【3-6】塗りつぶす赤

「えっ?」

 何が起こったのかわからず音のした方に目を向けた。

 

 自分の腹から剣が生えおり、体から『赤』が流れ出して辺りを同じ色に染めている。

 

 状況が理解できず、その剣先を触った手のひらを見てからようやく、辺りを侵食しているこの『赤』が流れ出した自分の血で、腹に剣を刺されたのだと理解した。


 自分の血がこんなにも体から流れ出てしまっているという事実を頭が認識した時、急に足の力が抜け、赤い水溜まりの張った地面にうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「なっ……グゥッ」


 刺さった事実は理解したが、なぜ剣が刺さっているのか理由はわからない。

 

 状況を誰かに説明してもらいたくて必死に声を出そうとしたが、痛みと込み上げてくる吐き気で上手く言葉を伝えられない。

 

 口の中に嫌な血の味が広がっている。

 

「レンマさん! レンマさん大丈夫ですか?」


 ルーリアの声がする。俺を心配してくれているのだろう。

 しかし、今の俺には彼女の問いかけに応答する余裕はなかった。


 腹から血が流れ出るたび、他にも大切な何かが流れ出てしまっているのではないかという喪失感に襲われ、体が冷たくなっていく。

 

 

 ……俺はこのまま、ここで死ぬのか?

 

 

「この洋館のことは隠していたが、まさか部下が来るとは思わなかった。調査しなくても良いとは言ったのにな」


 先程の友好的で明るい雰囲気から人が変わったように、ジグロスは淡々とそう言った。


「こいつ――」


「リュウ、動かないで」


「じゃが!」


「リュウ……お願いだから……」


 カルハが、消え入りそうなほどか細く震えた声でリュウを制止した。

 

「ウッ!」


 無造作に俺から剣を引き抜いたジグロスは、痛みで呻く俺に一切目を向けることなく、何事もなかったかのように真っすぐとカルハに近づいて、その場に跪いた。

 

「お久しぶりですねカルハ嬢、お迎えにあがりました」


「ジグロス……。こんなことをしなくても、制約がある私は洋館に縛り付けられているから逃げられない。時機に貴方の元へ行ったのに……」


「彼がいると貴方は来ないと思いましたので」

 ジグロスは冷たい視線を俺に向けてきた。


「……カルッ……逃げっ」


 俺は這いつくばりながら、ジグロスを睨みつけて声を絞り出した。

 

 状況は未だに理解できていない。だが、このジグロスこそが、カルハの言っていた最終目標の『ある人物』であることは明白だ。とにかくカルハを助けなければ。


「これは驚いた。急所を外したとはいえ、意識は飛ばしたつもりだったが喋れるとはな」


 俺は何とかしてカルハを逃がそうと手を伸ばした。

 

 かなりの距離があり、俺の手が彼女に届かないと頭ではわかっていても、今の俺にできることはこれぐらいで、これが精一杯だった。

 

「ただのゾンビが、カルハ嬢の騎士気取りとは笑わせる」


 蔑んだ表情で俺を見下ろしているジグロスが吐き捨てるように言ったが、俺は奴の言っている意味がわからなかった。


「なんだ、カルハ嬢から何も聞いていないんだな。君のことも、そして……彼女自身のことも」


 言われてカルハを見たが、俺と視線を合わせないためか、俯いていて表情が読めない。

 

「ならば教えてやろう。私がカルハ嬢をこの世界に召喚したんだ!」


 ジグロスは両手を広げ、堂々と誇らしげに言い放った。


「レンマ君、君には感謝しているよ。以前召喚した時は無能力者だったカルハ嬢が、死んだ君を生き返らせるためにネクロマンサーの能力を得て、この世界に戻ってきたのだからな。だが……、それに比べて君はなんだ? 何の能力も持っていないじゃないか。よっぽど恵まれた人生だったんだな。そんな無力な君は、カルハ嬢にふさわしくない」


 カルハを召喚した? 俺を生き返らせるため? さっきから何の話をしているんだ。

 

 俺が理解できずに固まっているのを見て、ジグロスは腑に落ちないという表情をしていた。そして少し考えた後、何やら納得したのか笑顔を向けてきた。


「そうか、死ぬ時に一番大切なものを奪ったとか言っていたな。なるほど、それがカルハ嬢との記憶だったとは皮肉なものだ。だが私の目的達成のためにも、君には記憶を取り戻してもらった方が良さそうだ」


 そう言い終わると、ジグロスは左手のガントレットに何か模様を描き、呪文を唱えて光の玉を呼び出した。

 

 その玉には、映画のフィルムのように色々な画像が次々と映し出されている。

 画像に映っているのはカルハだった。でも、今のカルハとはどこか違う気がする。


「今、全てを思い出させてやろう」

 そう言ってジグロスは、俺の頭に光の玉を押し込んだ。

 

「やめっ、カルッ……」


 強烈な睡魔に似た何かが襲ってきた。俺は落ちてくる瞼に必死に抵抗したが、やがて意識を保てなくなった。

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