015 4月下旬 消える存在と特別な存在


大翔ヒロト、ナイッシュー!」

「次、もう一本取るぞ!」


 目の前でウチのクラスの男子がバスケの試合をしている。

 矢作北高校では、4月にクラス対抗の球技大会が行われていて、通称『クラスマッチ』という。新年度でなるべく早くクラス内の親睦を図る目的があるらしく、バレー、バスケ、野球のどれかに必ず参加することになっている。

 私たちは1−1のバスケBチームで、2年生、しかも宇佐美先輩のチームと当たってしまって、早々に負けちゃった。宇佐美先輩、バスケも上手いなんて聞いてないよぅ……。「ごめんね、優勝狙ってるんだ」って、めちゃくちゃカッコよかったな……。ファンもたくさんいるみたいだったし。


 私たちが負けた同じコートで、そのまま1−1の男子バスケBチームが始まったので、そのまま壁を背にして座って応援をしている。未来も横にいて、負けた腹いせか、強めの声を飛ばしている。あ、大翔くんが外した。



「こらぁ、大翔ぉー! 頑張れー!」


「(はっ……はっ……あれは、応援、なのか?)」


 大翔くんが未来をチラッと見て、自陣に走って行く。



「でも大翔くん、上手いよね? よく周りを見てるっていうか……。パス出すのも、動きを読んでるよね。」


「そうねー。あいつ、マッシュでメガネのくせに、運動神経までいいよね。」


「別に髪型とか関係無いと思うけど……ふふ。」



 また目の前で大翔くんのキラーパスが通り、シュートが決まって点が入る。未来が「ナイスー!」と叫ぶ。2年生相手にリードを広げていく。すごい。勝てるかも?


 男子対男子は、クラスマッチとはいえさすがに女子より迫力がすごい。隣のコートでは3年生と3年生の男子が試合をしていて、これに全てを賭けているんじゃないかというくらい気合が入っている。シュートが入るたびに、「ッシャー! オラァーー!」とか言ってるし。なんか怖い。受験勉強疲れ?

 体育館の真ん中にネットが吊り下げられていて、ちょうどそのネットあたりにいるので、両方の試合がよく見える。



 ……体育館の向こうの入口から、陽くんと美音ちゃんが入って来た。壁沿いに、こっちに歩いてくる。



「水都ちゃ〜ん、やっほ〜。そっちはどう〜?」


「うん、男子のBは、リードしてるよ。」


「へぇ〜、やるじゃん。あ、大翔くんはBなんだね。すごいじゃ〜ん。」


「すごいよ。大翔くん、すごいパス上手。前向いてるのに、横にもパスできるんだよ。」


「さすが、視野が広い大翔だね。大翔ーーー! ラスト5分、頑張れー!」


 陽くんも大翔くんに檄を飛ばす。大翔くんも、小さくグーに親指を立てて返事をしている。



「……陽くん、そっちはどうだった?」


「あ、うん。なんとか勝ててるよ。1回戦は1年生だったし、クジ運かな?」


「そんなことないよ〜。陽くん、アタックも、サーブも上手だったじゃ〜ん。」


 陽くんと美音ちゃんが、私を挟むように座ってくる。



「ん、しょっと。……そうなのかな。バレーは好きなんだよね。バスケは苦手だけど。」


「そう、なの?」


「うん。真ん中にネットがあるスポーツは好き。敵味方同じコートに入り乱れるのは、苦手。」


「え〜、どうして?」


「視野が狭いんだよね。入り乱れてると、誰がどこにいるのか、わかんなくなっちゃう。サッカーも。超ヘタクソだよ。ニブいし。やっぱスポーツは、『味方はこっち! 相手は向こう!』って感じじゃなきゃ。バドミントンとか。」


「はぁ〜? 何理論よ、それ?」


 未来が突っ込んで、みんなそれに同意して笑う。「なんだよー、みんなして」と陽くんが苦い顔をする。



 陽くんの周りには、自然と人が集まり、笑いが起こる。本当にすごい人なのに、あまりそんな感じを見せないし…………。


 ……バドミントン、か。陽くん、バドミントン好きなんだ。お父さんと、私もよくやったな。…………陽くんと、バドミントンか……。楽しそうだな…………。



 そんなことをポーっと考えていたら、コートから強烈な流れ弾が飛んできた。


「きゃっ」

「おっとー。」


 バン、と陽くんが私の顔の前に手を伸ばし、ボールを防いでくれる。「気をつけろよー」と言いながら、陽くんがボールを返そうとしたその瞬間!


