002 入学初日 朝 入学式前の出会い
「おはよう!
「おはよう、
愛知県立
教室には入学式前ということで、玄関前に貼られたクラス表を見た生徒たちが一人、また一人と緊張した面持ちで入ってくる。
そんな中、気心の知れた同中の友達がいたのは、本当に嬉しい。
私の前の机に荷物を乗せ、未来が席にドカッと座って振り向いた。
「ねぇ、水都。見た? あれ。」
私の机の上にあるカバンを抱えながら、顔を乗せ、小声で話してくる。
「うん。
「そう! 同姓同名の別人じゃないでしょ!? 超ラッキーじゃん! しかも同じクラス! マジで信じらんない!」
————石上
インタビューとかよくテレビに映っていたし、YouTubeにも出てた。
てっきり東京とかに住んでいると思ってたけど、まさかこんな田舎にいたなんて!
「音楽番組のインタビューで、今後は〜って聞かれた時、地元の高校を受験したいって言ってて、インタビューの人、え?って感じだったよ。
まさか公立の、しかも岡崎の高校だなんて、ホント今日来て知ってビックリ!!
でもなんで、矢北なのかな。普通科しか無いし……。
ひょっとして、吹奏楽だったり? ハハ!」
「えー? まさか、ね。
オケと吹奏楽って、指揮違うって言うし、音楽じゃない大学、受けたいとか?」
「かもね。インタビューのやりとりとか、めっちゃスゴかったし! 同じ中学生とか、思えなかったもんね。
でも……本場で音楽やっていた人って……なんかスゴいよね。
ああいう人と、音楽一緒にやってみたいよね。」
「うん……やってみたい。」
「あたしら、東海で『ダメ金』って、めっちゃ悔しかったじゃん。
高校で、行ってみたいよね。全国……。」
去年、わたしたち翔西中は良いメンバーがたくさんいて、はじめて東海大会に出場。
でも、全国大会には手が届かなかった。
特に未来は部長だったから、行けなかったことを事あるたびに責めている。
私が小学校の時に普門館の全国大会を観に行ったことを興奮気味に話してから、同じ夢を持ち続けてくれている。
「うん。私も行きたい。一緒にがんばろ!」
…………
教室の後ろの入口に、また新しく人影が立つ。
それを見た教室の面々が一瞬、静かになる。
入って来た男子は少しキョロキョロとした後、黒板にある出席番号を見ると、こちらに向かってきた。
そしてわたしの右隣の席の番号を確認し……柔らかい笑顔を私たちに向けた。
「…………石上です。よろしく!」
……私たちは目線を合わせる彼の顔を見て、ポカンとしてしまう。
「…………石上……くん? あの、指揮者の、石上くん?」
「はは、下手の横好きだけどね。石上です。」
背は180cmくらい?テレビで見るより大きく見える。テレビでインタビューに答えている姿より、ずっと柔らかい印象だ。
未来も私も、急なことで緊張したのか固まってしまった。
するとクラスの後ろの方から、彼の姿を見つけたマッシュの男子と、ロングボブの女子が近づいてきた。
「陽!」
「陽く〜〜ん。また一緒だね〜〜。」
「
石上くんは私の横の机の上に荷物を置くと、二人に近づいて両手をグーの形にして二人に向けた。話しかけてきた二人もグーを出し、三角形で嬉しそうにグータッチをする。
「はは、やったな! 大翔も美音も一緒だ!」
「ああ。ただ、部活以外でも『出来杉』のお前と一緒だと、落ち込んじゃうよ。」
そんなことを言いながらも、マッシュの男子はとても嬉しそうだ。
「比べるからダメなんだよ〜。大翔くんも、私みたいに開き直ってテスト白紙で出したらいいよ〜。」
「美音、おまえ矢北によく受かったな……。」
三人がカラカラ笑い合う。どうも三人は同じ中学のようだ。
「陽くんは、入部はいつにするの〜?」
