《幕間 03》 未来だった過去 さくらのうた
2024年12月16日(月)
いつも通り、僕は鍵を持って一番に部室に来た。
廊下は寒いけど、部室の中は少しあったかいな。晴れてるから日差しが入り込んでる。
楽器のある部室の特有の匂い。
ふぅっ。やるか。
トランペットケースの棚に足早に向い、楽器を取る。
ホームルームが終わってからすぐ来た。早く練習がしたい。
バルブのチェックをして息を入れ、楽器が温まったからいざ吹こうとした時。
入ってきた扉がガラガラと開いた。
「私、一番? やった。」
水都が部室にやってきた。
松葉杖をついている。
元々足が悪いのに、先日、転倒して強く打ったために骨折してしまった。しばらく松葉杖を使った生活だそうだ。
急いで来たのか、見るからに息が上がっている。
水都は「えへへ」と笑っている。
いくら最近告白を受け入れてくれたとはいえ、顔を合わせると緊張してしまう。
「無理して階段降りて来なかった?」
「え? ……うーん、大丈夫だよ?」
「こら。無理するなよ。三階からだし……。未来を頼ってよ。」
「えー、だって。早く一緒に練習したいし。」
……ドキっとする。
「今日は特にね、ちょっと相談があって。」
「相談?」
「今、アンコンも練習してるけど、2月のソロコン、出てみたくって。」
「え!? おー、いいじゃん。燃えてるね。何かやりたい曲とかあるの?」
「うん、そうなんだ。えっと……これにしようかなって。」
水都がスマホから動画を見せてくれる。
「『さくらのうた』? ……あの、課題曲の?」
「うん。福田洋介先生の。フルートのソロの編曲、あるんだ。」
「………………。これ、すごいね。合奏の雰囲気がよく再現されているね。」
「うん。すごく速いパッセージとかは無いんだけど、一音一音を歌い分ける難しさはある、ね。でも……この曲すごく好きだし。やってみたいな……って。」
「良いじゃん。水都に合ってると思う。すごくイメージできるよ。きっと良い演奏になる。応援するよ。」
「ホント? ありがとう。ソロコンで頑張ってレベルアップして、みんなの役に立ちたい……っていうのもあって。
「そっか……。」
……本当に、頑張っている。熱心すぎる感もあるけど。
「で、相談なんだけど……。」
「うん?」
「陽くん、伴奏……お願いできないかな。」
「え、僕? 僕でいいの?」
「うん、陽くんにお願いしたくて。」
「そんな、もっと上手い人、吹部にもいるじゃん。僕なんて合唱祭の伴奏者も落選しちゃってるし。」
「ううん。陽くんがいいの。……どうかな。」
……。純粋に、こんなこと言われて嬉しくないわけがない。
「よし、チャレンジしてみようかな。楽譜、手に入ったら合わせてみよう。どうしようか。」
「実は……もうネット印刷で買って…………あ〜るんだ。」
そう言うと、カバンからクリアファイルをサッと出す。
「早いな!」
二人でクスクスと笑う。
「……貸してもらっていい? そこのエレピでちょっと合わせてみよう?」
「うん!」
…………
初見で僕は何回も止まってしまったけど、水都の演奏はもうコンテストに出られるのではないかと思うくらい、とても繊細で大胆で、綺麗な音だった。
冬の日差しの逆光の中、一通り吹き終わって水都は嬉しそうにニコッと笑う。
この瞬間が、ずっと続けばいいのに。そう思ってしまう。
「…………もっと、広いところでやってみたいね。今度の土曜、部活が午後からだから、午前に音楽室のある公民館を借りてみようか?」
「うん! 賛成!」
僕はスマホで、近くの『地域交流センター』の音楽室の利用状況を調べる。
「うん……。『やはぎかん』、空いてるね。午前も夜もOK。夜のほうが、親御さんか河合先輩、来れたりする?」
「うん? お姉ちゃんなら午前でも良いと思うよ。私と陽くんだけじゃなくて?」
「うーん。そういうのは大切にしたくて。水都にもご家族にも、誠実に接したい。」
「…………。陽くんのそういうところ、好きだよ。」
「ん?」
「ううん。じゃ、今度の土曜、何時?」
「とりあえず、9時にしようか?」
「うん。約束だよ! 楽しみ!」
「よーし。頑張ってピアノ練習して行くよ。仮にもし全国なんて行けたら、それこそ『桜』の季節になるね。」
「ふふふ。」
…………………………
その日、いつまで待っても水都は来なかった。
『さくらのうた』の伴奏を一人、練習しながら。
何度もスマホを鳴らすが、連絡はつかない。
水都が火災で病院に運ばれたと知ったのは、その翌日だった。
—————————
参考動画
『さくらのうた』フルート編曲
https://m.youtube.com/watch?v=kR54PLsEqag
隣の彼は転生指揮者 〜愛知県立矢作北高校吹奏楽部のキセキ〜 水菜 @Ariel365
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