【4-3】暗い世界に差す光

 あれからどれぐらい経っただろうか。


 部屋が太陽に照らされて明るくなったと思ったら、気づけば日が沈んで部屋が暗くなっている。

 何度かそれを繰り返した。現在は日の光が窓から差しているので昼間なのだろう。

 

 太陽が規則的にせわしなく浮き沈みする中、対照的に俺は椅子に座ったまま一歩も動くことができなかった。その間は一切飲み食いしてないが、ゾンビだからか餓死することはなかった。


 みんなが部屋を出て行ったあの日からずっと、元の世界でのハルカとの思い出が駆け巡って、頭の中を埋め尽くしている。


 俺に手を差し出してくれた日のことや進路に悩んでいた彼女の相談を受けたこと。そして、俺が死んだときのこと……。

 

 皮肉なもので、彼女が隣にいた時は一切思い出せなかったのに、今は全て鮮明に記憶に残っている。

 

 こんな大切なことを忘れていたなんて最低だ……。

 

 彼女はどんな気持ちで俺の死を看取って、この世界に召喚してくれたのだろう。

 

 この世界に来て、初めて彼女に会った時から違和感のようなものは感じていた。それを突き詰めれば正体に気づけたはずだ。

 記憶がなかったなんて言い訳にもならない。

 

 俺に忘れられていると気づいた時のハルカの悲しみは計り知れない。逆の立場だったらと考えると怖くて仕方がない。

 

 そんな中でも彼女は、自分の名前の由来を冗談っぽく言って俺の緊張をほぐし、巨人から命懸けで守ってくれた。

 

 今思えば、軽はずみに行動した方が良いと言ったのは俺だ。


 思い出してもらおうと色々ヒントをくれていたのに、俺は何も気づかずにのうのうと過ごして、そのたびに彼女を裏切って落胆させてしまった。

 

 ハルカを助けに行きたい。

 しかし、俺が行くことでまた彼女を傷つけ、迷惑になるかもしれない。

 

 そもそも助けに行くというのも全部俺の独りよがりな行動で、ハルカはそれを望んでおらず拒否されるかもしれない。そう考えると足が震えて勇気が出ない。


 別れ際に見た彼女の消え入りそうな笑顔が、何度も脳裏にフラッシュバックする。


 洋館の中は俺しかいないのではないかと思うぐらいに静かで、その静かさが余計に自身の不甲斐なさと惨めさを突きつけてきているようだ。


 今日も、取り返しのつかない過去を思い出しながら自分を責めて時間を無駄にし、代り映えのしない一日をこの部屋の中で過ごすのだろう。


 そんなことを考えていると、世間から切り離され、物音一つしない孤独なこの部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「あのーレンマさん、起きていますか?」


 扉の向こうからルーリアの声が聞こえたが、俺は返事をすることができず、茫然と窓から差す光で照らされた扉を見ていた。


「あっ! 起きていてくれて良かったです。いきなり入ってきてすみません。実は、今日はレンマさんにお願いがあるんですよ」


 返事がないことを了承だと判断したのか、日の光に包まれたルーリアが扉を開けて部屋に入ってきた。


 彼女は普段通りに明るく話しかけてくれた。

 しかし、あんなことがあった後だ。きっと俺に心配をかけないよう、辛い自分の感情を押し殺して無理をしているのだろう。


「……お願い?」


 それは久々に発した言葉だった。

 どうやら喋れなくなったわけではないらしい。


 俺が返事をしたことが嬉しかったのか、ルーリアの表情はより一層明るくなった。


「はい、これから町に買い物へ行くのですが、レンマさんも一緒に来てください」


「いや、俺は……」


「私一人に重いものを持たせるつもりですか?」


 断ろうとルーリアから目線を外した俺に対し、彼女は目線の正面に回って悪戯っぽく笑ってから、立ち上がるために手を差し出してくれた。



「るーちゃん……」



 彼女の取った行動が、かつて引っ込み思案で自分の世界に閉じこもっていた俺を、外の世界へと導いてくれたハルカの姿と重なって見えた。


「はい、ルーリアですよ。ほらほら、行きますよレンマさん」


「ちょ、おい、ルーリア」


 彼女は強引に俺の手を引いて、暗い部屋から引っ張り出して町へと連れて行ってくれた。

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