【1-6】ドラゴンの一族『竜魔族』
「どうしたの? 大丈夫?」
しばらく下を向いて放心状態だった俺を心配したのか、カルハが不安そうに顔を覗き込んできた。
「えっ、いや、ちょっとビックリして……。俺って勇者に狙われてんの? 俺は――」
「ミツケタ、シンニュウシャ、ハイジョスル」
勇者に襲われる理由を聞こうと思ったが、聞き覚えのある声に遮られた。
どうやらさっきの巨人に見つかってしまったらしい。
凄い勢いでこちらに走ってくる巨人は、かなり迫力がある。
そしてルーリアは気絶した。
「そうね。狙われる理由はいくつかあるけど、勇者は貴方を――」
「ちょっと待ってくれ!」
「どうかしたの?」
「どうかしたのも何も、今巨人がこっちに走って来てるんだぞ。説明どころじゃないだろ、早く逃げないと」
取り乱す俺とは違って、カルハはやけに冷静だった。
「巨人が来ている? ああ、それなら大丈夫よ。あのちょっと強めのサイクロプスは、私の指示に従うから」
そう言うとカルハは、迫ってくる巨人と俺の間に立って巨人に語りかけ始めた。
「ねぇ、ちょっと強めのサイクロプス、私の声が聞こえる?」
「カルハサマ?」
巨人はカルハの声に反応し、両膝を着いてその場に制止した。
どうやら指示に従うのは本当らしい。
そもそも『ちょっと強め』ってなんだよ。
巨人の時点でかなり強いだろ。
「ええそうよ。聞いて、この人は侵入者なんかじゃなくて私のお客様なの。だから追い返したりしなくていいのよ」
カルハは子供に話しかけるような優しい口調で巨人に説明する。
「カルハサマ、シンニュウシャ、ハイジョシロッテ、イッタ」
「そうね。確かに言ったわ」
「キョジン、メイレイマモル」
忠誠心が強いのだろう、巨人はカルハから与えられた命令を遂行しようとしている。
そんな巨人の返答に対して、カルハは満足そうに微笑んだ。
「そう……偉いわね」
「――まったく言うこと聞かねえじゃん!」
やり切ったような清々しい表情でこちらに戻ってくるカルハに思わず声が出た。
何一仕事終えましたみたいな顔で帰ってきてんだよ!
一切状況が変わってないんだが?
「おかしいわね。でも、次までには上書き情報にも従うように言っておくわ」
「いや次なんてないから! 今、今まさに襲われてんの!」
カルハに褒められた巨人は立ち上がり、空に向かって拳を振り上げ決意表明の雄叫びを上げている。
まずい、とにかく逃げないと。
警戒する俺に向かって再び巨人が走り出そうとした瞬間、地面から光の縄のようなものが何本も表れ、うねうねと巨人の体に巻き付いて拘束した。
「なんだ、あれ?」
「あれは拘束用のしめ縄よ。縄に付いている紙垂が相手の体力を吸収し、拘束対象を鎮める力を持っているわ。言わばこの洋館のセキュリティね」
よく見るとカルハの言う通り、縄には神社でよく見るギザギザの紙が付いており、巨人が動こうとするたびに強い光を放っている。
「こんな仕掛けがあったのか、これなら大丈夫そうだな」
「それが大丈夫とは言い切れないの。あの大きさだと少しの足止めにしかならないと思うわ。すぐに拘束は解けるでしょうね」
巨人の足元を見るとすでに何本か千切れた縄が落ちている。確かに長くは持たなそうだ。
「仕方ないわね。こうなったら最後の手段を使うしかない」
カルハは決意に満ちた表情で言い放った。
いや、最後の手段に頼るの早すぎるだろ。説得、しめ縄含めて三手目だぞ。
「最後の手段って、あの巨人を止める方法があるのか?」
「私は召喚師よ。召喚獣に任せるわ」
カルハは懐から本を取り出し、あるページを開いてから目を閉じて力を集中させた。
何が起こるのか期待と不安を感じながら見ていると、カルハの目の前の地面に紫色の魔法陣が現れた。
魔法陣は彼女の呼吸に合わせて光を放ち、徐々に文字が浮かび上がってくる。
「盟約に従い我が障壁を打ち砕け、いでよ召喚獣」
カルハの声と共に、魔法陣は今まで以上に強く光を放った。
そろそろ召喚獣が現れそうだ。
どんなのが出てくるか楽しみにしていると、誰かが俺の肩に手を置いた。
驚いて振り返ると、先程の粗暴なお嬢様が、親指で自分を指さしながらニヤニヤと俺の顔を覗き込んでいる。
えっ……、もしかして……。
「ようやくリュウの出番じゃな。任せておけ」
「カルハ、召喚獣って……」
「ええ、彼女よ」
なるほど、この子が召喚獣なのか……。
てっきりその魔法陣から召喚すると思ってワクワクしていたが、すでにその場にいたんだな。
召喚魔法なのになんだか肩透かしを食らった気分だ。
……じゃあこの魔法陣ってなんだ?
