028 5月18日 真実
》1st トロンボーン 岩月大翔
「…………。『何者』って?」
「……気を悪くさせてしまったらすまん。お前が、ただのスーパー高校生って思えないんだ。」
陽は黙っている。
……やっぱり、合っているのか?
「好奇心だけで聞いているわけじゃ……なくて。俺は、お前が俺のことも、俺の家族のことも助けてくれて、本当に感謝してる。その上で聞くんだけど……。
小学校を出たらヨーロッパに渡って、コンクールで優勝して。
あらゆる楽器に精通して。ビジネスでも成功して。
人脈もあって、今日みたくプロの楽団とやり合える力があるのに、元々強豪でもない地元の高校に入って、吹奏楽部の指揮者。
普通に考えて……おかしいだろ? 全国大会に行きたいなら、強豪の高校に行けば良いし。
陽。おまえ何か、俺にも話していない、悩みとか、大きな目的があるんじゃないのか?」
「大翔……。」
なに言ってんだ、とか返して来ないんだな。
「………………お前はさすが、視野が広いな。」
陽が、誤魔化すように微笑む。
「……大翔の言うとおり、僕には目的がある。でも、大丈夫だよ。」
「お前がそういう顔で大丈夫って言う時、何かを背負っている時なんだよ!」
俺が話し出して初めて、驚いた顔をする。
「お前も、水都も。
……俺は。たぶん美音や未来も。お前の力になりたいんだよ。」
「…………。」
「……なあ。覚えてるか? 俺に
「……? ああ、覚えてるよ。」
「俺がマイクラ得意だって知って、これからプログラミングで流行るからって、勧めてくれたよな。セットアップとか募集の仕方とかわからない俺に、手取り足取り教えてくれて。あれからそのこと、話してなかったよな?」
「…………。」
「すごく、順調なんだよ。俺の母さんや、弟や妹たちも、お前にとても感謝してる。全国から俺に指名が来てて、家計にたくさん還元できてる。外でバイトしなくて良くなったんだよ。みんな喜んでた。それだけじゃない。父さんの形見のトロンボーンで、アンコンの東海大会で金を取れた時、母さんが泣いて喜んでた。
……お前は、俺にたくさんのことを教えてくれてる。俺も、お前の力になりたい。なりたいんだけど……お前、時々、とても『寂しい顔』をしてるんだよ。見せないようにしてるけど。
なあ。何かあるのなら、教えてくれないか? ただ全国大会を目指す以外に、何かあるのなら…………。」
陽が、高いところに視線を向け、深く呼吸を吐きながら、目を閉じて下を向き…………俺を見て、微笑む。
「………………。大翔。ありがとう。ここでは暗いから、僕の事務所でいいか? 時間ある?」
* * *
陽の事務所に着き、陽が応接テーブルの部屋のライトを点ける。
座ってて、と言いながら、陽はポットからお茶の準備をする。
そんなのいいよと言ったが、陽は構わず二人分のお茶とお菓子を準備し、向かいに座った。
シン・・・とした部屋で、俺と陽がお茶を飲む音だけが響く。
陽が少し目を細め、俺に申し訳なさそうに言う。
「大翔。僕がこれから話すことを聞くと、少なからず大翔に重荷がかかってしまう。それでも大丈夫か?」
「ここまで来て、今さら何だよ。」
「はは、ありがとう。ここまで信頼してくれて、僕は幸せ者だな……。」
…………。
「ただ、全部は話せない。『誓約』があるんだ。それでもいいか?」
「『誓約』……? 破っちゃいけない、ルールみたいなことか?」
「まあ、そうだな。」
「…………ああ、わかった。聞いてはいけないことだったら、そう言ってくれ。」
「…………ありがとう。」
陽がテーブルに肘をつきながら、両手を握る。
「まず…………僕は本当は、48歳なんだ。」
…………。
予想外の言葉に、理解が追いつかない。
「お前、誕生日は来月だろう?」
「違う違う。そうだけど、違う。僕は48歳まで生きて、自分自身に生まれ戻った?、んだ。小4だった時の自分に。記憶も知識も、48歳の時のままで。」
「…………。ちょっと待て。整理する。転生、ってやつか? そんな、小説みたいなことがあるのか?」
