022 5月19日 シエラ・ウインドオーケストラ合同演習① #スター・パズル・マーチ
5月18日(土)午前9:00—————
私たちは基礎合奏を一時間ほどした後、楽器をバスに積み込んだ。
今日は、いよいよシエラ・ウインドオーケストラの定期演奏会のリハーサルに混じっての、合同練習の日。
会場は名古屋市近くの稲沢市民会館で、学校からバスで向かうことになっている。
シエラは高校吹奏楽部なら誰でも知っている憧れのようなバンドで、しかも今日の指揮は、大佐渡さん。
みんな、心躍らないわけがない。
朝なのに、いつもより相当ハイテンションな感じになっている。
未来が、横で今から身震いしている。
「ヤバい……昨日もなかなか寝れなかったよぅ……。緊張する……。」
「さすがの未来も、緊張、してる?」
「当たり前じゃない! アンコンの東海大会より、今週の初の定期テストより、緊張するわよ! だって、シエラよ? 大佐渡さんよ? ユーホの庄野さんの横に座らせていただけるのよ? ねえ水都、夢でしょ? これは夢でしょ?」
「は〜い、夢ですよ〜。」
いきなり美音ちゃんが入ってきて、未来の頬をつねる。
「いだだだだ! いだい! 美音いたい! 夢じゃないじゃない!」
「あはは〜、未来ちゃんが変になってる。」
「う〜、もう。 あ〜、もう。ドキドキするわ。」
コントのようなやりとりに、クスクス笑ってしまう。
「美音、あんたは緊張してないの?」
「もちろん、してるよ〜。数学のテストくらい、緊張してるよ〜。」
「数学……って、なんか比較が地味ね……。」
「数学、苦手なの。緊張するよ? テスト、裏面があるって知らなかったから、半分白紙だったよ。でも、まぁいっか〜、って。」
「えーーー! ちゃんと見なさいよ! っていうか、もうちょっと緊張しなさいよ!
しかも、矢北でそれはマズいんじゃないの!?」
「…………未来、美音の言葉に油断しちゃダメだ。美音はこんなだけど、記憶教科はすごいんだ。社会と英語のテスト、昨日返って来てたけど、両方100点だったぞ。」
「え゛……。」
大翔くんが美音ちゃんの横に入ってきて、解説している。
ふふふ〜、と美音ちゃんは笑っている。なぜか嬉しそう……。
「大翔くん、みんな、まだ、乗らないの〜?」
「……ん〜、リーダーたちが、まだだね。」
バスはエンジンをかけて待機中だけど、リーダーたちと先生がバスの前方で話し合っていて、まだみんな乗り込んでいない。
桐谷先輩と先生がみんなを集めて、何か真剣な顔をして話している。陽くんもそこにいる。
……あ、そこの人たちみんなが…………首を縦に振っている。何か、話し合いが決まったようだ。
桐谷先輩が、バスの周りにいる部員全員に声をかける。
「は〜い、みんなー! お待たせー! バスに乗るよー!
で、これからシエラのところに行く時になんなんだけど…………『ビッグニュース』があります!
昨日、
え、ええ〜〜? と、みんなから、驚きというより、戸惑いの声が上がる。
「再来週の6月1日の土曜日です! この間のプレコンの審査員の方が、私たちのことを名京大名電の先生に紹介してくれたんだって! せっかくのチャンスだし、全国区のライバルを見に、みんなで行こー!」
なんだか、みんなからの反応は薄い。
桐谷先輩は、「あ、あれ・・・?」と、逆に戸惑っている。
今からシエラ、と頭がいっぱいな時に話されたものだから、みんな整理ができていない感じ。
後ろでパーカスの悠くんが、「さすが、『残念会長』……」とボソッと言っている。
「まあ、無理もないさねー、河合ちゃん。」
フルートの佐藤先輩が話しかけてきた。
「頭がシエラでいっぱいな時だしね。
……ただ、石上が来てから、あれやこれや、一気に動き出したね。プレコンとか? シエラとか? 次は全国区の高校と練習って??
