【5-6】軽はずみな行動を救うヒーロー

 ……体が軽くなっていく、ルーリアのおかげで回復しているのだろう。

 大きな傷は塞がらずにそのままだが、血は止まり、動けるだけの体力が戻ってきた。

 

 本来なら嬉しいはずのこの感覚を、俺は素直に喜べない。

 

「黒い渦が消えたと思ったら、幻覚魔法の少女が倒れて姿を消した……。なんだかわからんが、彼女の魔法は不発だったのか。まあいい、これで邪魔者は全て消えた。さあ、カルハ嬢。天使と共に魔王の元へと向かいましょう」


 ジグロスは驚いた声を出しつつも、護衛がいなくなったハルカの方へ歩き出した。

 かなりダメージを負っているようで、足取りはふらついている。


「ルーリア、ごめんなさい。貴方に言われても、私はみんなを傷つけるのが怖くて頼れなかった。でも、私はもう迷わない。貴方たちに、仲間に助けてもらうことに決めたわ」


 ハルカは、ルーリアが消えるまで彼女の体を包んでいた腕を強く抱き寄せて深呼吸し、辺りを見渡して立ち上がった。

 そして、ジグロスから距離を取ろうと、ゆっくり後ろに下がった。

 

 それを見て、ジグロスは呆れたように額を抑えてため息をつく。

 

「カルハ嬢、この状況で逃げ切れると思いますか? 以前も注意しましたよね。そういった軽率な行動は控えた方が良いと。考えれば無理なことぐらいわかるでしょう。それでも聞かないというのなら、少し手荒だが仕方ない」


 ジグロスは突きを繰り出す姿勢で刀を構え、そのまま逃げようとするハルカに向って走りだした。

 

「ふっ、貴方の言う通りね。……私はカルハ。確かに、私には軽率な行動が多いわ」


 ハルカは迫りくるジグロスを真っすぐ見つめ、義手を擦りながら一歩ずつ後退して奴との距離を取っている。

 

「だから、逃げるなんて無理な――」


「――でも、私の軽はずみな行動は、最終的には絶対うまくいくようになっているの。……だって――」


「――ハルカー!」


「私のヒーローが助けに来てくれるから」


「まさか! ――グッ!」


 俺の声に驚いて振り返ったジグロスの顔面に、思いっきり拳を叩き込んだ。


 殴った自分の拳が折れたのではないかと思うほどの渾身の一撃。これが今出せる全力だ。

 

 ジグロスは完全に俺を処理したつもりだったのだろう。ハルカだけに集中していたため、目に見えて反応が遅れていた。

 

 拳を受けたジグロスは踏ん張り切れずによろけたが、それでも倒れることはなく、反射的に俺の体を袈裟掛けに切った。

 

「ウガッ!」


「レー君!」


 ハルカが心配そうに叫ぶ。

 彼女を安心させるため、口角を上げて精一杯の笑顔を向けた。

 

「なぜだ! なぜ動ける? それにその体、傷が……」


 俺の回復した体を見て、ジグロスは状況が飲み込めていないのか混乱している。

 

 奴の刀は、俺の体の深くまで切り込んでいた。

 ルーリアが回復してくれたとはいえ、あまり体力は残っていない。

 

 「……いや、焦る必要はないな。回復していようが、切り捨てれば関係ないか」

 

 多少回復したとはいえ、それでもボロボロな俺の姿を見て、冷静になったジグロスが刀を上段から振り下ろしてきた。


「クッ」

 

 刀を取られて丸腰の俺は、奴の一撃を受けきろうと咄嗟に左腕を出した。

 切られる覚悟を決めて歯を食いしばったが、奴の刀が構えた腕に届くことはなかった。

 

「な、なんだ?」

 

 ジグロスが突然立ち眩みを起こしたようにふらつき、倒れそうになりながらも刀を杖のように地面について踏ん張った。

 

 リュウにガントレットごと砕かれた奴の右腕は、小刻みに痙攣している。

 

「体が、痺れて……、そこまでのダメージを受けていたか? いや、この感じは……、毒?」


 ジグロスは痙攣する腕を抑え、疑問と苦悶がうかがえる表情で腕へと視線を送った。

 ……ようやくこの時が来たか……。

 

 俺は困惑するジグロスの思考を更に乱すため、ふらつきと痙攣の原因を教えてやる。


「なあジグロス、知ってるか? ルーリアの花のエキスには毒があって、触ると体を痺れさせるんだとよ」

 

「いきなり何を言っている?」


「いやーだからさあ……、お前、俺の血どれぐらい浴びた?」


 言っている意味がわからなかったのか、少しの間ジグロスは俺から目線を逸らし、再び痙攣する右腕を見つめて考えた。そして、結論が出たのか、ハッと顔をあげた。


「まさか、自分の血液にルーリアのエキスを……。しかし、それでは全身に毒が回って君も動けないはず……。そうか、天使の強化魔法」

 

 苦虫を噛み潰したような表情で俺を睨むジグロス。


 奴の導き出した答えは正解だ。

 

 俺がしたルーリアへの頼みは三つ。

 

 幻覚魔法でリュウを覆ってジグロスから認識させないようにすること。ハルカに幻覚魔法をかけること。そして最後に、勇者戦の作戦会議で言っていた、回復薬などの液体を体に流し込む魔法の『リキッドイン』。この魔法を使って、ルーリアの花のエキスを俺の体に流すこと。

 

 それと天使へは、最初の足止めと支援魔法での身体強化、俺への毒耐性付与を依頼していた。


 騎士のジグロスは必ず剣で攻撃してくるので、俺の体を切って血を浴びる。たとえ攻撃が通用しないほどの実力差があったとしても、これなら有効だろう。

 

