010 4月上旬 勝利の方程式の『How』(2) →私の家へ!?
話を聞いていた未来が、複雑な表情を止めて、目を閉じながらフウッと息を吐いた。
「……ちょっと陽、私たちにもしっかりやりなさいよね。上手くならなかったら、容赦しないんだからね。」
めちゃくちゃだけどストレートな未来の言葉に、陽くんが少し真剣な表情になった。
「もちろんだよ。……先輩たちも今までの方法があったと思うけど、『勝利の方程式』を信じてくれて、練習メニューを変えてくれたんだ。2時間ある練習時間を、個人練習30分、発声と基礎合奏で1時間、曲の合奏はたった30分。曲も、ハーモニー真っ向勝負の『エルザの大聖堂への入場』だから、今までのハデ北とは真逆な曲かもしれない。
でも、
「…………わかったわ。まずは月末のプレコン3位なんでしょ?」
「うん。安城ヶ丘女子、主催の竜海は現時点でとてもじゃないけど追いつけない。でも、それ以外に負けるわけにはいかない。」
「……去年県大会に出てる、豊西や岡崎中央、岡崎日名もブッ潰すってことね?」
「もちろん。さらに、県大会から東海大会に上がる枠は6枠。安城ヶ丘女子、竜海、名京大名電、海南、豊橋大谷、豊北という6強の中に潜り込むには、どこかに弱体化の種がまかれるか、僕たちの基礎力のレベルアップが必須なんだ。絶対に……勝つぞ。」
「……うっっっしゃぁーーー! 燃えて来たぜーーーー!」
未来の横にいた柳沢悠くんが両腕を上げている。
「燃えるのはいいけどさぁ、あんたらパーカッションは『エルザ』でほとんど出番無いわよ? そういう曲だし。そもそも、あんたら基礎合奏の途中からいないよね? どこ行ってるの?」
チッチッと悠くんが指を振りながら答える。
「ソルフェージュと『エルザ』の時間が勿体無いからって、陽が俺たちパーカッションにスペシャルメニューを準備してくれて、裏でやってるわけよ。すげぇぞ? 『スネアドラマーのためのドラムメンチカツ40』だっけか?」
「『国際ドラムルーディメンツ40』だね(笑)」
「そうそう。それがアプリに入っていてよぉ、面白ぇぞ? タイミング正確率98%、強弱正確率90%を達成すると、1つの課題クリアってな。」
「……ふーん、パーカッションチームは、そんなことしてんのね。」
「あと陽、あれ、みんな知ってんのか?」
「『アルヴァマー序曲 スネアドラム選手権大会』かな?」
「……何それ??」
「うん。基礎だけでなく、実践練習の一つとして、全員で『アルヴァマー序曲』のスネアをやってもらっているんだ。あの曲のスネアは単調に聴こえるけど、正確にリズムを刻む練習になるし、シンコペーションや強拍・弱拍を意識しやすいしね。
いわゆるオーケストラのコンサートマスターみたいに一人、『パートマスター』を選んで、全員で一致することを意識するようにして、小節ごとにどう表現するか? を考えてもらうこともお願いしているよ。」
「ふーん。そんな、同時にスマホに録音なんて、細かく認識できるわけ?」
「気になるところだよね。でも付属のマイクがコンプレッサー付きの超指向型マイクだから、大丈夫だよ。」
「コンプ……? よくわかんないけど、大丈夫なのね。」
「……でよぉ、『大会』の時の全員の平均値が、同じように98%、90%を超えたら、32アイスのファミリーパックを奢ってもらえるんだぜ!」
「「「「何それぇーーー!? ずるーーい!」」」」
へっへっと笑う悠くんに対し、女子四人で反発する。
「……それで、合奏の裏で、俺たちも『合奏』を頑張ってるわけよ。ウチの聖母様も、マレットマニアも、メイド長も、燃えてるぜ?」
「聖……ちょ、ちょっと、誰よ、それ?」
「知らん! 俺は名前を覚えるのは苦手なんだ。」
「何よ、それ……。……一応聞くけど……私の名前は?」
「『ぐぬぬ女子』?」
「はぁーーーーー!?」
* * *
サイゼの後、自転車組、徒歩組でそれぞれ解散になった。陽くんと私は家が学校から近いので、徒歩で家に向かった。
未来と仲いいね、と言われたので、翔西中で出会った時のこと、「あんたは絶対に上手くなるから」って励まされたこと、未来の家にお泊まりに行ったことや、スイーツ食べ放題に行ったことなど、いろんな話をした。
「なるほどー。水都が夢中になって美味しそうな顔で食べている光景が想像できるな……。」
「むー……違うよー。未来が誘って来たんだよー。」
「で、食べ過ぎて苦しくなって帰ったんでしょ?」
「…………もう!」
陽くんがはははと笑いながら、私の横に並んで歩道を歩いている。いつも通る道なのに、春の日差しからなのか、街路樹が明るく見える。
歩道は狭いので、陽くんは自転車が前から来るたびに、私がぶつからないように配慮してくれている。家に帰ったら、これから『エルザ』の読譜のおさらいを急いでするらしい。本当に熱心。頭が下がる。
お互いの家が見える路地に入った時、急に陽くんが止まった。
「うわっ」
そう言いながら、来た角にすぐに隠れた。え? と思いながら、私もついて行く。
「どうしたの?」
「あの人、前に無許可で取材に来た人なんだ。あまり良い印象無くて。家はバレてないはずなんだけどな……。」
陰から見ると、確かに記者っぽい人が陽くんの家の前に立っている。
「今日は瀬場さん、休みだからなぁ……。このままうまく諦めてくれないかな。」
そう言って、うーん、と悩んでいる。
「…………水都、ごめん。僕、適当に時間を潰して帰るから、気にせずに帰ってね。今日はありがと。楽しかった。じゃ、また月曜日!」
え? え? 帰れないの?
陽くんが来た道に振り返って行ってしまいそうになった時、自分でも思ってもない言葉が口から出た。
「よ、陽くん。それまでの間、うち、来る?」
陽くんがびっくりして振り返る。
「……え!? いいよいいよ! 大丈夫だから!」
「でも、譜読みのおさらいをするんでしょ? ……うちでやったら、どうかな。」
「え…………うーん……。助かるけど……」
手を頭の横に当てて、考えている。
「…………親御さん、両方いらっしゃる? もしいらっしゃったら、お願いしてもいいかな……。」
「あ、確認してみるね。いたほうがいい?」
「うん。それは絶対。水都やご両親に、誠実に接したいから。」
さりげにドキっとすることを言われた、と思いながら、家に電話してみる。電話にはお母さんが出た。お父さんもいるらしい。陽くんをこうこうこうした理由で家に呼びたいという話をしたら、電話口の向こうから「えーーーー!? ちょちょちょちょちょっと待ってて! 三分! いや、五分!」という大きな声が聞こえた。
「大丈夫だって」と話したら、スピーカーホンにしてないのに丸聞こえだったので、私が気まずい顔をしているのだろう、陽くんが苦笑いをしていた。
お互いの家は道の向かいだけど、玄関はそれぞれ北側を向いているので、記者さんにバレないように後ろを確認しながら、一本路地が違う私の家の玄関に二人で向かった。
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