【4-6】幻覚に魅せられた少女の目を背けたくなる現実

「無幻の魔女?」


 聞こえた言葉をオウム返しすると、それを皮切りに周囲の人々が口を開きだした。


「お前は……ルーリア! みんなを騙した魔女のくせに、よくこの町に顔を出せたな」


「人殺しの花と同名の魔女が! 不気味なんだよ!」


「町から出ていけ詐欺師!」


 目の色を変えた人たちは、ルーリアに罵声を浴びせ始めた。それに対し、ルーリアはフードを深く被って顔を隠し、耳を塞いでその場にうずくまった。


「違っ、すみません。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」


 ルーリアはうずくまって震えながら、何度も謝罪の言葉を口にした。しかし、それでも罵声は止まず、挙句の果てには彼女に向って物を投げつけてきた。


「お前ら、ルーリアに何してんだよ!」


「良いんですレンマさん。やめてください、私が悪いんです」


 ルーリアは自分を責め、物を投げた奴に殴りかかろうとした俺の腕にしがみつき、必死に止めてきた。


「こんなことされて良いわけねえだろ。それにさっきから魔女って何のことだよ――」


「――魔女の仲間の癖にそんなことも知らねえのか? 教えてやるよ。そいつはなー、幻覚魔法で町の住人を騙して疑心暗鬼に陥らせたうえで、仲を壊す様を見て嘲笑う陰湿な魔女なんだよ。今だって仲間だと思っているのはお前だけで、その魔女の幻覚に騙されているだけじゃねえのか?」


 リーゼント男はルーリアに白い目を向け、彼女への軽蔑と俺への同情を合わせたような冷たい口調で説明してきた。


 その男の語りに続くように、再び周囲から罵声が飛んでくる。


「昔この町が魔王軍に攻め込まれた時、王国軍の到着が遅れて大きな被害を受けた。どうせその魔女が幻覚魔法で平和な町を演出したか、接近するまで魔王軍の存在を隠していたんだろう。そのせいで私の息子は……」


「町で起こった犯罪もその魔女のせいだ。幻覚で町民を錯乱させて殺人を起こし、窃盗も幻覚魔法で商品があるように錯覚させて、後で魔法を解除して別人に冤罪をかけた。その証拠に、捕まった犯人の多くは幻覚に取り憑かれたせいだと言っているんだぞ」


「私も被害にあったわ。それに私の祖父はルーリアの毒で死んだの。そんな人殺しの花と同じ不気味で不吉な名前なんて、気味が悪くて仕方がないわ」


「違います。私はそんなことしていません……。私の幻覚魔法は……」


 ルーリアは肩を震わせて小さい声で弁解していたが、彼女に次々と降り注がれる暴言の数々がそれをかき消した。



 ……なんだよ、それ…………。



 俺は込み上げてくる怒りで全身を震わせ、拳を強く握った。


 彼らの罵倒の内容は、どれも言いがかりレベルのもので、ルーリアのせいだとは到底思えない。

 それに、俺の知っている彼女は心優しい女の子で、他人の不幸を嘲笑うような悪趣味な奴じゃない。

 

 受け入れられない現実に直面した時、幻覚魔法という便利な言い訳があれば、それのせいにすることで精神を保てる。犯罪者にも、錯乱での減刑目的で利用されたのかもしれない。


「魔女が二度とこの町に近寄れないよう、お灸を据えてやらねえとなー」


 俺が黙ったことで納得したと判断したのか、調子に乗ったリーゼント男は、未だに立ち尽くしているモヒカン男のナイフを奪い、ヒーロー気取りで拳を鳴らしながらルーリアの方へ歩いて行った。


 そんな奴に対し、周りも『やっちまえ』などと声援を送っている。

 

「……やめろ」

 俺は男の前に立ち塞がって睨みつけ、その行く手を遮った。


「どけよ。俺は町のみんなのために、魔女を追い払おうとしているだけだぞ」


 リーゼント男は怒気を強めて言った後、俺たちを囲んでいる人たちを指差し、自分に大衆が望む正義があることを示した。


「魔女って、実際にこの子が何かしたのか? 幻覚魔法を使えるってだけだろ。俺はずっと一緒にいたが、ルーリアは心優しい普通の女の子だ。町の人たちを陥れて嘲笑うような魔女なんかじゃない」


