【4-4】変わらないはずの町並み
曇った俺の心情とは裏腹に、町はいつも通り活気に溢れていた。
以前、俺はこの町に来るのが楽しみだった。
今日はどんな珍しいものに出会えるのだろうと期待に胸を膨らませて町を闊歩し、目に映る物全てが輝いて見えていた。
気になる物があればルーリアに聞き、洋館に帰ってからハルカにその日あった出来事を話す。
彼女はまるで、小学校での出来事を話す息子を優しく見守る母親のように、微笑んで相槌を打ち、楽しそうに顔を緩ませながら話を聞いてくれていた。
俺は彼女の笑顔が嬉しくて、その顔がもっと見たくて一生懸命話した。
洋館から出ることのできないハルカが、それをどんな気持ちで聞いて、毎回町へ向かう俺たちの背中を見送っていたのかも考えずに……。
「レンマさん、今日は何が食べたいですか? 私のおすすめはですね……」
強がって俺の前を歩いてくれているルーリアは、相変わらず人と接することが苦手なようで赤いフードで顔を隠している。
普段とは逆で、俺はそんな彼女に隠れるように後ろをついて歩いた。
情けない限りだ。
「見てください! あそこに人だかりができています。何か催し物があるのでしょうか?」
彼女は俺の顔色を気にしてちょくちょく振り返り、気を遣って明るく接してくれる。
本当は人に会うのが苦手で、町に来るのが怖くて憂鬱で仕方ないはずなのに、俺がここを気に入っていたから無理してでも気分転換に連れてきてくれたのかもしれない。
せっかくルーリアに連れてきてもらったのに、あの部屋にいた時と同じでまたハルカのことを考えてナーバスになってしまった。
しばらく商店街を歩いた後、ルーリアが目当ての青果店前で立ち止まったので、俺も無意識的に動かしていた足を停止させた。
ここの店主は人の良さそうなおばさんで、快活で声が大きく誰からも親しまれる。まさに商売人が天職のような人だ。
「着きましたよ。では一緒に……。いえ、今日は私が一人で買ってきますので、レンマさんは待っていてください。夕食に何が出るかはお楽しみですよ」
ルーリアは一言断りを入れてから深呼吸をし、決意を固めて店内に入っていった。
彼女は一緒に買い物をするために俺を誘おうとしたが、途中で言葉を呑んだ。
俺の表情がそれだけ深刻だったのだろう。
「あ、あのー、こ、これを、いただきたいです」
「おや、今日も来てくれたんだね。おばちゃん、久々にお嬢ちゃんの声を聞いたわ」
しばらく店内を物色したルーリアは、目当ての商品を手に取って言葉に詰まりながらも店主に声をかけた。
店主はその声に少し驚いた表情をした後、笑顔でルーリアから硬貨を受け取った。
店主の驚きは、赤ローブで顔を隠した怪しい人物に話しかけられたからではなく、ルーリアの声を久々に聞いたからだった。
確かに一緒に町に出かけるようになってからは、店員とのやり取りは俺がしており、彼女は小声で欲しいものを耳打ちで指示しているだけで、他の人と話してはいなかった。
ここが異世界ということもあって、町には甲冑で身を固めて帯刀した剣士やローブを羽織って大きな杖を持った魔法使いも滞在している。
俺のいた世界では不審者極まりないであろう赤ローブの人物がうろうろしていることも、この町の人からしたら見慣れた日常風景の一部なのだろう。
店主はルーリアに購入した商品の入った袋を渡した後、キョロキョロと辺りを見渡した。
「あれ? そういえば今日はお嬢ちゃんだけかい? 最近一緒に来ていた元気なお兄さんはどうしたの? 今日はちょっとしたお祭りがあるから、参加をしてもらおうと思って待っていたんだけど、忙しいのかねー。残念だわー」
「あ、いえ……」
店主の質問に対し、ルーリアは戸惑いながら言葉を濁して俺に視線を向けてきたので、店主もその視線の先である俺に期待した目を見向けてきた。
俺は自分に向けられた視線に対して、声かけや一礼するといった気の利いた応答はできず、口角を少しあげる程度でしか反応できなかった。
傍から見れば口元が動いたかどうかもわからない微妙な変化だったかもしれないが、それでも今の俺にはそれが精一杯だった。
「お兄さん、今日はとても疲れていそうね。そうだ! この果物は疲労回復に効果があるから、サービスで持っていきな」
「い、いいんですか? ありがとうございます」
「おばちゃんの二人の子供たちも、昔は一緒に買い物に行っていたのよ。貴方たち二人を見ていると、つい姿を重ねちゃってね……。おばちゃんは、二人で仲良さそうに歩く貴方たちを見るのが好きなの。また元気になったら二人で来てね」
俺の様子を見て店主は何かを察したのか、笑顔でルーリアに果物を渡しながら、どこか寂しそうな目でこちらを見てきた。
店主にとってのその目は、祭りに参加してほしかったという残念さや元気のない俺を心配してのもので深い意味はなかったのかもしれない。
しかし俺には、『ルーリアに負担をかけ、大切な幼馴染を助けられない情けない奴』だと責められている気がして、消えてしまいたいほどの恥ずかしさが襲ってくる。
俺は視線に耐えられなくなり、思わず一歩後ろにたじろいでしまった。
その時、誰かが肩にぶつかってきた。
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