009 4月上旬 勝利の方程式の『How』(1) プレコンに向けて


「「「かんぱーい!」」」



 土曜午前の練習の後、みんなで学校近くのサイゼに来て、ご飯を食べようということになった。何の乾杯なんだか、と言いながら、みんなで笑い合う。いいな、こんな雰囲気。

 いつもの同じクラスの五人と、オーボエの愛菜まなちゃん、あとパーカッションの柳沢ゆうくんも、みんなで行くと聞いて、ついてきた。



「石上ぃ、お前いったい何モンなんだ?!」


「ブッ!」



 ポテトフライをつついていた悠くんからの質問に、陽くんが飲み物を吹きそうになり、少し咳をする。



「ケホっ、・・・いきなり何だよ?」


「わりぃ、だってよ〜、あんな練習、やったこと無かったなってことがほとんどでよ。ブレストレーニングとか。」


「それよ、わざわざ先生まで呼んでくれてさ、すごいよね! あれ。」


 未来が手振りをしながら話す。



「はは、僕も教えてもらったことだけど……ユニゾンって結局『息を合わせること』をしないと、合わないんだよね。倍音、ミックストーンのことについて先輩たちの理解をもらえたから、次は一気に盛り上げるために、教えてもらった人に来てもらうのが一番かなって。」



 陽くんのあの話の翌々日、陽くんのお知り合いというミュージカルの先生が矢北まで来てくださって、素早いブレスや発声を合わせる練習など、腹式呼吸を意識した特訓を受けた。先輩たちも含めてみんな最初は戸惑っていたけど、基礎合奏の前に同じ練習を続けることで、何となく違いが出てきたように感じる。



「懐かしいね〜。私たちも、あそこから始めたね〜。」



 話を聞きながら、美音ちゃんが頬杖をしながらニコニコ言った。


「? 美音、どういうこと?」


「9月に美島中に陽くんが来てから、教えてくれたんだよね〜。文化祭が終わったら引退って時だったけど〜。」


 未来がメロンソーダをストローで飲みながら、?と首を傾げると、大翔くんが付け加える。


「三年生はもうすぐ引退って時、日本に戻ってきた陽が吹部に入ってきたんだ。頭を下げながら、『上手くなる方法、勉強してきたので、少しだけでも一緒にやってみませんか』って。コンクールも終わって受験もあるし、ほとんど誰もやらなかったけど、俺と美音、他何人かは練習を続けてみることにしたんだ。それで、一気に上達したんだ。」


「そうそう〜。アンコンまで頑張ってみようって話になったけど、その五人で勝ち上がったんだ〜。私たちもびっくりだったよ〜。」



「……あーーー! それでかーー! ウチらが負けたの!」



 未来が、ぐぬぬと呟いている。



「一人は竜海、もう一人は埼玉に引っ越しちゃったけど、みんな、陽くんの練習で上手くなったって思ってるよ。水都ちゃんも、ブレストレーニング、一番熱心に練習してたね〜。先生に言われてもみんな恥ずかしがってたけど、一番最初に始めてたね。残ってもやってたし〜。」


「! そんな……。とにかく、上手くなれるなら、なんでもやりたいって……だけだよ。」


「実際やってみて、どう感じた〜?」


「うん、そうだね……なんか、楽しかったよ。上手くなってる感じ、してる。」


「ふふ〜、よかった。私たちも、今週やったブレストレーニングも、ソルフェージュも、ずっと続けてきたよ。一緒にできるね〜。水都ちゃんなら、すごく上手くなると思うよ〜。」



 美音ちゃんが嬉しそうに話すと、陽くんが付け加えてきた。



「ブレストレーニングは水都と柵木ませぎさんにとって、特に良いかなって思って。」


「えっ……どうして?」


「二人とも音量が足りないことを気にしてそうだったし、ユニゾンを合わせにくいオーボエや、息が足りなくなりやすいフルートは特に、全員で息を揃える練習は大切なんだ。」


「……! そ、そうなんだ……。あ、ありがとう……。」



 隣にいる愛菜ちゃんが、感激を我慢しているような表情をしながら返事をした。

 すると向かいの未来が、不貞腐れてストローを咥えてしまったまま、聞いてきた。



「…………ねぇ、あのアプリも?」


「……ああ、そうだよ。あれで俺たちは基礎力が上がったんだ。」



 大翔くんが続けて話す。


「ユニゾン練習とは違い、音の形・リズム感・タイミング・アーティキュレーションとかの練習は、個人練習の裁量が大きい反面、自分がどれだけズレているかはわかりにいけれど……あのアプリに録音しながら練習することで、自分にどういうクセがあるかが『視える化』されるから、すごくわかりやすいんだ。」


「アレな! すげぇよな! 太◯の達人みたいでよ!」



 陽くんが紹介してくれたあのアプリ、本当にすごい。一人一人のスマホにマイクを接続して、基礎練習の楽譜が画面に流れて来るのに合わせて数回録音すると、楽譜を見直す際に、赤はタイミングが早い音、青は遅い音というように表示されるようになっている。

 音の形も認識できるみたいで、十六分音符の強拍・弱拍、スタッカートやアクセントの違い、フォルテピアノなどの練習もできるみたい。



「普通、自分の音を録音して、それを聴いて、ということを繰り返すことが効果的だけど、そんなことやってたら夏までに時間が無いからね。基礎練習のパターンも楽器ごとに入っているよ。

 特に、名京大名電が行なっているメソッド、『個人のためのチェックリスト60』と、『曲練習のためのパターン18』は、ゲームのように攻略していってほしいから、個人レクチャーの時にも使おうと思っているよ。」

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