007 4月上旬 勝利の方程式(1) #宝島
》2年 アルトサックス 木管セクションリーダー 柵木結愛
新一年生の正式入部の初日。
二年生が合奏隊形で座る中、一年生が前に並び、
続いて有純は、副部長の奏と、私を紹介する。
「副部長兼金管セクションリーダー、ホルンの
私は奏と一緒に挨拶をする。
「「よろしくお願いします。」」
一年生と二年生から拍手をされる。
一年生は自己紹介を促され、名前と、希望楽器を順番に話していく。
基本的に矢北では楽器の配属は強制ではなく、希望の通りに一旦なり、足りないパートは募集をかけたり、兼任したりする。普通の学校ではあり得ないことかもしれないが、
ただ、例の一年、彼が入ることで今までの矢北がどうなってしまうのか……案じてしまう。
今年の入部は二十八人。あえて最後に回された彼が、話し出す。
「石上 陽です。指揮者希望です。よろしくお願いします。」
シャルズール国際指揮者コンクールで優勝しました、とか自慢するかと思ったが、そうでもなかった。
全員が挨拶を終えたので、後ろの窓際にいたアンドーが前の方にゆっくり出てきて、話し始めた。
「顧問の安藤です。これだけ大勢のみなさんが、矢北の吹奏楽に興味を持ってくれて、とても嬉しく思っています。
歓迎演奏を聴いてくださった方は感じてくれたかもしれませんが、聴いてくれる人に、音楽の楽しさが伝わることを大切にしている、素晴らしい二年生たちです。
進学校なので学業が優先ではありますが、ぜひ最後まで、矢北の吹部メンバーとして活躍してくれることを願っています。一年生のみなさんもとても良い『目』をしている人ばかりと感じています。
早速ではありますが……交流合奏をしてみるのが良いと思ったのですが、どうでしょうか。
僕らが大切にしているものを、早い段階で感じてもらいやすいと思います。」
二年生は大きく頷いている。「アンドー、いいね!」という声も上がる。明るい雰囲気。
では準備しましょう、という声がかかると、今日楽器を持って来ている一年生は持ってくるように促され、二年生は追加の座席と予備の楽器、譜面台を準備し始めた。
未経験の一年生は一瞬オロオロしていたが、元気の良いトランペットパートとトロンボーンパートが手招きし、演奏者の間ごとに加えられた座席に座らせ、「ここで一緒に体感しよう!」と声をかけている。
……しばらくして準備が終わり、全員が席についた。五十五人なので、かなりの人数だ。
アンドーが話し始める。
「みなさんそろいましたか。はい、では始めたいと思いますが、今年は……指揮者希望の石上くんがいます。
せっかくなので彼に振ってもらおうかと思いますが、どうですか?」
やっぱりか……。
ニコニコ頷いているメンバーもいるが、大抵は小さく頭を縦に揺らしている。
でも私はアンドーの指揮、好きだったんだけどな……。
アンドーは私がサックスに情熱を持っていることを本当に応援してくれて、好きなように吹かせてくれた。
まぁ、音が大きくてみんなが付いて来れない感じもあるから、抑えてなんて時々言われちゃうけど。
中学の時はいつも、みんなに合わせろって注意ばかりされて嫌だったから、アンドーはまだやりやすかったんだよね……。
アンドーはみんなを見てニコリと笑い、石上くんを呼んだ。
「では、お願いしましょうか。曲は、『宝島』でやってみましょう。いいかな?」
はーい、とトランペットとトロンボーンたちが楽器を上げて返事をする。
……石上くんはみんなに向かって一礼してから、指揮台に立った。
「……改めまして、石上です。いきなりこのような機会をいただきまして、少しびっくりしています。安藤先生の指揮を期待されていた方もいらっしゃると思いますが、すいません。僕も精一杯指揮いたします。
ぜひ、みなさんの大切にしていることを、
僕も、それを大切にした音楽にしたいと思います。よろしくお願いします。」
そう言うと、石上くんはまた軽く礼し、タクトを持った。
メンバーを見渡し、おそらく笑顔の人もいるのだろう、彼も優しい顔をした後…………少し真剣な表情になった。
タクトが上がる。
前奏のアゴゴが始まり、石上くんはアゴゴに目線を合わせながら指揮を振る。
2小節終わり、3小節目に入った頃、彼はまぶたを上に上げ、嬉しそうな表情で指揮の
まるでこの時間の中でお互いに会話しているようだ。
その表情のまま、拍を大きく刻むことなく、包むような姿勢でドラムスに体ごと向き、視線を合わせる。
ドラムスのフィルとハイハットが入るが、ストーリーがつながるような……そんな空間が生まれる。わずか6小節くらいの間に。
大きく両腕を高く開き、ドラムスの大きなフィルから前奏のユニゾンが一斉に入る。
いつもの通り、大音量が前方に飛んでいくけど…………2回目のフレーズから、響きが……違う?
