隣の彼は転生指揮者 〜愛知県立矢作北高校吹奏楽部のキセキ〜

水菜

001 プロローグ

 …………何か、音が聞こえる……。



 僕は、どうしたんだ?

 いつの間に、空を見て、寝ているんだ?



 ……誰か、寝ている僕に叫んでいる。


 ブロンドの女性と……子供?




 …………ああ、さっきの……車に轢かれそうになった……。




 そうか、庇ったんだっけ。




 子供…………ああ、助かったんだ。良かった………。



 それで、僕が寝ているの、か。



 …………身体が、動かない。


 というか、手足の感覚が、無い。



 これじゃあ、もう指揮棒は、持てないな…………はは…………。


 それどころか、痛みも何も、感じないな……。




 女性が、大粒の涙を流しながら、僕に何かを叫んでいる。


 これは、もうダメなのかもな……。寒い……。






 ……水都みと、僕は、役に立てたのかな…………。



 指揮者、なったよ。それなりに、ヨーロッパでもがんばった、よ。




 でも、一番に……水都の力に、なりたかった、な…………。




 今の力が、あの時にあったら…………水都の夢を…………叶えられたの……か…………な………………






———————————-……






 ……目を開くと、天井がすぐ目の前に、ある。


 いや、天井……じゃない。二段ベッドの、上の段の底?


 誰かが運んでくれたの、か?



 ここは……知っているような……うん? 身体が、動く。



 なんだかよくわからない。

 とにかくベッドから降りて…………って……



「ええ!?」



 身体が小さい!?


 このパジャマも…………小学生用、か?



 周りを見渡すと………知っているような、知らないような…………いや、ここは子どもの頃住んでいた、団地!?



よう? おはよう。どうしたの? 変な声出して。」


「母さん!!?」



 日本にいるはずの母さんが、なぜここに? あれ、白髪も……というか、若い!?



「どうしたのよ? 寝坊はしてないわよ? しっかりしなさいよ。ほら、ご飯できてるわよ。」



 ……意味がわからない。



「寝坊って………何の?」


「…………あんた、頭大丈夫? 小学校に決まってるじゃない。今日はまだ金曜よ。……寝ぼけてるの?」



 …………小………学校?



 僕は洗面所に走り込み、鏡を見た。


 ……鏡に、背伸びしてようやく顔が見える。


 これは…………小学生の……自分!?



「母さん、僕、何年生…………だっけ?」



 ……母さんが、いよいよ疑いの目でポカンとしている。



「……はいはい、顔洗って。ちゃんと着替えといで。4年3組、石上いしがみようくん。」



 ……4年生……。 4年生?

 僕は、過去に戻ったの、か…………?



 さっきまでのは、夢?

 …………じゃない。記憶も、今までのことも、はっきり覚えている。



 ……ベッドの部屋に戻り、出されている洋服に着替える。 

 ……確か、こんな服。あった。昔着ていた、母さんチョイスの、服だ。



 じゃあ、これは小学生の時の、僕と弟の部屋、か…………と思ったら………




 僕の枕元に、何か光る物がある。




「…………?」




 近づくと…………それは、本。

 黄色く光っている、本。

 

 しかも、何だ!? 浮いてる!?



(え? え……? な、なな何だ? こんな、こんなファンタジーな物!?)



 本を、手に取る。

 ……特に痛みや、嫌な感じは無い。


 冷たくも、熱くもない。


 表紙に、何か書いてある。



「『歪波ゆがみの…………命書めいしょ』?」



 表紙に、『歪波ゆがみ命書めいしょ』と、大きく日本語で書かれている。



 ……分厚い表紙をめくると、冒頭に説明書きのようなものが、インクではなく燃えた跡のような文字で、このように書かれている。



 『運命に逆らい 人の寿命に直接作用して生じた歪波は 自身に返る』



(…………運命に逆らう? 寿命に作用すると、返る……?)



「陽! 着替えた? いい加減、ご飯食べなさい!」


「あ…………うん、ごめん、今、行く。」



 ……僕は怪しい本を布団の下に隠し、食卓に向かった。




   *  *  *




 小学校から帰宅後。



 僕は布団の下から、あの本をもう一度取り出した。

 ……相変わらず、浮いて、黄色く光っている。



 小学校は、昔のままだった。というか、昔そのものだった。

 名前も忘れたかつてのクラスメートが、全員いた。先生も。

 算数、国語……こんなのやったかな、やったな、と思い出しながら、授業を受けた。


 帰る最中も、給食当番の白い袋をポンポンしながら、あの言葉を考えた。



 『運命に逆らい 人の寿命に直接作用して生じた歪波は 自身に返る』…………。



(運命に、逆らえる…………?)



 試しに、母さんに聞いてみる。



「…………母さん、リウマチの痛みは大丈夫?」



 洗濯物を畳む母さんの手が止まり、また僕に疑いの目が向く。



「……リウマチ? テレビの見過ぎじゃない? お母さん、どこも痛くないわよ? ああ、肩なら痛いから、揉んでくれる?」


 …………うん、いいよ、と言い、母さんの近くに行き、肩を揉みながら考える。



(やっぱり、母さんはまだリウマチになってない。これから起こることなんだ。

 …………『運命に逆らえる』、なら、これから起こることも、人の運命も、変えられる………。


 ………!!)


「……ちょっと!?」



 走って僕は自分の部屋に戻り、机で新しいノートを「バッ!」と開く。



(今日は2018年4月24日。水都の……確かあの日は…………新聞記事を思い出せ………。)



 ノートに、

『2020年4月12日14時31分、東岡崎駅前交差点で轢き逃げ事故、水都、右大腿骨損傷』

 と書く。



「…………よし。」



 …………もう一度、黄色く光る本を開き、一文を読み、フウッと息を吐く。



 『運命に逆らい 人の寿命に直接作用して生じた歪波は 自身に返る』



「…………やってやる。やってやるさ。寿命がなんだ。せっかくもらった、チャンスなんだ…………。」


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