「カルハ、この魔方陣は?」
「これは召喚獣に居場所を知らせるためのものよ。まあ、狼煙みたいなものね」
カルハが本を閉じると魔法陣はスッーと消えていった。
なるほど、そういうことか……。
あのお嬢様近くにいたし、直接言った方が早くない?
少しがっかりしたが、俺は状況を整理するためにリュウと巨人を交互に見比べる。
リュウ本人は自信満々といった感じだが、触れると砕けそうなほど華奢な体の彼女が、自分の何倍も大きい巨人を止められるとは到底思えない。
俺の疑いを持った視線に気づいたのか、カルハが口を開いた。
「大丈夫よ。リュウは、……ドラゴンだから」
「そうじゃ、リュウは誇り高きドラゴンの一族――『竜魔族』じゃけえ、あがな奴余裕よぉ」
「ドラゴン? この子が?」
リュウは誇らしげに自分の胸を叩いた。どうやら嘘ではないらしい。
だがいきなりドラゴンと言われても、彼女はただ角と尻尾が生えていて、牙と爪が鋭く、一人称がリュウなだけで……。
いや、冷静に考えたらドラゴンだわ。
正直、異世界なら会えるんじゃないかと期待していた。
ドラゴンといえば、男子の心をくすぐるワードでもかなり上位だろう。
もう一度彼女を見た。
確かにドラゴンだ。
「マジかー。すげぇー、ドラゴンじゃん!」
俺は実際に会えたことでテンションが上がり、興奮したままリュウに色々質問した。
「なあ、ドラゴンってことは火を噴いたりするのか? それなら巨人も止められそうだな」
「いんや、リュウは火ぃを噴くタイプのドラゴンじゃないけぇ、そがな芸当できんぞ」
彼女は首を横に振った。
まあ確かに全てのドラゴンが火を噴くわけではないか。
「じゃあ、空を飛んで上空から攻撃とか――」
「うーん、リュウは翼がないタイプのドラゴンじゃけえ、空なぞ飛べん」
再び彼女は首を横に振った。
まあ確かに全てのドラゴンが飛べるわけではないか。
「なるほどなー……。うーん、あっ、そうだ爪。その爪鋭くて長いし、その爪で巨人を攻撃すれば一溜りも……」
「あー……、この爪なー。リュウの最強の矛じゃけど……爪飾りしとるし、戦って折れたら嫌じゃけえ使いとうない」
「――ドラゴンの強みないじゃん!」
思わず大声で叫んでしまった。
「いやー、そう言われてものぉー。ドラゴンにも色々おるし、理想を持ちすぎじゃ」
リュウはやれやれと呆れた感じで頭を掻いた。
……そんな……、ドラゴンと聞いて俺が思いつく特徴が全部ないなんて……。
そもそも火と翼は仕方ないかもしれないが、爪は何とかなるだろ爪は。
……あっ、でも空色のネイル可愛い。
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