016 4月29日プレコン(1) プレコン不参加


 ピピピピ・・・ピピピピ・・・


 携帯の目覚ましアラームの音……もう六時半か……。


 手を伸ばして携帯のボタンを見ずに押す。そのままスヌーズにしてもう五分寝ようかと思ったけど…………とりあえず身体を起こす。


 太陽の明るい光がカーテンを透けて入って来ている。前より明るい? 春も終わりに近いかな。

 そのカーテンを少し開けて……外を覗く。まぶしっ。



 二階の私の部屋の窓からは、ベランダ越しに陽くんの家が見える。私の部屋は南側なので、陽くんの家の北側、玄関などが見える。

 こちらが高いことと、ベランダの壁の隙間から見える感じなので、向こうからはほとんどこちらは見えないと思う。たぶん。


 この前、この時間に何気に外を見ていたら、玄関から陽くんが出てきて、ジョギングに出かけて行った。この近くを周回して走っているみたい。



 プレコン当日の、今日もするのかな、と思っていたら…………やっぱり出てきた。軽いストレッチをしている。この時間、だいたい毎日ジョギングしているのかな。




 …………石上陽くん。シャルズール国際指揮者コンクールで最年少優勝した、すごい人。


 すごい人のはずなんだけど、全然そんな感じを出さないし、みんなに優しい。聞き上手だし、クラスのみんなも陽くんと話す時楽しそう。よく笑い合ってる。バレーも上手いみたいだし。クラスマッチでは三回戦まで行って、チームのみんなと盛り上がってた。


 でも、寝ると顔だけ『ちい◯わ』みたいな顔で、幸せそうに寝てる。あまりみんな気づいていないと思う。

 この間も、数学の先生から指される順番が来るまで、ちゃんとした姿勢のままちい◯わになってた。指された時、急いで私が起こしたら、急にシャキッとした顔になって「(x-3)(x+5)です」って正しい答えを言ってたから、こっちがびっくりしちゃった。陽くんもこっち見て苦笑いしてた。勉強もできるのかな。


 昨日も遅くまで、北側の部屋から光が見えた。たぶん、机のスタンドの光だと思う。勉強だけじゃなく、譜読みとか、いろいろしてるんだと思う。一人暮らしで、本当によく頑張っている。吹奏楽部でも、今日までずっと指導してくれている。


 そんなすごい人が、なぜか私の家の隣に一人暮らししていて、学校の席も私の隣。



 …………そして……から助けてくれた、……?

 

 クラスマッチで、「怪我は無い?」 「よし」と、手を頭にポンと乗せられて、ハッと思ってしまった。そして、右肘の怪我の痕……。


 全部、と一緒。


 以外、は。

 

 陽くんも、何か私に気付いたような感じだった? たしか、「あっ」って。



 …………陽くんが、、なのかな……。


 ……今度、コンタクトなのか、聞いてみる……?



 陽くんが一周してきて、玄関前を通り過ぎようとしている。

 犬の散歩に出て来ていたお隣のおばさんに、「おはようございます」と笑顔で挨拶して、わんちゃんに吠えられて「わったった!」と、よろけている。



 ……ふふっ。


 まあ、いっか。


 まずは今日のプレコン、がんばろう。

 今日までやれることはやってきた、と思う。全国への力になれるように、最善を尽くそう!



 「よしっ!」


 私はカーテンを開け、下の階に降りて行った。




   *  *  *



 お昼前、プレコンの会場である竜海高校にバスが到着した。岡崎市の南部よりの丘の上にある、共学の私立高校で、吹奏楽部は全国大会に十回以上出場している名門校ということもあり、専用の校舎、さらにはホール練習も可能なホールもあるのだそう。


 今日はそのホールに市内や周辺の高校の吹奏楽部が集まって、新学期間もない組織での腕試しに当たる、「プレコンクールプレコン」が開かれる。主催は愛知県吹奏楽連盟ではなく、竜海高校。審査員も連盟の理事の先生が来られ、非公式ではあるものの順位も付けられるとのこと。


 私たちはバスを降りて、楽器を下ろすのを手伝っていた。



「さすが……竜海はすごい、ね。学校でこんなこと開けるなんて。」


「そうね……。何校? たしか9校だっけ? ここに集まってるの。」


「たしか、そう。校内の敷地に、これだけバスが入れるのも、すごいよね。」



 未来と話しながら、周りを見渡す。大きな駐車場にはバスが次々と入ってきて、吹奏楽部の部員と見られるいろんな制服の生徒がぞろぞろと降りて来ていた。


 私たちのバスからはとりあえず楽器が全て降ろされ、陽くんと桐谷先輩、そして出張のアンドー先生の代理で来られた、副顧問の藤井先生がリストを見ながらチェックをしている。隣に大翔くんも一緒にいる。



