【3-5】王国の聖騎士ジグロス

「部下たちの恨みだ。そこのドラゴンの娘、覚悟しろ」

 魔物は背負っていた槍を構えた。


「何? ドラゴンじゃとっ! 聞いたかレンマよ。会う奴会う奴に、やれトカゲだのドラゴンの強みがないだの言われ続けてきたリュウが……」


「そうだな。最後の言ったの俺だけど」


 リュウは自分がドラゴンだと認識されたことが余程嬉しいのだろう。目に涙を貯め、それを手で拭きながら俺たちに近づいてきた。


「何を言っておるか知らんが、貴様はドラゴンにしか見えんだろ」


 俺たちの会話を聞いて、当たり前のことを言うような口ぶりで魔物が答える。


「『ドラゴンにしか見えん』じゃとっ!」


 リュウは感極まったのか、一瞬で距離を詰めて魔物に握手を求めた。


「そこまでリュウのことをわかってくれるとは……、お前とは仲良くなれそうじゃ。今日から友達じゃな」


「――いや、我は貴様を倒しに来ているのだが……」


 魔物はリュウの握手を払いのけ、少し後ろに下がって距離を取った。


「ちょっとー、ドラゴンゾンビー。何の話してるのー?」


 騒ぎに気づいたのか、天使がふよふよと浮きながらリュウと魔物の間に現れた。


「な、なぜここに天使が……」


「えっ、天使って言ったよね! 聞いた? レンマ君」


 驚く魔物を見て、天使が嬉しそうに俺の方を振り返った。

 

 いや、お前が天使ってことは丸出しだろ。初めて会った時に俺もすぐ気づいたし。

 

「えっ、もう一回やるの? なんだこいつら」


 魔物が困惑している。なんだか魔王軍にしては良い人そうなのに申し訳ない。いや、殲滅とか言ってたし、別に良い人ではないのか。


 ペースを崩された魔物は、状況を整理するためか一度咳払いをした。


「おほんっ、……どうやら報告通りらしいな。これから貴様らを殲滅する」


「だから私の幻覚……」


 冷静になった魔物の言葉をルーリアが否定したが、奴は鋭い目で俺たちを見つめている。もう彼女の声は奴の耳には届いていないだろう。


 魔物が再び槍を構えたので、俺は剣を抜き、ルーリアも杖を構えた。

 

 おそらく魔物が最初に狙うのは襲撃犯のリュウだ。しかしリュウ本人は、魔物と友達になれると思っているらしく戦う気がない。ここは俺たちが何とかしないと。

 

「まずは、我を騙した貴様からだっ!」


「嘘っ! リュウじゃなくて俺っ?」


 予想に反し、魔物は俺に目がけて突きを放ってきた。


 俺は驚きつつも反射的に刀を振り、金属音と共に魔物の槍を弾いた。


「ほう、我の一撃を防ぐとは中々やるようだな。なら、これはどうだ?」


 攻撃を防いだ俺に感心した魔物は、今度は連続で突きを放ってきた。


 以前の俺なら、自分に向かってくる凶器に恐怖して対応できなかっただろう。

 しかし、リュウとの特訓の成果なのか、魔物の突きを一撃ずつ冷静に弾くことができた。

 

「俺、強くなってる……」


「これも防ぐのか、面白いな」


 魔物は声を弾ませ、俺と遊んでいるかのように攻撃を繰り出してくる。

 奴の放つ突きは、リュウの攻撃に比べれば速度も重さも劣っており、難なく対応できる程度のものだ。


「レンマさん凄い」


「リュウの愛弟子と友達が戦っとる。一体リュウはどうすればええんじゃ」


 ルーリアが感嘆の声をあげ、リュウはなぜか動揺している。


 リュウに対して言いたいことはあるが、今は攻撃に集中しなければならない。


「ようやく興が乗ってきたところだが、我はあまり時間をかけていられないのでな。申し訳ないが次で決めさせてもらう。楽しかったぞ」


 そう言うと魔物は槍に力を集中させた。戦闘を楽しんでいた先程までと違って、重々しいプレッシャーを放っている。


 やはり、さっきまでの攻撃は全然本気じゃなかったのか。まずい、やられる!