「みたい、だな。なんでこうなったのか、全く検討つかないんだけど。」
「48歳の時、いきなり?」
「そう、だな。事故死して。」
「…………はぁー。大変だったんだな。」
「はは、そんなことはもういいよ。」
「……それで転生、か。納得いったような。その時に特殊能力かなんか、身につけて戻ってきたんだな?」
「いやいや無い無い。チートスキルなんて何も無い。あるのは、生前の記憶と知識だけ。」
「そうなのか? 48まで、何をやってたんだ?」
「指揮者やってたよ。高校出たら先生のツテでドイツに渡って。ホームステイさせてもらいながらハンブルクの音楽学校に通って指揮を勉強して。その頃、ベルリンに来ていた大佐渡さんとも知り合って、師事をお願いして。33の時、同じシャルズールで優勝した。そこからドイツを拠点に、いろんなとこで指揮振ったり、音楽監督したり。そんな感じかな。」
……なんだか、ようやく今までの『超高校生級』という疑問が、頭の中でカチカチと答えにつながっていく。
「高校は、矢北?」
「ああ。」
「そこ、謎だよ。元々音楽に詳しいわけじゃないのか? なんで進学校の矢北なんか出て、指揮者に?」
「……………………………。水都が、
「はぁ? ……それだけ?」
「ああ。」
何か、今までの二人の様子のことがストーンっと腹に落ちる。
「付き合ってたのか?」
「そう、だな。」
「おお〜(笑) 結婚したのか?」
「いや……」
「えっ?」
「……
「ぶっははは! フラれたのかよ! 水都の
陽は苦笑いをしている。
「じゃあ、目的は再度告白するためか?」
「いや…………そんなんじゃないよ。ただ……全国大会だけなんだ。水都が、ずっと行きたがってた。もちろん、
「…………。」
「絶対に全国に行くことを助けられるように、小4からずっと準備してきた。お金を貯めて、かつて行っていた音楽学校に入り直して、ダブルメジャーどころじゃなく11のメジャーを受けて。朝から晩まで死に物狂いで練習して、バカじゃないかってたくさん言われたけど、とにかく吹奏楽の楽器に精通したかった。またシャルズールに出たのも、優勝することが目的じゃなく、高校で指揮者を最初からするのに、周囲の納得感を増やすためだけなんだ。」
「……どうして…………そこまで…………。」
「……できるものなら、彼女の音をずっと聴いていたい。それだけさ。」
「……今でも好きなのか?」
「彼女を前にして、その気持ちはとても強いよ。中身は48でも、今の年齢の身体に精神が融合している感じだね。」
これは……隙がないな。何人か告白を断っているのを知ってるけど。
愛菜にも、桐谷先輩にも、勝ち目は無いな。
「告白したらいいじゃないか。」
「いや、それはできない。」
「48のオッサンが(笑)? 勇気が無いのか?」
「いや、そうじゃない。…………『誓約』があるんだ。」
* * *
》 石上陽
「『誓約』、か…………。」
それまで半笑いだった大翔が、再び真剣な表情になる。
聞いてはいけないことを避けようと、思案してくれている。
『誓約』という、納得してくれそうな言葉で濁しているけど、それで理解しようとしてくれている。
本当に、いいヤツだ。
『歪波(ゆがみ)の命書(めいしょ)』———。
そこには『誓約』なんて言葉は無いけど、『運命に逆らい 人の寿命に直接作用して生じた歪波は 自身に返る』と、ハッキリと書いてある。
実際、僕が交通事故から水都を助け、事故の後遺症が発生
こんな不気味な本のことに、大翔を巻き込むわけにはいかない。
それに——————12月、僕は、死ぬ。
この本の力が本当なら、12月、僕は死ぬ。
水都が死んだ原因となった肺水腫は、12月のガス爆発で逃げ遅れてなったものだ。
僕はこのガス爆発から、絶対に水都を守る。
小4の身体に生まれ戻って、一番感謝したことは、そのチャンスをもらったことだ。
絶対にこれは譲れない。
ただ…………水都を守ることで彼女が生き延びる寿命が仮に80年になったとして、僕の48年の残りを差し出しても…………
だから、水都を助けること、全国大会の両方ができるのは…………今年、だけ。
