020 4月29日プレコン(5) ロールモデル #ホルスト「吹奏楽のための組曲」
矢北近くのサイゼ。
月曜祝日の17時ということもあり、他のお客さんもいらっしゃるので、私たちは店舗の奥のほうの座席に、なるべくぎゅうぎゅうになって座っている。
「みんな、拍手とか大声とか無しだよ? 打ち上げといっても、貸し切りじゃないからね?」
宇佐美先輩がみんなに注意する。は〜い、と桐谷先輩が答えると、「有純が一番心配だよ……」と突っ込んで、笑いが起きる。ふふ。
プレコンで3位という目標を達成し、表情がみんな明るい。
当然だよね。昨年矢北はB編成で県大会にも出られなかったのに、去年A編成で県大会に出た学校を押し退けて、3位なんだもの。
現段階とはいえ、嬉しい。
私たちは女子テーブル。未来、美音ちゃん、愛菜ちゃんで座っている。
隣は男子テーブルで、陽くん、大翔くん、パーカッションの柳沢悠くんと、
祖父江くんは小柄でマッシュなので、対面に座っている大翔くんとはまるで兄弟に見える……。
料理が運ばれてくる中、未来がすぐ隣に位置している陽くんに小声で話す。
「陽、無事終わったからいいけどさ、あの小太りオヤジのこと、あのままでいいの?」
「ああ、うん。こちらから事を荒立てると、みんなに迷惑もかかるだろうしさ。」
「でも……」
「大丈夫だよ。何もしないわけじゃないから。それに、ああいう態度はそのうち音楽にも影響するさ。むしろ竜海の生徒たちのことが気になるよ。」
「まあ、確かにそうよね……。」
「おいおい、陽、こっそり次のこと話してんのか? 俺にも教えてくれよ!」
二人の会話が気になったのか、悠くんがカットインしてくる。
「……で、次の曲のことか?」
「ああ、そうだね。もちろんそのことも話そうと思ってたよ。」
「おぉっし! いいぜ、気合い入れるぜ。次、何やんだ?」
「ボク、次こそはマリンバやりたいんだけど、いいかい? エルザ、無かったしさ。」
「『マレットマニア』、気合い入ってんな!」
「マニアじゃないよ……。でも、マレットで音楽は決まるんだよ。そこ、大事なトコ。」
「わかる!」
「石上クン……わかってくれる!? キミ、イケるねえ!」
頬杖をついている陽くんが、ニカっと笑いながら斜め向かいの祖父江くんと片手でグータッチをする。
「で、次やろうと思ってる曲には、マリンバ無いんだ。」
「がくう!」
祖父江くんが喜んだ矢先にテーブルに崩れる。
「とはいえ、課題曲も始めようと思うから、それにはマリンバはあると思うよ。」
「なになに? 次の曲の発表?」
向かいのテーブルに座っているトランペットの富田先輩が、質問をしてきた。
「…………そうですね、この場をお借りして、今後のことをご相談してもいいかも、ですね。」
「はいは〜い! 注目! 石上くんが今後のことについて話してくれま〜す!」
「こら、
富田先輩に宇佐美先輩が突っ込む。
「……せっかくそれぞれのテーブルで盛り上がってるところで、話し始めてしまってすみません。明日の部活で話してもよかったのですが、みなさんいらっしゃるので、今後のことについて少し提案してもよろしいですか?」
は〜い、と桐谷先輩が答える。
会議は本来リーダー会で行われるけど、今回はこういう場だし、OKなんだろう。宇佐美先輩も柵木先輩も頷いている。
「……みなさん、改めてプレコンお疲れ様でした。そして、素晴らしい演奏をありがとうございました。難しい目標だったと思いますが、3位を無事に達成できたことに、感謝いたします。」
みんな、音がならないように拍手をしている。
「ここで、現況をちょっと考えてみたいと思います。結論から言うと、県大会に出るレベルはこのままいけば十分達成できると思いますが、僕たちはさらに、東海大会を勝ち上がるイメージを持つ必要があります。
……去年で言えば、東海から代表になった3校は、名京大名電、竜海、浜松光星です。それに対抗できるレベルまで上がる必要があります。」
……いきなり強豪校の話が出たものだから、ちょっと現実感が薄れたような雰囲気になる。
「……とはいえ、あまり心配しないでください。それに対抗するために、基礎を強力に伸ばすことができているので、このままいけば十分そのレベルへのトレンドに乗れています。エルザをやってきたのはそれが理由ですし、これからも毎日、合奏の最後にはエルザを演奏してミックストーンを強化していきます。
そこで、全国へのレベルに到達するために、検討した方が良い課題があります。
それは、『目標となる音を明確に持つ』ということです。」
みんな、?という顔をしているけど、真剣に話を聞いている。
「……今、みなさんは確実に上手くなっています。でも、どれくらい上手くなればいいか、というゴールについてはモヤっとしていると思います。個人としても、バンドとしても、『こういう演奏ができるようになる』という目標ができると、やる気も生まれますし、安心感も得られます。……そのような目標を持つことを、『ロールモデルを持つ』と言います。
全国常連だった長崎の活水高校の藤重先生はよく、『藤重劇場』と名付けて、最強レベルのバンドの演奏映像を生徒たちに見せます。それで、生徒一人一人がロールモデルを持てるように意識させています。
……逆に言えば、ロールモデルを持ち、現在の立ち位置とロールモデルまでの課題点を明確にしなければ、名電、竜海、光星には勝てません。なぜなら、彼らの練習時間は僕らよりも圧倒的に多いからです。夜の8時や9時まで平気に練習しています。
でも僕らは進学校です。あくまで学業が本業ですので、そちらを絶対に蔑ろにできませんし、させません。それは最初にみなさんにお約束した通りです。
繰り返しになりますが、僕たちにとって、ハデ北にとって、最高のロールモデルを持ち、無理矢理にでも近道を進む必要があります。例のアプリのアドバンテージだけでは足りません。練習できる曲数も時間も少ない僕たちにとっての、絶対条件です。」
「…………石上くん、どうすればいい、と考えているの?」
サックスの柵木先輩が質問する。
「はい。あるバンドの定期演奏会の本番前リハに混じって、合同練習をする許可をいただいています。そこはハデ北の目指す音にかなり近いところだと思います。そこで、自分の楽器と同じ演奏者の横に座ってマッチアップし、ロールモデルにしてほしいんです。
時間は30分いただいています。そのため、彼らが本番でも演奏する、ホルストの『吹奏楽のための第一組曲』を練習していく必要もあります。ただ……日付が5月18日(土)です。
みなさん、この日、一日空けられますか……? しかも、中間テストの翌々日なので、申し訳ないのですが…………。」
…………ざわざわ、とする。
「テスト明け?」 「塾があるかも……」 「テスト期間の部活休みはいつから?」 など、それぞれで声が聞こえる。
「…………陽クン。ちなみに、それはどこの高校の定演? 大学の?」
「いえ、桐谷先輩。
バンドは、シエラ・ウインドオーケストラで、指揮は
「「「「「「「ええええええええーーーーーーーーーーーっっっ!!!!??」」」」」」」
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