 反対のコートからも、ちょうど真ん中のネットの隙間を狙うように3年生の豪速球が飛んできた!!


「危ない!!」


 ドン!



 ……目を開けると、手を塞いでいた陽くんが、私をかばってボールを体で受けていた。


 

「すみません! 大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。はい、ボールです。」


 陽くんが、ぶつかったボールを手にし、3年生に返す。



「……あっ…………。」


 ありがとう、と言おうとしたその時。


「怪我はない?」


「う、うん…………。」


「よし。」


 そう言いながら、陽くんが私の頭にポンと手を乗せる。



 ………………………………………。


 っっ!!!!!



「……あ……あ…………。」


「うん?」


 陽くんが私をチラッと見て、またクラスの試合に視線を戻そうとすると、私をフッと、した。


「あっ。」



 陽くんが私を見て、何かに気付いたような顔をする。



「……あ、…………そろそろ、次の対戦相手が終わるかな? ちょっと見てくるね。」



 陽くんは立ち上がり、元の入口に向かって早歩きで歩いていく。


 その様子をボーッと見ていると……



 大きく振っている右肘に、長い……

 が…………見えた。




   *  *  *




 その日の夜。


 「フ〜〜〜…………。…………しまったなぁ…………。 バレたか?」 



 陽が自室のデスクで、チェアに浅く座って背もたれを大きく倒しながら、ため息を吐いている。


 しばらく目を閉じながら、眉間に皺を時々寄せたりして、考え事をしている。



 クラスマッチの勝敗なんて、どうでもよくなってしまった。

 その後の部活も、あまり身が入らなかった。いつものメンバーにも、水都にも、ぎこちない態度を取ってしまったかもしれない。


 頭の上で腕を組んだまま、フーーーッと息を吐き、椅子をもとに戻す。




 そして、デスクの右下の引き出しに入っている、ボロボロのノートと、『光って浮いている本』を取り出す。



 『光って浮いている本』には、変わらず、表紙に『歪波ゆがみ命書めいしょ』とある。


 

 分厚い表紙をめくり、何百回見てきたかわからない、以下の文言に目をやる。



 『運命に逆らい 人の寿命に直接作用して生じた歪波は 自身に返る』


 『2020年4月12日 交通事故による後遺症 未発生 河合水都 +623日』

 『石上陽 -623日』




 陽は開いたまましばらく目を止め、そのままボロボロのノートを開く。



 ノートの「2020年」のページを開き、しばらく見つめていた後…………



 …………「2024年」のページを開く。




・2024年4月8日 矢作北高校入学式


 この横にはチェックが入っている。



 そして、チェックが入っていない項目が続く。



・2024年4月29日 プレコン@竜海高校 6位

・2024年7月 吹奏楽コンクール 西三河北地区大会 金賞・代表

・2024年8月 吹奏楽コンクール 愛知県大会 銅賞

・2024年9月 吹奏楽祭

・2024年10月 文化祭で演奏

・2024年12月 水都、後遺症が原因でつまずいて転倒、骨折


・2024年12月?日(確か下旬) 水都の家でガス漏れ爆発、火事。水都、逃げ遅れて肺を損傷



・2025年2月21日 水都 入院中に死亡





 陽はもう一度、『歪波の命書』の文言に目を向ける。


 『運命に逆らい 人の寿命に直接作用して生じた歪波は 自身に返る』


 『石上陽 -623日』




 一分…………二分…………。





「………………消える存在が、特別な存在に、なっては、いけない…………。」




 陽は二冊の本を閉じ、引き出しに入れた。




 

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