008 4月上旬 勝利の方程式(2) #アフリカン・シンフォニー
》2ndフルート 河合水都
少し、部屋の中がザワザワっとする。
「水都ちゃん、すごいね。全国だって。」
「……うん、すごいね……。」
隣にいる、オーボエの
一年の自己紹介の後、合奏の準備の時に友達になった子だ。サックスの柵木先輩の、妹さん。
全国も十分可能……。
全国…………!
陽くんは少しの沈黙の後、安藤先生と部長の桐谷先輩に顔を向けた。
二人が頷いたのを確認すると、ありがとうございますと言って、ホワイトボードを準備し始めた。
他のみんなも、ホワイトボードが中央に来るのを見守っていた。
準備が整うと、陽くんが話し出した。
「先ほども申しましたが、
まず一つ目ですが、もしこの『ハデ北サウンド』を表現するのに、力まずに、さらに大きく響かせられるとしたら、どうでしょうか?」
意味がよくわからず、頭に?が浮かぶ。みんなも同じような感じだ。
「……わかりやすいように、少し実験してみましょう。
……ホルンの四人の先輩が前に出ると、陽くんは少し四人と話し……四人は練習場を出て行った。
「みなさん、ホルンの先輩たちに、会議室の外、運動場の入り口まで行っていただきました。そこで、これから吹いていただく『音』を聴くために、みなさん会議室の窓側にお集まりくださいますか。」
それぞれが楽器を置き、ザワザワとしながら窓側に集まった。陽くんも靴に履き替え、会議室の窓の外側に出てきた。ここから50mくらいかな、ホルンの先輩たちも見える。
陽くんが大きく呼んだ。
「宇佐美先輩、チューニングB♭をフォルテで吹いてください!」
宇佐美先輩が視界の向こう側で頷き、チューニングB♭を吹く。春のそよ風も相まって、ホルンの音が
「ありがとうございます! それでは宇佐美先輩はその高さのまま、
……大木先輩と思われる方が楽器を構え、息を合わせて二本が同時に鳴らす。…………うん、一本が低いことが分かる。
「ありがとうございます! では大木先輩、ちょっとだけ宇佐美先輩に高さをさっきより近づけて、もう一度お願いします!」
遠くで二人が頷くと、また二本が同時に鳴らす。…………音程が少し近づいたくらいで、さっきとあまり変わり無い。
……これには何の意味があるの? という空気が濃くなる。
「ありがとうございます! 大木先輩、最後は、宇佐美先輩と『
……小柄な大木先輩と、宇佐美先輩が顔を見合わせ、一緒にチューニングBを吹く。
!!!
さっきの倍くらい、大きな音量で聴こえてきた。窓際に集まっているみんなも気付いているようだ。陽くんは大きくマルを作った。
「ありがとうございます! バッチリです!
ちょっと難しい注文だと思うけれど、中林先輩はすぐに頷く。そして、三人のB♭が響く。今度は…………さらに倍に感じる!
「ありがとうございます! 最後、小森先輩も一緒にお願いします!」
大柄な小森先輩が待ってましたとばかりに素早く構え、四人は顔を見合わせた。そして、ブレスを揃える。…………大きいけれど、なんとも壮大さを感じさせる、四人のホルンのB♭が春の夕方の空気に、真っ直ぐに響いた。
「ありがとうございます!」
陽くんは大きくマルを作り、ホルンの先輩たちに戻るように依頼した。
「……みなさん、感じましたか?」
会議室の外から、窓に集まるみんなに陽くんが振り返って話しかけた。それぞれ頷いたり、トランペットの先輩が「スッゴい大きかった!」と嬉しそうに声を上げた。陽くんは嬉しそうに、みんなにお礼を伝え、席に戻るようにお願いした。
四人の先輩たちが戻ってくると、陽くんはこちらでも丁寧にお礼をし、一緒に屋外から会議室に戻ってきた。
みんなが座席につくと、陽くんがまた話し出した。
「ご存じの方には恐縮ですが、これが、倍音の力、『共振』と呼ばれるものです。力まなくても、倍音を出せるようになると、大きくなるだけでなく、響きが良くなります。
今年の吹奏楽コンクールの全国大会は宇都宮市文化会館で、昨年までの名古屋国際会議場センチュリーホールよりは小さいですが、それでも2,000人が入る巨大なホールです。そこで響かせる演奏をするためには、倍音が絶対条件です。広い会場では、音が遠くまで届かないからです。
強豪校は必ずマスターしてきます。でも、僕たちも十分可能です。そして、ホルンのパートの皆様は、すでにこれを行えているので、お願いしました。」
……そうか! アフリカン・シンフォニーで感じた、ホルンのユニゾンの強さは
陽くんは、ホワイトボードの真ん中に 『倍音』 と書いた。
「もう一つ、絶対条件があります。『ミックストーン』と呼ばれるものです。
吹奏楽では、楽器がたくさん集まって同時に演奏しています。正しい指使いとアンブシュアや奏法を学べば、楽器の音が出せます。
けれども、たとえば同じひとつの音を楽器の違う十人で同時に演奏した時、元々違う楽器を演奏していることに加えて、音の音程、長さ、形、音色など、十人それぞれ音のとらえ方が違うので、同じ音のはずなのに十通りの異なった音が鳴ります。四十人なら、四十通りです。」
陽くんが倍音の横に、 『ミックストーン』 と書く。
「これはある意味
そのため、『この音符を演奏するときにはこの音程、この長さ、この音の形で』というように共通認識を持つことで、
…………これも、一つ実験してみましょう。柵木先輩、お願いしてもよろしいでしょうか。」
アルトサックスの柵木先輩が、「私!?」と声を上げる。陽くんはニコリと笑い、柵木先輩に前に来るようにお願いする。
……私の隣にいる、妹さんの愛菜ちゃんにも、緊張が走ったようだ。
さらに、陽くんはトランペットの美音ちゃんを呼び、美音ちゃんが「は〜い」と答えて前に出てくる。
……陽くんが私に近づいて、「ごめん、水都、楽器借りていい?」と聞いてきた。
え!?? と思いつつ、「う、うん………」とフルートを渡すと、「ありがと!」と小声で言い、アルコールを吹きかけたクロスで頭部管を拭いた。
え? 陽くん、吹くの? 吹けるの?