 かなり時間はかかったが、ようやく毒が効いてきたらしい。


「ジグロス! お前を倒して、そのくだらない目的もここで終わらせてやる」


「随分と強気に言っているが、この程度の毒なら支障はない……。それに、拳を握る君の左腕は限界だろう。多少毒の影響を受けたとしても、そんな体で私を倒すことなど――」

 

「ああ、確かに左腕はとっくに限界かもな。……なら」

 

 俺は袖の中にしまっていた右腕を出し、これ見よがしにジグロスの目の前で動かした。

 

「それはっ!」

 

 突然右腕が現れたことで驚いたジグロスは、刀を握る手が緩んで隙だらけだった。

 

 ……これまで、漫画やアニメのキャラクターが技名を叫ぶ意味がわからなかった。

 

 発動条件なら仕方ないが、叫ばなければ対策されず、油断した相手に不意打ちができるのにとずっと思っていた。でも、今この瞬間その意味がやっとわかった。

 

 ……『信頼』だ。

 

 この技なら相手を倒せるという技と磨いてきた自分自身への信頼。

 そして、技を教えてくれた師匠への信頼。その信頼を再認し、自分に自信を持たせるために叫ぶんだ。

 

 俺は学ランのポケットから、絶対的な信頼を置いている空色の暗器を取り出して左手に持ち、腹の底から声を絞り出して叫んだ。

 

「ドラァンデッドォォォースピアァァァー!」

 技名と共に、左手に構えた暗器を全力でジグロスに投げつけた。


「何っ!」

 

 俺の右手に注意を向けていたジグロスは、一瞬反応が遅れた。だが、俺が叫んだ技名を聞いて、リュウの時と同様に貫手が来ると判断したのか、避けようと後方に跳んだ。

 

 しかし、直線に飛んだ俺の暗器は奴を追う。

 

 迫る暗器を見て、武器を投げられたのだと理解したジグロスは、透かさず反射的に刀で弾こうとした。しかし、間に合わず肩に暗器が突き刺さった。

 

「ウッ!」

 

「当たった」

 

 暗器が刺さりながらも何とか着地したジグロスだったが、足にも毒が回ったようでバランスを崩した。

 

「おかしい、私は君の腕を切り落した。あれは幻覚なんかじゃない。切った感触を間違えるわけが、……まさか、作ったのか?」

 

 困惑するジグロスは大きく目を見開いて、俺の後ろにその目を向けた。

 

 そこには、俺をこの世界に呼んでくれたネクロマンサーの姿があった。

 

「私は左腕からレー君をこの世界に蘇生させたの。右腕を作るぐらい簡単よ」

 

 さっきまで狼狽えて驚愕していたジグロスだったが、ハルカの言葉を聞いて心底嬉しそうに笑った。

 

「カルハ嬢、やはり素晴らしい能力だ」

 

「ジグロス、これ以上ハルカに関わるんじゃねえ」

 

 俺は拳を握り、高揚しているジグロスに近づこうと一歩前に出た。

  

「それは無理な相談だな。私が全てを犠牲にしてでも焦がれた目的、その達成が目前に迫っている。もう後戻りはできないし、毛頭するつもりもない。ここで君を再起不能にし、カルハ嬢の心を壊してでも、私は成し遂げてみせる」

 

 そう言い切り、ジグロスは盲目的に叶えようとする目的のせいか、焦点の定まっていないような目をこちらに向けた。

 そして、口角をあげ歯を見せて笑った後、突きの姿勢で刀を構えて突進してきた。

 

 奴に以前刺され、その攻撃は何度も見てきた。狙いはわかっている。

 

 リュウに導かれ、天使に支えられ、ルーリアに励まされた。そして、ハルカに命をもらった。俺は一人じゃないんだ。一人で戦ってはいないんだ。

 

 俺は両手を広げ、足を踏ん張って受け止める姿勢をとった。

 ……もう腹は括った。

 

「避けないのかっ!」

 

 突進してきたジグロスの刀が腹に刺さり、グサッという音が聞こえた。

 激痛に襲われたが二回目ということもあり、覚悟さえしていれば耐えられないほどの痛みではない。

 

 俺は倒れないように腹と足に力を入れ、さらに深く押し込もうと刀に力を込めているジグロスの肩を、逃げないようにガシッと掴んだ。

 

「私の一撃を体で受け止めただと……」

 

 腹に刀を刺して相手の動きを封じる。師匠譲りの剣士と戦う必勝法だ。

 

 俺は拳を強く握って、肘を大きく後ろに引いた。

 

 倒れることなく拳を握る俺の姿を見て、ジグロスは焦ったようにまくしたててきた。


「わかっているのか! 死者を蘇生させる彼女の能力が、この世界にどれほどの影響をもたらすのか。私と共に魔王の元に居れば、その希少性から命やある程度の待遇は保証されるはずだ。しかし、それを拒み、能力が世間に露呈すれば、今後彼女を巡って争いが起こるだろう。そのたびに君が守るなんて不可能だ」


「――関係ねえよ、俺が守り切ればいいだけの話だ」


「そう簡単な話じゃない。君はこの世界のことを何も知らないだろう。この先どんな試練が待っているかわからな――」


「――俺は練磨! 試練を超え、己を磨きあげる男。そして……、ハルカのヒーローだ」


 宣言と同時に放った俺の拳は、ジグロスの顔面に直撃した。そして、その勢いのまま奴の体を吹き飛ばした。

 

「グァァァァー」

 ジグロスは神棚と神社を支えていた柱に激突した。

 

 その衝撃で柱は折れてしまい、奴の周りの壁や天井が崩れ始め、雪崩のようにがれきの山がジグロスの体を飲み込んだ。

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