隣の彼は転生指揮者 〜愛知県立矢作北高校吹奏楽部のキセキ〜

水菜

001 入学初日 朝 隣の彼、現る

「おはよう! 水都みと! やったね! 同じクラス!」


「おはよう、未来みく。嬉しい。ここでもよろしくね。席も、前と後ろだね!」



 翔西しょうさい中吹奏楽部で一緒だった、未来が話しかけてくる。

 愛知県立矢作北やはぎきた高校は、岡崎市内では上から二番目のランクの進学校ということもあり、中学の頃とは違って、見るからに賢そうな男子女子がたくさんいる。

 教室には入学式前ということで、玄関前に貼られたクラス表を見た生徒たちが一人、また一人と緊張した面持ちで入ってくる。

 そんな中、気心の知れた同中の友達がいたのは、本当に嬉しい。


 私の前の机に荷物を乗せ、未来が席にドカッと座って振り向いた。



「ねぇ、水都。見た? あれ。」


 私の机の上にあるカバンを抱えながら、顔を乗せ、小声で話してくる。


「うん。石上いしがみ君でしょ?」


「そう! 同姓同名の別人じゃないでしょ!? 超ラッキーじゃん! しかも同じクラス! マジで信じらんない!」



 ————石上ようくん。フランスで行われる、若手指揮者の登竜門であるシャルズール国際指揮者コンクールで最年少優勝して、去年の秋にすごいニュースになった。

 インタビューとかよくテレビに映っていたし、YouTubeにも出てた。


 てっきり東京とかに住んでいると思ってたけど、まさかこんな田舎にいたなんて!


「音楽番組のインタビューで、今後は〜って聞かれた時、地元の高校を受験したいって言ってて、インタビューの人、え?って感じだったよ。でもまさか、公立の、しかも岡崎の高校だなんて、ホント今日来て知ってビックリ!! でもなんで、矢北なのかな。普通科しか無いし……。ひょっとして、吹奏楽だったり? ハハ!」


「えー? まさか、ね。オケと吹奏楽って、指揮違うって言うし、音楽じゃない大学、受けたいとか?」


「かもね。インタビューのやりとりとか、めっちゃスゴかったし! 同じ中学生とか、思えなかったもんね。でも……本場で音楽やっていた人って……なんかスゴいよね。ああいう人と、音楽一緒にやってみたいよね。」


「うん……やってみたい。」


「あたしら、東海で『ダメ金』って、めっちゃ悔しかったじゃん。高校で、行ってみたいよね。全国……。」



 去年、わたしたち翔西中は良いメンバーがたくさんいて、はじめて東海大会に出場。

 でも、全国大会には手が届かなかった。特に未来は部長だったから、行けなかったことを事あるたびに責めている。

 私が小学校の時に普門館の全国大会を観に行ったことを興奮気味に話してから、同じ夢を持ち続けてくれている。


「うん。私も行きたい。一緒にがんばろ!」




 ……教室の後ろの入口に、また新しく人影が立つ。

 それを見た教室の面々が一瞬、静かになる。


 入って来た彼は少しキョロキョロとした後、黒板にある出席番号を見るとこちらに向かってきた。そしてわたしの右隣の席の番号を確認し、柔らかい笑顔を私たちに向けた。



「石上です。よろしく!」

 


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