【1-終】どこかの世界のいつかの記憶

 ☆


 【どこかの世界のいつかの記憶】


 小さい頃、俺はいつも『るーちゃん』に手を引いてもらっていた。

 

 同い年で幼馴染のるーちゃんは、引っ込み事案で自分の世界に閉じこもっていた俺とは違い、外で遊ぶことが好きで、いつも俺を知らない世界へと導いてくれていた。

 

 新しいことを経験するのは正直怖かったが、差し出される彼女の手は温かく、自然と外の世界への恐怖は薄れていった。

 

 いつしか俺の性格は明るくなり、外で遊ぶことが好きになっていた。

 

 小学生時代のある日、るーちゃんは行方不明になった。

 彼女の両親も親しい友達も、誰も彼女を見ていないと言う。田舎だったこともあり、神隠しにあったなんて噂も広まっていた。

 

 いなくなって二日間、みんなで捜し回ったが彼女は見つからなかった。


 女の子と遊ぶのが恥ずかしいと感じる年頃だった俺は、友達に冷やかされるのが嫌で普段は彼女を避けていた。でも、この時ばかりは死に物狂いで捜した。

 

 いつも一緒に遊んでいた公園、小学校、お気に入りの丘の上。

 どこを捜しても彼女はいなかった。

 

 俺は自分のせいだと思った。俺を知らない世界に導いて、言わば人生を変えてくれた彼女のことを、恥ずかしいという理由だけで避けていた。

 俺が冷たく接するたび、彼女は寂しそうにしていた。

 

 大好きだった彼女に対して、恩を仇で返した俺を懲らしめるため、神様が彼女を奪ったんだ。

 これは幼馴染を不幸にした俺に与えられた罰なのだろう。そう自分を責めた。

 

 失って初めて、自分の中で彼女がどれほど大切な存在なのかを思い知らされた。


「ごめんなさい。もう、るーちゃんを避けたりしない。絶対に大切にするから、幸せにするから。だから、るーちゃんを返してください……」


 神様に願って、縋るようなか細い声で呟いた俺の言葉は本心だった。

 るーちゃんが帰ってくるなら何でもする。今後は何が起きても彼女を守ろうと誓った。

 

 その時、なぜだかわからないが、ふと神社に彼女がいるような気がした。

 そして、急いで向かった神社で泣いている彼女を見つけた。

 

 俺は安心して泣きそうになったが、涙を堪えて石畳の上にしゃがみこんでいる彼女に話しかけた。

 

「良かった。ここにいたのか、今までどこ行ってたんだ? みんな心配してたんだぞ」


「あっ、レー君。……あのね、天使がね。私を連れて行ったの」

「天使?」


「その後に騎士が私の手を引いて、『能力を見せろ』って……。でもね、その騎士は『今の私に価値はない』って言ったの。……私……すっごく怖くて……手が震えて……」


 説明の途中で、彼女は再び泣き出してしまった。

 

 彼女の左手は小刻みに震え、それを右手で擦って必死に震えを抑えようとしている。

 昔、俺の手を引いてくれた頼もしい彼女の手は、とても小さく見えた。

 

 そんな姿を見て、彼女も俺と同じで怖いと感じることがあるのだと当たり前のことに気づいたと同時に、俺は彼女に甘え過ぎていたのだと自覚させられた。


「今まで無視してごめん。ずっと避けていたのは、ただ喋るのが恥ずかしかっただけなんだ。なのに、俺のせいでこんな目に遭って……。でも大丈夫。これからは、どんなことがあっても俺が助けるから、不幸にさせないから、だから泣かないでくれ」


 俺の謝罪と決意の言葉に彼女は顔をあげた。


 何の根拠もないが、この時の俺の覚悟と言葉に嘘はない。

 

「良かったー。私、レー君に嫌われちゃったのかと思ってた……。ありがとう」


 彼女の目には涙が溜まっていたが、それ以上新しい涙を生むことはなく、手の震えも止まっていた。


 どうやら俺の真剣さが伝わったらしい。


「でも、近くにレー君がいなかったらどうしよう……」


 そう言って再び不安げに下を向いた彼女を見て、俺は彼女が好きな童話を思い出した。


「その時は、今みたいに左手の甲を右手で擦ってみてくれ」

「えっ、なんで? そんなことしても怖いのは消えないよ」


「魔法のランプって話があるだろ? ランプを擦ると魔人が出てきて願いを叶えて助けてくれるって話。俺は練磨って名前だし、困った時ランプみたいに左手を擦って磨いてくれたら、どこにいようが俺が必ずるーちゃんを助けに行く。ヒーローが助けに来るなら怖くないだろ?」


「何それ? それじゃあレー君は、ヒーローじゃなくて魔人だよ」

 るーちゃんはふふっと笑った。

 

 その笑顔を見て、さっきまでの俺の不安はどこかに消えていった。

 

「魔人でもいいんだよ……。どんな姿になっても、すぐに駆けつけて絶対に助けるから」


「でも、悪い人が相手だとレー君が死んじゃうかも――」


「そんなの気にすんな。たとえ死んだとしても、絶対にお前を守ってやる。幸せにしてやる。約束するよ。――だから安心して笑っていてくれ」


「うん、約束だよ」


 彼女は心底嬉しそうに笑って立ち上がり、昔のように俺の手を引いてくれた。

 

 ☆


「あっカルハ様、目が覚めたみたいですよ」


「ほんとね。まあ、この世界に来て色々あったし、かなり疲れていたのでしょうね」


 ……なんだか知っている声が聞こえる。

 

「るーちゃん……」

 まどろんだ意識の中、なぜかその言葉が口から出た。

 

「なんですか?」

 目を開けると、ルーリアが俺の顔を覗き込んでいた。

 

 ここは? そうか、俺はこの世界に召喚されたんだった。

 

 徐々に意識が覚醒していく、どうやら少しの間眠ってしまっていたらしい。

 

「――っ!」

「……っ」

 俺の方を見てカルハは驚いたように目を見開き、リュウは下を向いてモジモジしている。

 

 ……俺、寝ている間に変なことしたのか? 

 なんだか二人の反応が変だ。

 

 疑問に思って二人を見ているとリュウが口を開いた。

 

「お前なぁ……呑気に眠ったかと思えば、いきなり『リュウちゃん』なぞ呼びよって。お前がリュウに憧れとるんは知っとるが、惚れられるんはちょっとのぅ」


「――待て、何の話だよ」

 リュウの冗談? のおかげで完全に目が覚めた。

 

 俺に眠っている余裕はなかった。

 今は一刻も早く、勇者と戦う方法を考えないと。


――【一章あとがき】――

お読みいただきありがとうございました。


大体五章までで完結しようと思っています。

スロースターターなので、二章以降はもっと面白くなるはずです。

ぜひご期待ください。


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