023 5月19日 シエラ合同演習② 大佐渡さんと陽くん

 『スター・パズル・マーチ』が鳴り響く中、私たちは舞台に近づいた。

 舞台前の座席に先頭の桐谷先輩が座ろうとすると、大佐渡さんが「違う違う、こっちこっち!」と、舞台を指す。

 舞台にはすでに演奏者ごとの間や横にイスが置かれ、私たち全員が座れるように用意がされていた。


 みんなドギマギしていたけれど、演奏されているみなさんが横のイスの面をパンパン叩き、すごく親切に案内してくれているので、私たちは迷うことなく自分のイスに向かった。みんな丁寧に頭を下げ、演奏中の方に挨拶しながら座ると、シエラの皆さんは嬉しそうに笑いながら演奏を続けている。


 私は1stフルートのイスに向かうと……男性のフルーティスト、樫本さんがいらっしゃり、挨拶をする。樫本さんは紳士的に微笑み、横のイスにどうぞと手案内してくださった。

 ネットで調べたら、樫本さんはハンブルグ放送交響楽団で演奏活動を続けられた後、活動の場を日本に移しシエラに入団。大学の非常勤講師、東海吹奏楽連盟の理事も務められているらしい。


 樫本さんはタブレットが載っている譜面台を私の方にも共有する。

「え、え?」と思っていると、画面の五線を指し、「ここだよ」と吹きながら教えてくださる。

 初見、なのに? と戸惑うも、とにかく構え、なんとか演奏に加わる。

 曲はちょうど、最初のドラムセッションから2回目の主題に入った。

 大佐渡さんはちょっとイタズラっぽく笑いながら指揮を振っている。たぶん、私以外のみんなも戸惑いながら合奏に食らいついているんだろう。



 ザ、ザ、ザ、ザン! と曲がフィニッシュする。



「Foo〜〜!」と声が上がり、シエラのみなさんは楽器を高く上げたり、拍手をしてくださったりしている。大佐渡さんも右手で小さくガッツポーズを揺らしている。

 ……改めて、思う。すごい歓迎ムード。こんな超有名なみなさんが、いくら陽くんがいるとは言え、名も無い高校の吹奏楽部をこんなに歓迎してくれている。私たちは音楽だけでなく、音楽を通して感じる人の温かみで、圧倒されていた。



「矢作北高校メンバー、全員起立!」


 桐谷先輩が号令をかけ、私たちは全員立ち上がる。


「……矢作北高校吹奏楽部です。このような貴重な機会をいただき、ありがとうございます。本日はどうぞ、よろしくお願いします!」

「「「「よろしくお願いします!」」」」


 再び、シエラの皆さんの声が上がり、拍手が起こる。



「……どうぞ、お座りください。シエラ・ウインドオーケストラと、大佐渡裕です。

 今日は皆さんに会えるのを、とっっても楽しみにしてました! 夕方から本番なので時間が短くてすみませんが、僕らも精一杯やりますので、一緒に良い音楽を作っていきましょう。

 ……で、陽はどこに行ったんだ? 陽!」


 え、『陽』? 呼び捨て?

 奥の方でパーカッションの横のイスに座っていた陽くんが慌ただしく立ち、早足で大佐渡さんに向かっていく。

 陽くんが握手の手を伸ばしながら「大佐渡さん、おひさし…」まで話すなり、大佐渡さんは陽くんを……抱きしめた!


「おまえ……デカくなったなぁ〜〜!」と言いながら、頭をグシャグシャ、グリグリしている。

 私も、横にいる先輩たちも、その光景にビックリしてしまう。

 大佐渡さんも背が高く、陽くんも180cm近くあるので、巨人が巨人を子ども扱いしている感じで、なんかシュールだ。


 大佐渡さんは陽くんの肩をバンッと叩き、みんなに紹介する。


「石上陽くん、僕の後輩です。ハンブルクにいた時、僕がかつて優勝したシャルズールで優勝したいから指揮を教えろって、ホテルで寝ている僕を叩き起こしに来たバカヤロウです。」


 えー? という声と共に、団員のみなさんから笑いが起こる。

 陽くん、そんなことしてたんだ……。


「中学1年? あの時はハンブルクのコンセルヴァトリウムにいたんだっけか? 身長、低かったけどなぁ。2年後に見事優勝して、次何するんだ?って聞いたら、命かけたいことが『高校吹奏楽』って聞いて。