一年生が入って厚みが増している、だけじゃない。タイミングも合っている。
裏のトロンボーンのオブリガードにも目線を向けて片腕で指示を出す。石上くんは嬉しそうに上体を揺らしている。
始まってまだわずかな小節なのに、本当に何かやりとりをしているようだ。
Aメロに入り、木管ユニゾンのメロディーが始まる。一人一人にゆっくり目線を合わせながら、拍は強く刻まず、おおらかに指揮をする。
私の横のテナーなんて指揮を見ずに、一人の世界に入りながら吹いている。
他の一人一人も伸び伸びとメロディーを吹いていると、Aメロの後半に入り、金管もユニゾンの伴奏を返し始める。
石上くんは笑いながら指を向け、みんなの音も弾むように生き生きしている。みんなにとって悪くない感じだろう。
……けれど、私は私のやり方で吹かせてもらう。
そう思いながら、Bメロのアルトサックスのソロに入るためのブレスを吸った。
オープン気味のアンブシュアで、サックスの大きな音が響く。
何? 文句ある? そんな気持ちが自然と入る。私がしたいのは、こういう音楽なのよ。あなたも私のこと、抑えつけるんでしょ?
そう思った瞬間、石上くんは優しく口元を微笑みながら、目線を合わせたまま顔をフッと斜め上にあげた。
……「
ソロが終わってメロディーが他に移り、サビのパートが始まったけれど、先ほどのわずか4小節の間のやりとりに驚き、まだ気持ちが揺らいでいる。
さらに、私に右手を向けながら、左手で全体をかき混ぜる。
「サックスに合わせろ、高いレベルにしろ」、そんな指示に見える。
全員の姿勢が良くなり、音量が上がる。音質も!
……何が起こったの?
胸が高鳴る。
サビが終わり間奏に入ると、間に座っている一年生が上体を揺らしながら、手拍子を始めた。石上くんも手拍子をするような手振りをしながら、アンドーの方を見て、嬉しそうな顔をしている。アンドーもニコニコだ。
……間もなく間奏が終わり、また私のソロになる。今度は16小節の長めのソロ。
何だかまだ整理できていないけど、とにかくやってみよう。
私がソロのフレーズのスケールを始めると、石上くんはチューバに向かってキビキビとした指示を入れ、すぐホルンやユーホに向くとゆっくりと腕をかざすような指揮をする。
低音がしっかり鳴り、中音がそれを優しく支えるような伴奏のバランスになった。
さらに金管のオブリガードには檄を飛ばすような振りをすると……私と視線を合わせ、「これでいいか?」というような表情をした。
ドキッと内心思いつつも、とにかく歌い上げる。
私のソロが金管のグリッサンドとともに終わると、演奏していない全員から「お〜!」と、大きな拍手が起こった。
パーカッションセッションが始まり、ドラムスもいつもよりも元気に聞こえる。パーカッション希望の一年生も飛び入りで、ボンゴやコンガ、マラカスなど思い思いに鳴らす。
石上くんも指揮ではなく手拍子をし、他の楽器の全員も手拍子をしていて、中にはお互いに目線を合わせながら笑っている子もいる。
行け! と言わんばかりに縦にタクトが跳ねると、ブラスセクションが始まる。
それぞれがノっているので雑だが、石上くんが「パパパパーン」とブラスセクションに合わせて口を開きながら、目を閉じて振る。
すると、セクションの後半が揃い始め、うるさく感じた個々の音量が、ものすごい厚みのある音になった。目を見開き、強めの指示を出す。
トランペットのもの凄いハイトーン! ロングボブの一年生!