 俺は周りの傍観者たちに語りかけたが、彼らは近くの人たちとヒソヒソ喋るだけで、ルーリアへの疑いは晴れず言葉も心に響いてはいないようだった。


 俺の意見に、男は呆れたように肩を落として鼻で笑った。


「理解力のねえ奴だなー。だから、それが魔女の幻覚だと――」


「――幻覚なんかじゃねえ!」

 男の声を遮り、俺は声を張り上げて叫んだ


「ルーリアは俺の大事な仲間だ。情けねえ話だけどな、俺は幼馴染を精神的に縛って苦しめ続けた、どうしようもない腑抜けなんだよ。でも、そんな俺に気を遣って、彼女は無理して明るく振舞いながらここに連れてきてくれた。町に来るのが怖くて仕方なかったはずなのに……。お前らの言う魔女なら、そんなことしないだろ」


「だからなんだ? お前が魔女を信じたい気持ちはわかったが、それで魔女の罪が消えるわけじゃないだろ!」


 男は眉をひそめ、傲慢な態度で意見してきた。

 それに対し、俺は少し気持ちを落ち着かせ、周囲に語り掛けるような口調で答えを返した。


「そもそも罪なんてねえよ。魔王軍の話は、ただ王国軍の到着が遅れただけで、この子は関係ない。犯罪も、犯人が罪から逃れるために幻覚を言い訳として利用しているだけだ。全員、そんなことは頭ではとっくにわかっているだろ? それに、名前が不気味なんて軽々しく言うな! ルーリアってのは、この子のおばあちゃんが彼女のことを真剣に考えて、願いを込めてつけてくれた名前だ。不気味どころか、俺は綺麗なこの名前が大好きだぞ」


 その場の全員が俺の語りに耳を傾けており、誰一人邪魔をする素振りが無かった。俺は熱くなり、感情をむき出しにして話を続ける。


「ルーリアはずっとローブで顔を隠して町に来ていた。人に会うのが苦手だからだと思っていたけど、こうなってからやっと理由がわかったよ。町を混乱に陥れないように、自分の顔と弁解の言葉、辛い感情をずっとローブで覆い隠していたんだ。自分のせいじゃないことで、町全体から責められ続ける苦しみを考えたことがあんのか? そんなの……、孤独や辛さは尋常じゃないだろ。お前らはそれをこんな女の子にやってるんだぞ! 何が魔女だよ、お前らは悪魔じゃねえか!」


 今まで喋らなかった期間の反動が一気にきたのか、矢継ぎ早にまくしたてた。


 俺の言葉に、周囲の何名かが図星を指されたと思ったのか息を飲んだ。これにより、奴一色だった世論が俺の方にも少し傾いてきたように感じる。


「うるせえ、うるせえ! どうせそこで魔女が震えて泣いているのも、幻覚で自分を悲劇のヒロインに見せているだけだ。その魔女の幻覚のせいで、この町はおかしくなったんだ!」


 焦ったリーゼント男は狂ったように叫びながらナイフを構え、俺を無視してルーリアに向って突進していった。


「今すぐ俺が魔女を仕留めて……なっ!」


「やめろ、ルーリアは魔女じゃねえって言ってんだろ!」


 俺は奴の前に回り込み、ルーリアに向けられたナイフを左腕で受け止めた。かなり深く刺さったが、この程度の痛み、ルーリアの心の傷に比べれば何でもない。


 男は一瞬狼狽えたが、すぐにナイフを引き抜いた。そして、今度は俺の頭を目掛けてナイフを突き出してくる。


「魔女の仲間が、う、うるせえよ! 俺の人生が上手くいかねぇのも、全部幻覚の、魔女のせいだ! 俺がこの幻覚を終わらせて、町を救ったヒーローになって――」


「――不都合なことを全部幻覚のせいに、ルーリアのせいにしてんじゃねえよ!」


 俺は拳を強く握り、男の頬を思いっきり殴り飛ばした。


 リーゼント男は殴られた衝撃で吹っ飛び、そのままベンチに激突した。

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