005 入学初日 夕方 隣!?の彼、現る

 部屋のドアが、コンコンとノックされる。


「水都、ただいま。入っていい?」


「いいよ。おかえり。」



 机で明日の準備をしていると、お姉ちゃんの水葉みずはが私の部屋に入ってくる。部活を終えて帰宅後、着替えた後のようだ。

 勉強机の後ろを通り過ぎ、私のベッドにフウっ、と腰掛け、メガペンくん(メガネをつけたペンギンのぬいぐるみ)を抱っこした。



「入学式おつかれさま。 ね、私たちの演奏、どうだった?」


 一つ上の、二年生のお姉ちゃんもさっきまでの演奏の中にいた。部長の横でセカンドクラリネットを吹いていた。


「とても楽しかったよ。すごい音量だった。これが『ハデ北サウンド』かって、思った。宝島も、アフリカン・シンフォニーも、大好きな曲だし。聴いている他の一年生も、みんな楽しそうだったよ。」


 お姉ちゃんが「へへ〜」と、ニカっと笑う。


「……ただ、私、あの中でやっていけるかな。フルート、あんなに大きく音出せないよ。私。……木管のユニゾンでも、ぶつかり合うようにフルート鳴らしてた。男子の先輩。」



 う〜ん、とお姉ちゃんは少し考えた仕草をした。


「大丈夫でしょ。水都のほうが上手よ? より。水都はもっと自信持ちなって! 翔西で、東海まで行ったんでしょ? 水都は即戦力だよ。断言する。音の大きさくらい、あの中でやってれば自然と大きくなるし。期待してるよ。」


「そうかなあ……。そう言ってくれるのは、嬉しいけど……。」



 なんとなく、今の自分を見られていないような気がして、面映おもはゆい。



「それで、どうなの? シャルズール君は。」


「もう。ダメだよ。石上くんだよ。」


「ごめんごめん。石上くん、どうだった?」


「うん。吹部入ってくれるって。全国大会目指したい、って部長さんに言ってた。」


「私たちも有純から夕方聞いたよ。え〜〜〜〜!って思った(笑)。アンドーが明日、二年生を集めてミーティングを開くって。あ、アンドーは、あの指揮者の先生ね。歓迎演奏の後、少し石上くんと話してたみたい。なんか、ミーティングのことを私たちに言ってきた時、嬉しそうだったよ。」


「へ〜、そうなんだ。なんか、さっそく起こりそうだね。」



「ん、まーね。……でもさ、今までのBじゃなく……A編成でしょ。一昨年は矢北もBで県大会行ったらしいけど、全国目指すなら……Aでしょ? Aなら、市内にも竜海りゅうかい高、県内には名京めいきょう大名電や、安城ヶ丘あんじょうがおか女子って全国常連がいるんだよ。県大突破するだけでも大変なのに……静岡にも三重にも全国王者がいるし。今から東海突破なんて……ねぇ。」



 お姉ちゃんが苦笑する。考え無しに笑う、というより、何かを見定めているような目で。



「でも、言ってたよ。石上くん。全国行けるって。確信した、そのための全ての準備をしてきた……って。」


「うん。どういう理屈かわからないけど、世界知っている人が、私たちの演奏聴いてくれて、そう言い切ってくれるのって……嬉しいよね。……水都、ずっと言ってたじゃん。全国大会に出たい、普門館ふもんかんで演奏したいって。……叶うかもよ?」


「……うん。あの演奏を聴きに行った時、ぜったいここに来たい、出たいって。もう普門館は無いけど……あの音楽聴いたら、人生変わっちゃうよ。」



 想いにふけっている私の顔を見て、お姉ちゃんがフッと笑う。



「どうなるだろうねー。ま、明日のミーティング、どんな話なのか、楽しみだよ。……でさ、石上くんと、同じクラスでもあるんでしょ? 結構話せたの?」


 お姉ちゃんが前のめりになり、メガペンくんの上にあごを乗せて聞いてくる。



「うん……しかも、席、隣なんだ。」


「えーーーー! 今日イチびっくりだし! へぇ〜〜〜! そうなんだ。で、どう? どんな子?」


「うん……すごく、話しやすいよ。優しいし。」


「ふーん。『俺様はコンクールで優勝してきたゾー!』とか、フランス語で話したりするの??」


「もう……! そんなことしないよ。むしろ、同じ吹部希望のみんなの話をよく聞いて、笑ってるよ。」



「…………フーン。

 ……『コレワ楽シミダ!』」

 メガペンくんの右手を上げながら話す。


「もう……茶化さないでよ!」



 笑いながら、しばらくお姉ちゃんと今日のことを話した。



  *  *  *



「ただいま〜。」


「おかえりなさい。」



 一階のほうで、父さんが帰ってきた声がする。もうそんな時間か。そろそろご飯、母さんの手伝いをしよう、と階段を降りる。



「おう、水都。ただいま。あれ、お向かいさん、人、入ったな。電気点いてるぞ。」


「あらそうなの? 新築の。平屋よね?」


 母さんが答える。


「まぁ新興住宅地だし、次々と建つよなぁ。便も良いし。水葉も水都も高校近いし、ここに来て良かったよな。」

 父さんがハハハと笑いながら、荷物を置いて、リビングへ向かう。




 母さんが父さんのジャケットを受け取り、父さんがネクタイを外そうとしたその時……玄関のチャイムが鳴った。



「あら、こんな時間に? Amezonとか、注文したかしら?」


 母親がインターホンに向い、画面を確認すると、二人の人影が映っていた。



「はい。」


「夕方のお忙しい時間に申し訳ございません。私、石上と申します。向かいの家に引っ越して参りましたので、ご挨拶ができればと思い、参りました。」


「あらご丁寧に、少々お待ちください。」




 ……引越しのご挨拶ということもあり、母さんだけでなく、父さんも玄関に向かう。

 ……石上?




 父さんが玄関を開けると、そこには・・・


 カッターシャツ姿の陽くんと、その後ろにスーツの高齢の男性が立っていた。



「夜分に申し訳ございません。石上と申します。向かいの家に引っ越して参りました。引越しではお騒がせしてしまい、ご迷惑をおかけいたしました。こちら、心ばかりの品ではございますが、よろしければお受け取り下さい。 どうぞよろしくお願いいたします。」



 陽くんと男性が、一緒に礼をする。



「ああ、そうですか。ご丁寧に、ありがとうございます。河合です。今後ともよろしくお願いします。何か困り事がありましたら、お気軽にお声掛けください。」



 父さんが返事をしたその時、陽くんと私の目があった。

 陽くんは驚いたのか一瞬止まったが、表情には出さずに、わずかに微笑みながらもう一度会釈した。



 後ろの階段からお姉ちゃんも降りてきた。玄関から姿を見られないギリギリのところで、この状況に気付き……固まっている。



 父さんと母さんはそれから二、三の会話をし、丁寧な挨拶の後、陽くんたちは帰って行った。


 父さんは玄関の扉をゆっくり閉め、靴をスリッパに替え、リビングに入り、全員がリビングに入ったら……



 リビングの扉を閉めた。




「ちょちょちょちょちょちょちょちょっとぉ! どうなってるのー!?」


「おおおおおおおおおおれに聞くなよー!?」


「いいいいいいいいいいい石上陽じゃない! 有名人の!」


「やややややややややややや矢北に来たって、言ってたよな!?」


「「 みみみみみみみみみみみみ水都ぉ!? 」」



 あわてふためく河合家のリビングで、今日イチのユニゾンが響いた。

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