【4-2】迫られる選択と否定された人生

「お前らが魔王を倒すためにハルカを召喚したのはわかった。じゃあ、なんであの騎士は魔王軍にいるんだよ。それに、ハルカはどうしてあいつと一緒にいなかった?」


 俺の質問に対し、天使は首を横に振った。


「詳しくはわからないの。彼は幼い頃、住んでいた村が人と魔王軍の戦争に巻き込まれたと言っていたわ。村で唯一生き残った彼は、魔王への復讐に燃えて聖騎士になった」


 語る天使の目は、過去を思い出しているのか、どこか遠くを見つめている。


「だけど、召喚したハルカの能力を見た時、誰からも愛される優しい聖騎士だった彼は変わってしまった。突然魔王軍に入ってギグドと名乗り、彼女に無理やりゾンビを作らせ続けた。でも上手くいかなかったようで、彼女に何度も作っては壊すことを繰り返させた。ゾンビとはいえ元は生き物、彼女はそれに耐えられなくなって逃げだした。そんな彼女を私は近くで見ていた。そして、今も見守っている」


 そこまで説明し終わると、天使は俺の前に跪いた。


「私は、以前の聖なる優しい騎士の使い。私が言える立場ではないことはわかっているけど、ジグロスを止めてハルカを助け出してほしい。そうすれば、彼女を縛っているジグロスとの召喚者の制約は解除される。ハルカを召喚した天使として、そしてカルハの友人、四天王のエンジェちゃんとして貴方にお願いするわ」


「…………俺は…………」


 小さく一言発した後、言い淀んで天使の願いに返事ができなかった。


 天使は『何かのきっかけ』と言葉を濁したが、ハルカは『貴方のいない世界を受け入れられず、身を投げて命を無駄にした』と言っていた。

 多分、ハルカは俺が死んだ後に人生に絶望し、自殺しようとした時にこの世界に再び召喚されたのだろう。

 

 俺はハルカを助けることばかり考えて、そのために文字通り命を懸けた。俺が死んだ後、一人残された彼女がどう思うかも考えずに……。

 

 ハルカは俺が死んだせいでこの世界に召喚された。

 そして、ここでも辛い思いをさせてしまった。

 

 そもそも俺と出会いさえしなければ、彼女の人生はもっと楽しいものになっていたのかもしれない……。

 俺が余計なことばかりしたせいで……。

 

 あの日どんなことがあっても助けると誓った。しかし、それ自体も俺の独りよがりな考えで、ハルカは本当にそれを望んでいたのか?


 そんな考えが、堂々巡りで浮かんでは消えてを繰り返し頭の中を支配していく。

 

 喉と心臓が締め付けられる感覚に襲われ、苦しさなどのマイナスな感情が心の中に広がって全身の力が抜けていく。

 

 

 自分の人生全てが否定されたような気持ちになり、めまいがしてきた。



 俺が塞ぎ込んで考えていると、それまで静かに座っていたリュウが立ち上がった。

 

「リュウは騎士の正体を知らなんだ。今すぐにでも奴をぶっ飛ばしてやりたいが、カルハは『動かないで』と言った。じゃけえ、まだ動かん。リュウには生きとった時の記憶がないけぇ、正直レンマとカルハの前の世界の話はようわからんが、これだけは言わせてもらう。カルハは腕を犠牲にしてまで、お前をわざわざ召喚したんじゃ。じっくりこの意味を考えろ、師匠からの宿題じゃ」


 俺の目を真っすぐと見つめて語ったリュウは、そのまま天使の方を向いた。


「お前がおると、カルハは辛かった時のことを思い出して時々悲しげな顔をする。じゃけえ、リュウはこがな奴嫌いじゃ」



 リュウは吐き捨てるように言い、力任せに扉を閉めて部屋から出て行ってしまった。


 俺たちはリュウが部屋から出ていくのを無言で見送った。

 

 ……考えろと言われても、先程と同じような考えしか頭に浮かばない。

 助けに行きたいが、その行動自体がハルカを苦しめるかもしれない……。


 俺さえ彼女の人生にいなければ……。


「……ルーリア、天使、悪いが少し一人にしてくれ……」


「そんな……レンマさん。カルハ様は――」


「――ルー子ちゃん……」


 俺に意見を言おうとしたルーリアを天使が制止した。


 だが、そのことが気に入らなかったのか、普段は温厚なルーリアが天使を睨みつけた。


「レンマさんが起きる前に事情は聞きましたが、天使様もひどいですよ……。何でレンマさんの記憶を奪ったりしたんですか! そのせいでお二人はすれ違って……」


 ルーリアは天使に詰め寄ったが、怒り慣れていないからか、途中で泣き出して力なくその場に崩れた。


「レンマ君はあの時死んだはずだった。いえ、実際に死んでいるからこの言い方は違うわね。二度と目を覚ますはずがなかった。だから彼の記憶を受け継いで、いずれこちらの世界に来るであろうハルカのために有効活用しようと思ったの。でもまさか、彼女が蘇生能力に目覚めて自分の左手を切り落とし、そこからレンマ君を生き返らせるなんて思わなかったから……」


 天使は責任を感じているのか、下唇を噛んでルーリアから目を逸らした。


「そんなの……カルハ様がかわいそうです……。以前、見たことのない文字で書かれた看板を作っていたので私が質問したら、『この世界を、私の世界を救ってくれるヒーローが来てくれるの』って嬉しそうにおっしゃって……ずっとレンマさんが来るのを楽しみに待っていたのに、それなのに会ったら自分のことを覚えていないなんて……、大切な人に忘れられているなんて……あんまりです……」


 その場に崩れて泣くルーリアの姿を見て、心底ハルカのことが大好きだったのだと改めてわかった。


 しかし、そんな彼女の姿を見ても、助けに行ってもハルカに拒絶されるかもしれないと考えると、怖くて一歩も動けなかった。


 天使はその場の重い空気にいたたまれなくなったか、改めて俺の方へ視線を戻した。


「レンマ君、今まで黙っていてごめんなさい。今すぐにこの事実は受け入れられないかもしれない。でも、私は貴方が決断してくれるまで何度でも頼みに来る。彼女もそれを望んでいるはずよ」


 そう言って天使は部屋を出ていき、落ち着いたルーリアも一礼してそれに続いた。



「……何やってんだよ、俺」



 一人になって静まり返った部屋の中で、不甲斐ない自分に嫌気がさして膝を殴った。


 殴られた膝は痛まず、殴ったはずのハルカが返してくれた左手だけが妙に痛みを感じた。

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