「まずピッチを合わせましょうか」と、柵木先輩に依頼し、アルトサックスのチューニングB♭が鳴る。それに合わせ、美音ちゃんのトランペットと……陽くんのフルートが鳴る。
……とても綺麗な音色だ。
みんな、陽くんがフルートを吹けることに驚いているようだけど、声や表情には出さず、じっと見ている。
「では先輩、アフリカン・シンフォニーのAメロ、第一主題を8小節、本番のように吹いていただいてもいいですか?
ターラーーーータララータララータララーーーというところです。」
「……わかったわ。」
柵木先輩が陽くんの指示を受け、メロディーを演奏する。とても綺麗だ。
「…………では、これをユニゾンで吹きます。
美音、今の柵木先輩と、『全く同じ出だし』、『全く同じピッチ』、『全く同じ終わりの処理』、『良い音のバランス』でやってみよう。いける?」
「は〜い」
美音ちゃんが返事をする。
……とんでもない要求だと思ったけれど、何の疑いも反論も無いので、私は二度驚いた。
ユーホの席にいる
「ではやってみましょう。みなさん、どんな音色に聴こえるか、注意してみてください。柵木先輩、さっきと同じように、自然にお願いします。」
柵木先輩がマウスピースを咥えながら頷き、三人が構える。
柵木先輩の合図に、ピタリと三人のブレスが揃い、ユニゾンを吹き始めた。
『ターラーーーータララータララータララーーー……』
…………言葉が出ない。丸い、まるーい音だ。サックスじゃない、けれど心地良い音色の『別の一つの楽器』のメロディーが聴こえた。
「……いかがでしたか? バラバラではなく、ミックスされた『一つの音』が聴こえましたか?」
みんなそれぞれ、小さく頷く。
陽くんはまたニコリと笑うと、柵木先輩と美音ちゃんにお礼を言い、席に戻るようにお願いした。
陽くんがまた話し出す。
「これが、『ミックストーン』です。
コンクールで演奏する曲など、楽譜が複雑になると、ミックストーンがしっかりできていなくても
『自分たちの演奏が良くないのは楽器の演奏が下手だからだ』と考えがちですが、そうではありません。
楽器の練習と並行して、音を聴く、イメージするといった力を高めていくことで、同じメンバー、同じ人数で同じ曲を演奏しても、合奏の印象や質が格段に良くなります。
出だしが合っていて、ピッチが合っていて、音のバランスがいいこと。
ミックストーンは、基礎練習を繰り返して音が丸くなると、きれいに合うようになってきます。ユニゾンのフレージングで、絶対に必要なものです。
吹奏楽の神様と呼ばれた、
陽くんが、『倍音』と『ミックストーン』の間に、『×』を書く。
『倍音』 × 『ミックストーン』
「これができない学校は、合奏中に出だしやピッチをしょっちゅう注意することになり、演奏を中断しなくてはなりません。
それに、合奏の間に特定のパートの指導をしてしまうと、他の人は遊んでしまい、これが一番効率の悪い合奏練習になります。
でも、基礎練習を重ねて、この式を大切にしていけば…………僕は断言しますが、県大会を必ず突破できるようになります。
ただ——————僕たちはそれだけではありません。」
県大会を突破、という言葉を聞き、桐谷先輩の目がさらに開く。ブルリと震えているようだ。
「……僕たちにはさらに、強さがあります。」
そう言いながら、陽くんは式に付け足す。
『ハデ北サウンド』 × 『倍音』 × 『ミックストーン』 = 全国大会
4月29日プレコン 3位獲得
「これが、全国大会に出場するという、僕たちの勝利の方程式と、最初のマイルストーンです。」
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