やってやろうじゃないの? こういう時は、『波が来たなら波に乗れ、ノってるヤツに、ついていけ』、だよ。ガハハハ!」
「え、誰の言葉?」
「アタシ!」
「ハッハッハ!」
尾越先輩と佐藤先輩が、変なやりとりで肩を揺らして笑っている。ふふ。
お二人はこんなキャラだけど、フルートはとても繊細な演奏をする。不思議。
「水都〜、一緒に座ろー!」
バスの乗り口で未来が私を呼ぶ。
「……うん、今行く!」
みんな、楽しげな足取りでバスに乗り込んだ。
* * *
稲沢市民会館————。
2階のホワイエ脇の陰のスペースで楽器ケースから楽器を取り出し、私たちは楽器を組み立てている。
「石上、こんなところで、いいのか?」
チューバの樋口先輩が陽くんに聞いている。
「はい……。 なぜか楽屋や練習室ではなく、ここで組み立てて、二階正面扉からみんな一緒に会場に入って来てください、と言われておりまして……。」
「そうか。指示ならしょうがないな……。」
樋口先輩の低くて渋い声がよく通る。
本当、どういうことなんだろう……。
不思議に思いながら、準備を進めた。
各自、組み立てが終わり、パーカッション以外の人が全員楽器を持っているのを確認すると、陽くんはみなさんに話しかけた。
「それでは、これからこの扉から入ります。みなさん、繰り返しになりますが、今日の練習でマッチアップするプロの方に対して、特に意識して観察いただきたいこと、覚えていらっしゃいますか?」
「『一音一音の粒をどうしているか』、
『演奏している時に何を意識して連動しているか』、
『どんな遊び心や個性を持って演奏しているか』、の3つね。」
柵木先輩が答える。
「はい、その通りです。今日の経験は、他に代え難い貴重な経験になります。申し上げたとおり、シエラは矢北のサウンドのロールモデルとして、かなり理想に近い音をしていると思います。ぜひ目標の一つとして、盗めるだけ盗んでいきましょう。特別に、練習中は録音も許可いただいてますので、練習の時のみ、お手元のスマホで録音OKです。」
わぁ、と声が上がる。
なんて、特別サービスなんだろう。
「……では、行きますよ?」
陽くんは扉に手をかけ、力を込めて取っ手を引く。
中扉が見え、中の合奏の音が少し聞こえてくる。
二枚目の扉を開くと…………大きな合奏の音が聞こえてきた。
……順番に私たちが大ホールに入っていくと………
演奏が止まった。
「来た! 来たよ! 早く! 早く!」
ステージ上の皆さんが、わちゃわちゃと慌てて楽譜をめくっている。
指揮者の方が大きく振りかぶる!
「せぇーのぉおっ!」
ドォン! と低音のフォルテから、金管のファンファーレが響き渡る!
ものすごい音量! 倍音!
木管のバッキングが派手に演出し、私たちを超えて突き抜けるような金管の音がそれに乗っかって………
パーカッションのカッコいいセッションが続く!
金管セッションの『キラキラ星』のメロディー…………このメロディーは……聴いたことある!
『スター・パズル・マーチ』、昔の課題曲だ!
ステージ上の手が空いている方々が、私たちに向かっておいでおいで、と手を振ってくれている。
私たちがあまりにびっくりして固まっていると、手拍子をしたり、ニコニコ笑いながら両手を大きく上に上げてくれたりして、私たちを呼んでいる。
指揮者の方……大佐渡さん……大佐渡さんだ! も、私たちを向いて手招きしてくれている!
私たちは、予想をはるかに超えたサプライズの大歓迎の中、座席の間の通路を通りながら、夢の中にいるような気持ちで、舞台に向かった。
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