いよいよ最後のサビのパートに入り、愛おしそうな表情で包み込むように指揮をする。
みんなも、「この演奏が終えるのは嫌だけど、歌い上げよう」、そんなような音に聴こえる。
半分の8小節を終える時……石上くんはゆっくり大きく大きく左腕を伸ばしながら体を回し、半分後ろを向きながら、私たちから見て前方、石上くんから見て後方に左手を伸ばした。木管のスケールのオブリガードに合わせて。
……あれ? 目の錯覚を感じる。
ここは練習場の会議室で、手を伸ばした側には廊下の窓があるだけのはずなのに…………ホールの観客が見える。
演奏の音の余韻が……さらに響いているような、奥行きのある音になった。指揮者を見ている他のメンバーの真っ直ぐな目も、見開いて真剣な目をしている。
これは…………!
考える間も無く、ラストを迎えてしまう。
メロディー、オブリガードの掛け合い、四分音符、ロングトーントリル! ……フィニッシュ!
……一瞬の沈黙の後、フッと石上くんが表情と手を緩めると、わぁっと声が上がり、全員が嬉しそうにお互いを見ながら拍手をしたり、楽器を上に上げたりしている。
私も力が抜け、フウッと息を吐いて、楽器を膝の上に乗せながら……演奏中のことを思い巡らせた。あれは……。
……アンドーがまた前に出てくる。
「みなさん、本当に素晴らしい演奏でしたね。先生、泣いちゃいましたよ。みなさんは、どうでしたか。」
アンドーが声をかけると、みんながウンウンと頷き返す。アンドーもニッコリしている。
「石上くんは、どうでしたか。」
石上くんはアンドーを見てから、タクトを台に置き、先生に向きつつも、一礼してから私たちに話し始めた。
「ありがとうございます。…………僕は、安藤先生と先輩方が作られてきた、この『ハデ北サウンド』が好きです。皆さんは、他のバンドにはなかなか無い、何にも変え難い大切なものを、いくつも持っていると感じました。
一番は、『この曲をどんな音楽にしたいか』という意思があるということです。……僕もですが、みなさんも、この個性がぶつかりあっている音楽に、惹かれたと思ったのですが、いかがでしょうか。」
みんなも、アンドーも嬉しそうにしている。
アンドーが続けて話す。
「私も、同じように思いました。みなさん、石上くんに、これからも指揮をお願いしようと思いますが、どうですか?」
大丈夫でーす、はーい、など、声が上がり、拍手が鳴る。私も、頷きながら拍手をした。
「それではぜひ、お願いしましょう。」
さらに拍手が大きくなり、石上くんは深く、礼をした。
「……石上くんは、これからどのようにしたい、とかありますか?」
アンドーが聞くと、石上くんはゆっくりとした口調で話し始めた。
「……もし、この『ハデ北サウンド』がさらに進化したら……
僕は、全国も十分可能だと確信しています。」
空気が変わる。
……全国? というように、一年生の何人かが顔を見合わせている。
「どうでしょうか。みなさん、全国に行きませんか。……何も考え無しに、このような話をしてはいません。先日の演奏をお聞きし、僕が学んできたことを重ねがけながら、十分にそれを可能にする、『勝利の方程式』とそのHowを考えてきました。
……それを話すお時間を、今からいただけないでしょうか。」
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