もし、本当のことを話して大翔に阻止されたりして、大翔や水都の寿命に何かある、なんてことは絶対にあってはならない。
だから、これからも『誓約』という言葉を使って、言えないことは誤魔化す。
大翔、ごめんな。
「…………俺は? お前が知っている世界では、どうしてた?」
「変わらず、何でもできる天才だったよ。
「……そうか。……なんか不思議と、納得感あるな。」
「そりゃそうだろう、お前なんだから。」
二人で笑う。
「……美音と、未来は?」
「美音は、美島で同じペットだった横山先輩と一緒にやりたいって言って、名電に進んで行ったよ。地区も違うから、それきりだな。
…………僕が去年大翔や美音たちにアンコン出ようって言ったから、二人の人生を変えてしまったということもあるんだよな…………。」
「おい、そんなことは言うな。考えるな。言ったろ。俺たちはお前に感謝してるって。何も後悔はしてないぞ。」
「……はは、ありがとう。」
本当に、いいヤツだな。
「未来は、高校まで一緒だったこともあって、高校を出てもしばらくやりとりしてたな。高度実践看護師?に認定されて、総合病院でチーフナースをしているって言ってたよ。SNSで見たけど、結婚もされてお子さんと幸せそうに写っている写真もあったよ。」
未来は、水都を助けられなかったって、一番泣いていた。
同じように苦しんでいる人を一人でも助けたいって、看護師になるって言ってたな……。
「そう、か…………。」
大翔が椅子を後ろに倒しながら、中空を見つめて息を吐く。
「これからは、『陽さん』とか、敬語で言ったほうがいいですか?」
「おい、やめてくれ。僕の中でも大翔は大翔のままなんだよ。頼むよ。」
「ははは、冗談だよ。」
おいおい、ヒヤッとする冗談言うなよ。あまりこんなことでギクシャクしたくないんだ。
「……にしても、俺も美音も
「……夢?」
「ん? ああそうか。陽は柵木先輩に呼ばれて、いなかったな。あの時、水都が言ってたんだ。お前が振っていたあのアルメニアン・ダンスの時、不思議な夢を見たんだって。」
「ふうん……。大翔と美音がいないって?」
「ああ。何でも、2025年の吹奏楽コンクールの県大会の夢なんだと。お前や未来、愛菜は出てるけど、柵木先輩や桐谷先輩は上の学年だからか? いなかったって。指揮はアンドー先生がしていて、曲もアルメニアン・ダンスだったって。」
「…………なんだって?」
背筋がゾクリとする。
「なんか、
!!!!
黄色い、光…………!?
……いけない。平常心。顔には出すな。
* * *
それから多少の話をしてから、大翔とは事務所の外で別れた。
今日のことは誰にも話さないから安心しろ、何かあれば何でも相談に乗るからな、と言葉を添えて。
今まで一人で抱えていたことを初めて話せたにも関わらず、僕の心は不安でいっぱいだった。
……夢の内容が、僕の知っている
しかも、黄色い光、だって……?
僕は事務所の扉を静かに閉めると、走って練習室の中を通り、自宅への通路に向かう。
飛び込むようにデスクの前に回り込み、引き出しを開け、
そこには…………
『2024年5月19日 過度な刺激による意識消失、交感神経終末損傷 発生 河合水都 -28日』
『石上陽 +28日』
「水都の…………寿命が減り、僕のが増えている…………!?」
新たな事実に、驚愕する。
「ぎゃ、逆もあるってことか……!!」
慌てて、次のページもパラパラとめくってみる。特に記載は無い。が、ページはまだある。
「『運命に逆らい 人の寿命に直接作用して生じた歪波は 自身に返る』って…………
あまりのショックで、机に両肘をついて突っ伏す。
でもなんで、水都がそんな夢を…………。
何かのきっかけがあると、僕の知っている
「くっそ……。ワケがわからない。こんなワケわからないものに、なおさら大翔を巻き込むわけにはいかないぞ……。」
————
背景設定の一部公開の話でした。
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