん〜〜、大丈夫ですよ。何か言われることは覚悟の上ですし。アイツも、さらにパワーアップしてるでしょう。会えるのを、こちらも楽しみにしてますよ。」
「そっか、ならいいんだけど。まぁ、がんばってね。」
ドイツの、
……と思った、その時。
「大佐渡さ〜〜ん。私、石上くんの指揮で、演奏してみた〜い。」
ファゴットの女性の方が、元気な声で大佐渡さんに呼びかける。
移動しようとしていた矢北のみんなの足が、止まる。
「そう、それ! 私も思ってた!」
「私も! 私も!」
次々と、シエラのみなさんの声が上がる。
「ちょっと、リハ、押してるのよ?」
笠間さんが止めに入る。
「笠っち、いいじゃない。大佐渡さんの弟子でしょ? 大佐渡さんのリハ、無くてもいいからさ。」
「オイ!」
大佐渡さんからツッコミが入り、みなさんが笑っている。
「……でも、正直アリですよね。大佐渡さんと同じ、シャルズールで優勝してから、日本ではまだプロとやってないんでしょ?
リハとはいえ、ウチが最初に演奏するの、いいんじゃないですか? 僕も、新鋭の指揮を見てみたいです。」
コンマスの、クラの男性の方が話す。
「……まぁ、シエラのみんななら大丈夫と思うけど……大事なリハだぞ?」
「何百回とやってる、『アルメニアン・ダンス』なら、どうです?」
「……ん〜〜、それなら……。陽、オマエできる?」
「……とても光栄なことなので、こちらからお願いさせていただきたいくらいです。
それに、大佐渡さんのアルメニアン・ダンスなら、何千回と見てきてます。」
「何千!? ウソやん!? 対抗するなよ!」
「いえいえ(笑) 大佐渡さんは、僕の『ロールモデル』ですから!」
ロールモデル。
その言葉を聞いて、何かストンと、理解する。
陽くん自身も、ロールモデルを持っていたんだ。大佐渡さん。
「ん〜、じゃあ、やってみるかぁ。陽、頼むぞ?」
大佐渡さんはまた陽くんの頭をグリグリして、舞台横のイスに向かっていく。
嬉しそうに準備を始めるシエラのみなさんの様子を見ながら、私たちは笠間さんに誘導されて舞台下に降りていく。
「リハを見れるなんて、夢みたいだよね」と、みんなは話しながら、席に座っていく。
私も、楽しみで仕方ない気持ちで、座った。
————それから、驚愕な光景を目にすることを知らずに———————-。
———
参考動画
ホルスト『吹奏楽のための第一組曲』
https://m.youtube.com/watch?v=BxgzIjHg2h4
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