 …………すると、校舎側から一人の女子生徒が走ってきて、陽くんたちに声をかけてきた。



「陽!? 大翔!」


「…………莉緒りお! おー、久しぶり!」


 陽くんに莉緒と呼ばれた女子生徒は、半ば息を切らしながら近づいてきた。



「久しぶり! はぁ、よかった、矢北、出るのね?」


「うん、もちろん出るよ。」


「そう、よかった。出場校の、リストに無かったからさ。」



 …………?



「…………すみません、どういうことですか? あ、部長の桐谷と申します。」


「……あ、すみません、竜海高校一年の浅井あさいといいます。参加校リストに、矢作北高校の名前が無かったので、今年は出ないと思って心配していたんです。」



 桐谷先輩と藤井先生、陽くん、大翔くんが顔を見合わせる。



「…………藤井先生、申し込みはされているんですよね?」


「え、ええ、安藤先生からは申し込みも、費用の振り込みも終えていると聞いています。ただ、私もこの申し込み用紙の記載の日時に合わせて引率を、と言われたこと以外はちょっと……。」



 桐谷先輩が少し考え込んでいる。



「……すみません、浅井さん。誰か、この件についてお話ができる方はいらっしゃいませんか?」


「あ、はい、総務の先輩を呼んできます。」


「ごめんなさい。ありがとうございます。」



 浅井さんとおっしゃった方は走っていき…………しばらくしてから他の女子生徒を連れてやってきた。



「あ………矢作北高校のみなさん…………来られた、んです、ね……。」



 総務の先輩という方だろうか。やって来て、挨拶も無しにいきなり話しかけてきた。歯切れが悪く、顔色も悪い。


「矢作北高校吹奏楽部部長の桐谷と申します。今日はお世話になります。すみません、今日の参加リストに矢作北高校が無いと伺ったのですが、本当でしょうか? こちらは申し込みも費用の支払いも終えているはずなのですが。」


「あ…………私からはなんとも……。 先生から、不参加と聞きまして…………。」



 桐谷先輩たちが再び顔を見合わせる。

 浅井さんとおっしゃった、陽くんの友達の竜海高校一年の方も、戸惑いの表情をされている。「何で総務の先輩なのに、その理由を知らないの?」、そんな顔だ。



「……正しく申し込みされていなかったのかもしれません。先輩、行ってみましょう。すみません、総務の先輩、先生のところに、ご案内いただけないでしょうか?」


「あ…………はい、こちらです…………。」



 総務の先輩は丁寧に手を向けられ、前を歩き始めた。陽くんと桐谷先輩、藤井先生が付いて行かれる。


「陽、俺も行くよ。」

「あ、あたしたちも行くわ。」


「……うん。」


 陽くんは頷くと、みんなで案内に従って校舎のほうに向かって歩き出した。




   ………………




「……陽、大翔、久しぶりね。元気してた?」


「ああ。莉緒も元気そうでよかった。竜海はどう?」


「厳しいよ〜。さすが全国常連校って感じ。でも、金5やっててよかったよ。あれがあったから、やれてる感、ある。」


「そっか。今年は敵だね。」


「敵って言わないでよ! 寂しいじゃん。」



 ……陽くんと大翔くんが、前で歩きながら浅井さんと笑って話している。金5、と聞こえたから、美島中の金5の一人、かな。



「……すみません。今、向かっているのは?」


「……はい、職員室です。顧問の、野尻先生のところに。」


「……………ふ…ん…………。」



 陽くんが総務の先輩に質問し、話を聞いて、あごに手を当てている。何か考えているみたい。



 …………


 そうこうしていると、職員室という札がある部屋に着いた。


 総務の先輩がノックをしようとする。



「すみません、ちょっと待ってください。」



 陽くんが声をかけ、総務の先輩が陽くんを見る。


 陽くんは一呼吸入れたあと、私たち全員を向いた。



「みなさん、お願いがあります。これからにしてください。

…………大翔、……頼む。」


「………………陽?」



 少し驚いている大翔くんに向かって…………陽くんが再び小さく、「頼む」と言う。



「…………わかった。任せろ。」



 陽くんはニコリと笑うと、総務の方に「どうぞお願いします」と声をかけた。


 総務の先輩が扉をノックして開ける。



「失礼します。野尻先生、池上です。あの………………。矢作北高校の皆様が見えられました。」

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