「そこまでだっ!」


 俺が次の一撃に備えていると、魔物の後ろから声が聞こえた。それは、ざわざわと騒がしい室内を切り裂く声だった。

 

「誰だ? えっ、なぜ貴方がここに――グハッ!」


 驚いた魔物が声の方へ振り向いた瞬間、呻くような声を出して膝から崩れ落ち、その場に横向きで倒れた。


 魔物を見ると腹の鎧は砕かれており、声の主に一撃で気絶させられたのだとわかる。

 

 倒れた魔物から目線をあげた先には、白い鎧を着た爽やかな金髪の青年が立っていた。

 

 見たことない奴だ。いったい誰だろう?

 

「貴方は、王国軍の聖騎士ジグロス様」

 ルーリアが声をあげた。


 聖騎士というのは、以前カルハから聞いたことがある。

 確か、魔王軍を倒すために選抜されたエリート騎士だ。

 

 なるほど、俺たちが魔王軍に襲われているのを見て助けてくれたということか……。……そういえば俺も魔王軍じゃん。やばくね?

 

「久しぶりだね、レンマ君。大丈夫だったかい?」


 少し警戒したが、なぜか目の前の爽やかイケメンは親しげに話しかけてきた。

 

「え? ああ、大丈夫だけど……」


 久しぶりと言われても、こんな奴俺の知り合いにいないんだが……。

 

「そうか、あの時は顔を見せていなかったね」


 俺が困惑していることに気づいたジグロスは、微笑みながら胸元から仮面を取り出した。

 俺はこの仮面に見覚えがある。

 

「お前、勇者の仲間の仮面騎士か?」


「思い出してくれて良かったよ」


 ジグロスは安心したように俺に笑顔を向けた。その笑顔は、男の俺から見ても惚れてしまいそうなぐらいかっこよかった。


「魔物を倒してくれてありがとう。ほんとに助かったよ」


「礼には及ばないよ。それにしても仮面騎士か……」

 ジグロスは自分の仮面を見つめて呟いた。


 勇者戦の時にずっと仮面騎士と心の中で呼んでいたので、つい口から出てしまった。

 

「すまん。以前ジグロスと戦った時は、名前を知らなかったから勝手にそう呼んでいただけなんだ。今度からはちゃんと名前で呼ぶようにするから――」


「違うんだ、誤解しないでくれ。仮面騎士と呼ばれるのが嫌とかではなく、寧ろ私は嬉しいんだよ」


「そうなのか?」


「ああ、実はこの仮面は元々姉の物なんだ。昔の私は臆病な泣き虫でね、私が怖くて泣いてしまった時は、いつもこれを被った姉がヘラヘラとおどけて笑わせてくれていたよ。だから私は戦う時、この仮面を被って恐怖を克服するようにしているんだ。……仮面騎士なんて呼ばれて誇らしいよ」


「優しいお姉さんだな」


 ジグロスは仮面を両手で大事そうに抱えた後、少し寂しそうな目をして再び懐にしまった。イケメン聖騎士はエピソードまで美しいんだなと感心する。

 

「そういえば、今日はどうしてここに? 何か用事が――」


「騒がしいわね」

 俺がジグロスに用件を聞こうと声をかけた時、二階から声がした。


 どうやら騒ぎに気づいたカルハが二階から降りてきたようだ。

 

「ごめんカルハ、うるさかったよな。さっき俺たち、魔王軍のギグドとかいう奴の手下に襲われたんだよ。でも、勇者の仲間の仮面騎士が助けてくれてさ。覚えてるだろ? その仮面騎士がなんと、王国の聖騎士ジグロス――」



「――レンマ! 逃げて!」



 カルハは俺の説明を聞きながらゆっくり近づいてきたが、俺の後ろにいるジグロスを見た瞬間、目を大きく見開いて必死な形相で叫んだ。


「――その人がギグドよ!」


 カルハの声と同時に自分の腹部から、グサッと何かが刺さったような音が聞こえて強い痛みが走った。

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