「今日の解散後、すぐかな。終わったら、外で部活の勧誘してるんだよな?」
「いや、歓迎演奏は下の会議室でやるみたいだね。」
……その様子をしばらく見ていた未来が、『歓迎演奏』という言葉を聞いて動きが止まった。マッシュの男子とロングボブの女子に目を行ったり来たりさせると、わたしのカバンに両手をついて立ち上がった。
「あーーーっ! 金5! 美島中の金5でしょ! あんたたち! ほら、水都! うちが東海で負けた、
わたしも気づき、口が開く。
でも、まったく無名だった美島中の金5に
たしか美島中は、夏の大会では県大会にも上がらず、西三河北の地区大会で銀か銅だったはず。
「ごめん、声上げちゃって! あたし、
……えーと、ごめん。大翔……くんに、美音……ちゃん? あなたたちも、
二人は少し驚いて止まっていたけれど、お互いに目を合わせてから、大翔くんが落ち着いた笑顔で未来に話した。
「もちろん、そのつもりだよ。よろしく、狩野さん。」
未来は頬がぷっくりと膨らむくらい口角を上げて、飛び上がった。
「うわあ! めっっっっちゃ嬉しい! こんなに上手い
……あと、この子は同中でフルートやってた、水都。あ、
「そうなんだ〜! わたしも、翔西中の金5も、フルート四重奏も、覚えてるよ〜。とっても上手だった〜。未来ちゃん、水都ちゃん、よろしくね〜。」
美音ちゃんが私たちに、嬉しそうにグータッチをしてきた。美島では、グータッチが流行っているのかな? 私もグーを出しつつ、返答する。
「美音ちゃん、よろしくね。私も、覚えてるよ。美島中の金5の曲、リベルタンゴの美音ちゃんのハイトーン、凄すぎたの覚えてる。一緒に吹部できるの、嬉しい。みんなも、私のことも、名前でいいよ。」
三人の女子たちを中心に、いつから楽器やってるの? など、とりとめのない話をする。
その様子を優しい目で見ながら、大翔くんは陽くんの後ろの席に座った。
石上くん、の後ろだから、「い」から始まる苗字かな?
美音ちゃんも、私の左隣の席に座った。
私の前が未来、左が美音ちゃん、右が陽くん、その後ろが大翔くん。そんな感じだ。
……固まってて、なんか嬉しい。
メガネをハンカチで拭いている大翔くんに、未来が自分の席から話しかけた。
「ねぇ、大翔くん。変なこと聞いていいかな。とにかく、二月の
でも夏のコンクールでは……こんな言い方してごめん、美島中って県大会に出てなかったでしょ。何かあったの? 不調だったとか。」
私も覚えてる。夏の地区大会で美島中の演奏は聴いたけど、特に印象を覚えていない。マークしていた
あんな、リベルタンゴを上手に吹けるような金管がいたら、その場の空気を変えていたはずだ。
「何かあった……ねえ。」
大翔くんが未来から、わざとらしく視線を変えて、陽くんを見る。陽くんは困ったように、大翔くんを見ながら少しはにかんだ。
「?」
と未来と私が思ったその時。
「あーーー! いたーーーーー!」
陽くんのすぐ横、廊下側の窓から、大きな声で陽くんを指差すセミロングの女子生徒。
「ちょっ、・・・
反対側の手を引っ張る人がもう一人……?
「ねぇ、私、吹奏楽部の部長やってる、
お願い! 石上君、吹奏楽部に入って! 今年こそは、県大会に行きたいの! 今日の歓迎演奏、聴きに来て!」
「有純!! 入学式前だって! ちょっと挨拶って言ってたじゃない! ダメだって!!」
背の高いブレーキ役らしき女子の先輩が、ごめんなさいねと言いながら、桐谷?先輩を引き摺っていく。
後ろの首根っこを引っ張られながら、「お願いね〜」と両手をこちらに振りつつ、二人は視界から消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます