【3-4】黒き鎧の訪問者

 そんな日々を過ごしていたある日、玄関の扉をノックする音が聞こえた。


 現在大広間には筋トレをしている俺しかおらず、リュウは外出、他のみんなは二階の自分の部屋に籠っている。


 居候の立場の俺が出るべきか悩んでいると、再びノックが聞こえた。


「はーい、今開けまーす」


 もしかしてリュウが帰ってきたのか? でもあいつノックなんてしないかーなんて思いながら返事をしてドアを開けてみると、目元以外黒い鎧に包まれた知らない人物が立っていた。


「あのー、どちら様で……」


「我は魔王軍幹部ギグド様の命で調査に参った。この洋館に相当数の戦力がいるとの報告を受けている。今後脅威となる可能性を考慮し、ことと次第によっては貴様らを殲滅する」


 黒い鎧の魔物は来て早々物騒なことを言い放ち、ギロリと俺を睨んできた。


 鋭い目力に驚いて一瞬怯んだが、カルハの話によると俺たちも魔王軍だから仲間なはずだ。

 それに相当数の戦力なんてないし、殲滅される理由がない。

 

「えっと、ここにそんな戦力はありませんよ。それと洋館にいる俺たちも魔王軍です」


 俺が否定すると、黒い鎧の魔物は腕を組んで威圧的な姿勢をとった。

 

「魔王軍だと? 我は貴様など見たことがない。それに戦力については知らないというのか、ならば問おう。この洋館付近に騎士団や鬼、ドラゴンなどがいると報告を受けている」


 言われた瞬間目を逸らした。


「どうした? 何か知っているのか?」


「いや、知っていると言いますか――」


「レンマさーん、聞いて下さい! ドラゴンの質感にさらに磨きが――」


 示し合わせたようなタイミングで、ルーリアが勢いよく元気に二階から降りてきた。


「ルーリア! お客様が来てるんだから静かにしなきゃ!」


「何! ドラゴンだと。やはり報告は本当だったのか。それにルーリア、人殺しの花か?」


 ルーリアの声をかき消そうと叫んだが、動揺して小姑のような口調になってしまった。


 しかしそんな努力も虚しく、全てを聞いたであろう魔物は背負っている槍に手をかけた。

 

「今、その娘からドラゴンの質感という言葉が聞こえた。おそらく貴様に飼育状況でも知らせに来たのだろう。ドラゴンがいるのなら鬼や騎士団もいるということ。それほどの戦力があるというなら、やはり洋館内を殲滅するべきか」


 魔物の言葉で状況を理解したのか、ルーリアが慌ててこちらに駆け寄ってきた。


「うわあああっ! まっ、待ってください! ドラゴンというのは、私の魔法で創りだした幻覚なんです。他の騎士やゾンビも幻覚で――」


「幻覚だと……、我を騙そうとしているのか?」


 魔物は槍を抜く腕を止め、疑いの眼差しをルーリアに向けた。


「えっと、それは……『ミラージュ』」


 言葉で説明するより実際に見せた方が早いと判断したのだろう。

 ルーリアは魔物の目の前にドラゴンを創り出した。そして、俺が植え込みで幻覚について説明してもらった時と同じようにドラゴンの足に腕を突っ込んで上下させ、これが幻覚であることを必死にアピールした。

 

「このドラゴンが、本当に幻覚なのか?」


 魔物は驚いて目を見開いた後、何度か幻覚のドラゴンを触って確かめていた。

 魔物は心なしか無邪気に楽しんでいるように見える。


 一通り触って幻覚だと理解したのか魔物は頷いてはいたが、何か腑に落ちないといった目をしている。


「なるほど、このドラゴンが幻覚だという話はわかった。だが、納得いかんことがある。この辺りで我々の馬車が何者かに襲撃され、積み荷を奪われる被害が相次いでいる。実体のない幻覚にそんなことはできないだろ」



「積み荷を襲うだって……」



 あれ? なんか似たような話を聞いたことがある気がする。

 確か以前、勇者に襲われる心当たりについて話していた時にリュウが……。

 

「どうした? 何か襲撃者について知っているのか?」


 仲間を疑って目が泳いでしまった俺に、魔物は疑惑の視線を向ける。


「いやーそんな奴、皆目見当もつきませんよ。なあ、ルーリア」


「そうですね! 私たちは無関係だと思います。ちなみに犯人の手がかりや特徴ってわかっているんですか?」


「それが部下の話では、暗がりで姿は見えなかったらしい」


「そ、そうなんですかー」


 良かった。見られてなかった。……でも待てよ。勝手に仲間を犯人だと決めつけてしまったけど、もしかして俺の想像と違うかも……。

 

「姿は見てないらしいのだが、『これはリュウの手柄じゃ』と叫んでいたと」


 はい、確定。うちのドラゴンゾンビがすみません。

 

「どうした? 何か知っているのか」


「いやいや滅相もありません! 俺は何にも知りませんよ。なあ、ルーリア」


「そうです。こんな見るからに非力な私たちが、厳重な守りで固められている魔王様の積み荷を奪えるわけないじゃないですか!」


 俺たちの必死な反論を聞いて、魔物は少し黙った。


「なるほど、それもそうだな。それに襲撃犯がここにいるとは限らんか。濡れ衣をかけたようですまない」


 何とか誤解は解けたようだ。このまま穏便に帰ってもらえれば……。


「なんじゃ、騒がしいのう。おうレンマ見てみい。今さっき、こがに良いもんを手に入れたぞ。これはリュウの手柄じゃけえ、いくら愛弟子といってもお前にはやらんがのぉ」


 魔物の後ろから上機嫌なリュウが俺に声をかけてきた。

 彼女は頭に高価そうなティアラをつけ、その手には煌びやかな宝石と荷袋が抱えられている。


 リュウは来客に目もくれず、高笑いをしながら自分の部屋に帰ろうとしている。

 

 そんなリュウを俺たちはただ見送っていた。心なしか魔物からの視線が痛い気がする。

 

「なあ、あいつだろ?」


「そう……なんですかね?」


「貴様を愛弟子と言っているが、我を騙したのか?」


「そう……なっちゃいますね」


 魔物は小さく息を吐き、悲しげな目を俺に向けてきた。

 罪悪感から目を合わせられない。


「見つけたぞ、襲撃者!」


 気持ちを切り替えた魔物は、大声でリュウに叫んだ。

 

「なんじゃ? リュウに用があるんか?」


 上機嫌なリュウがこちらを振り返った。ティアラや宝石を見せつけるためか、喋るたびにポーズを取っている。

 

 状況を理解していないリュウは呑気なものだが、俺たちはそうではない。


 現状を何とかしなければと考えていると、ルーリアが口を開いた。

 

「あっ、そうだ! 幻覚です。あの子は私が創り出した幻覚なんです」


 おお、ナイスフォローだルーリア。俺も乗るしかない。


「そうなんです。あれは幻覚なんです」


「バカなことを言うな。幻覚魔法は物体に触ることができん。実際に我の部下は襲われているのだぞ」


 俺たちの全ては幻覚による勘違い作戦は、一瞬で論破されてしまった。

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