【4-5】生きる価値のない腰抜け
「おい、ボーっと突っ立てんじゃねえよ」
野蛮な声に顔をあげると、派手な赤いモヒカントとリーゼントをバッチリ決めた、いかにもチンピラといった風貌の二人組がガンを飛ばして立っていた。
「なんだこいつ、ボケッとしやがって見ねえ顔だなー。余所者には、ちょっくらこの町の厳しさとルールってもんを教えてやらねえといけねえなー」
「いたたー、さっきぶつかった腕が折れちまったかもしれねー。こりゃあ、たっぷり慰謝料がいるなー」
俺にぶつかったモヒカン男は、自分の腕を押さえてわざとらしく痛がる演技をしている。
元の世界では絶滅した、コテコテの当たり屋のようなチンピラに絡まれてしまった。
こんな奴らに構っている暇はないので、とりあえず謝って穏便に済まそう。
「すみません……」
「一言謝っただけで済むわけねえだろ!」
俺の態度が気に食わなかったのか、はたまた元々金目的で絡んできたのかはわからないが、リーゼント男が俺の顔をグーで殴った。
拳を振り切るほど思いっきり殴られたが、不思議と痛みは感じなかった。
それどころか、寧ろ殴られたことで妙に頭がスッキリした気がした。
「すみませんでした……」
殴って気が済んだだろうと判断して、先程より丁寧な口調で謝罪した。
だが、下手に出たのは逆効果だったようで、ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべながら二人は近づいてきた。
「殴られても謝罪だけって情けねえ奴だなー。慰謝料払えって言ってんだろ? 死にたくなけりゃあ有り金全部出せよ。早くしねえと手が滑って、うっかり殺しちゃうかもなー」
モヒカン男が折れたと主張していたはずの腕で、懐からナイフを取り出し俺の腹に突きつけてきた。
命を奪う凶器を突きつけられたが、普通なら生じるはずの恐怖心は感じない。その代わり、目の前のこいつが気軽に放った『殺す』と『死』という言葉によって、俺の心の中に溜まっていたドロドロとした別の感情が沸き上がってきた。
「……やってみろよ……」
「は? 何か言ったか?」
モヒカン男は、俯いて呟いた俺の顔を覗き込んでくる。
俺は勢いよく顔をあげ、モヒカン男の服の襟を掴んだ。
「やってみろって言ったんだよ! 俺は心も腐っちまったゾンビなんだ、殺せるもんなら殺してくれよ。俺が死ねば、ハルカは鬱陶しい幼馴染から解放される。俺なんかが生きてるからハルカはずっと苦しむんだ。できるんなら、俺の存在ごと全てを殺してくれよ!」
自分への不満をぶつけるかのように怒気を強めて叫んだ。
自分の存在を消す方法がないことなんて、頭ではわかっているのに……。
「な、なんなんだ? お前……」
モヒカン男は俺の剣幕に押され、数歩後ろにたじろいだ。
勢いよく詰め寄ったことでナイフが腹に突き刺さったが、それに一切構わず叫んだ。
「おい! 離れろよ!」
呆気にとられて立ち尽くしていたモヒカン男の代わりに、リーゼント男が強引に俺を引きはがしにかかってくる。
その勢いで、俺の体は地面に倒れた。
「こ、こいつ、頭おかしいのか? あれ? 俺のナイフって今刺さったよな?」
モヒカン男は状況が飲み込めないていないようで、手に持った血の滴っているナイフを凝視している。
俺は惨めに地面に倒れ、砂や泥、血で汚れた自分を見て自虐的に笑った。これぐらいが、今の俺にはちょうどいい。
そんな自己嫌悪から少し冷静になって辺りを見渡してみると、全員が俺たちを奇異の目で見ている。
それは目の前で起きている喧嘩に対してだろうが、俺には店主の時と同様に、幼馴染を助けに行く勇気が出ない腰抜けを蔑むような目に感じた。
「レンマさんダメです! レンマさんが死んでもカルハ様は余計悲しむだけで――」
「ガキが、邪魔すんじゃねえよ!」
止めに入ろうと慌てて近づいてきたルーリアを、リーゼント男が突き飛ばした。
押されて尻もちをついたことで、彼女の赤いフードがめくれて素顔が露わになってしまった。
「お前! 俺の仲間に何して……」
ルーリアが突き飛ばされたことで頭に血が上り、目の前のリーゼント男に掴みかかった。しかし、男は俺ではなくルーリアを見て、口を開け固まっている。
明らかに周りの雰囲気が変わった。さっきまで和気あいあいと活気があって騒がしかった町が静まり返っており、全員の視線はルーリアに注がれていた。
「……無幻の魔女……」
人ごみの中で誰かが呟いた。
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