 はぁー、と思ったけど、そこまで言うんだったら、ほな力になったるわ、ということで。今日は来てくれました。シエラのみんな、よろしくお願いします。陽、ほれ、挨拶!」


 陽くんが一歩前に出る。


「シエラの皆様、石上と申します。今日な貴重な機会をくださり、ありがとうございます。また、僕の師匠がいつもご迷惑をおかけして申し訳ございまイダダダダッ!」


 大佐渡さんが再び陽くんの頭をグリグリし、みんなに笑いが起こる。


「すみません、本当に今日の日を楽しみにしていました。皆様の『うたう』音は、僕たち矢作北高校吹部すいぶの目標とする音楽の、最高の模範です。どうかお力をいただければと思います。よろしくお願いします。」


 私たちも一礼し、みなさんから拍手やフットスタンピングが起こる。



「……よし、じゃあ早速やりましょう。ホルスト、準備して!」


 大佐渡さんの掛け声と共に、みなさん楽譜を変えたり、パーカッションは担当移動を始めた。


 ……私は改めて横にいらっしゃる、樫本さんに挨拶をする。


「河合と申します。1年です。1stを務めます。樫本さん、今日はよろしくお願いいたします。」


 樫本さんは、名前を覚えられてきたからか少し驚いた顔をされ、「こちらこそ。河合さん、よろしくね。4月末のプレコン、エルザのソロ、聴いてたよ。本当に綺麗だったよ」とおっしゃった。

 ……プレコン、いらっしゃった? あまりにびっくりして、「いえ、いえ……」と手を振るのが精一杯で、言葉が出ない。

 樫本さんは微笑んでいる。


 吹部のみんなもそれぞれで挨拶をしている。ハイタッチをしている人までいて、団員の皆さんはすごくフレンドリーに接してくださっている。



 盛り上がる中、陽くんが元のパーカッション横のイスに戻ろうとしていると……


「おい、陽! 何そっちで座ろうとしてるんだ! お前も! 吹け!」


「え、僕ですか?」


「せっかくなんだ。前みたいにやるぞ。フルートいいだろ? 僕の、貸したる。笠間さん、僕の持ってきてくれる?」


 舞台袖の方、笠間さん? が、袖にあるケースを開き、フルートを組み立てて陽くんに渡しに来る。


「お前の演奏、久しぶりに聴きたいんだよ。せっかくだし、そこ、座ってよ。」


 大佐渡さんが、私の横のイスを指す。


「大佐渡さん……こんな良いフルートを僕にくれるなんて……ありがとうございます。」


「バカヤロウ! 貸すだけだ!」


 嘘泣きしながら楽器を受け取ろうとした陽くんに大佐渡さんが近づき、またグリグリしている。

 ハハハ、と皆さんが笑う。



 ザワザワしている中、大佐渡さんが小声で陽くんに話す。


「……で、か?」


 大佐渡さんが、桐谷先輩に視線と顔を向ける。

 桐谷先輩は急に自分を見られたのでビクッとされている。


「……違いますよ……。空気読んでくださいよ……。蹴りますよ?」


「こわ! 思い出した。お前のドロップキック、痛いもんなぁ。」


 陽くんは冗談っぽく大佐渡さんに膝を当てる仕草をしてから、私の隣のイスに来てフルートを持って座った。


「樫本さん、お久しぶりです。では、本当にお世話になりました。」


「お役に立てたようで何より。また、後で話そう。」


 樫本さんは嬉しそうに陽くんに話す。

 ……陽くん、樫本さんとも繋がりがあるんだ。……なんか、すごい。


 樫本さんは親切に譜面台を私の真正面にまで移してくださり、三人で1stを吹くことに。


 陽くんは樫本さんにお礼を言い、「水都、足を引っ張ったらごめんね」と私に話しかける。

 「そんな、ううん、」と私も声をかけたところで……大佐渡さんが指揮台に再び立つ。



「(……さてさて、息子が命をかけたい子がこの中にいるなら……人肌、脱ぎましょう、かね。)」



 声にならないほどの呟きを大佐渡さんがおっしゃっていたけど、私はほぼ真正面に座っているので、聞こえてしまった。


 ……?



「さあ、『シャコンヌ』から行こう。」



 考える間も無く、佐渡さんが指揮を構え、全ての音が、消えた。

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