【1-4】召喚師カルハ
気絶したルーリアを背負いながら歩き、何とか洋館の正門前にたどり着いた。
俺が近づくと門はひとりでに開いた。
このまま中に入れという指示なのだろうか。
門と洋館の間には庭が広がっていた。
植物の手入れが行き届いており、噴水もある。
見るからに金持ちの屋敷の庭といった感じだ。
ここに俺を召喚したカルハって奴がいるんだな。
いきなり変なところに召喚しやがって、色々問いただしてやる。
庭を抜けて洋館の扉が見えてきた時、そこに人影があることに気づいた。
「あ、カルハ様!」
人影に目を凝らしていると、意識を取り戻したルーリアが叫んだ。
「うわっ、突然耳元で叫ぶなよ。ビックリするだろ」
「あっ、すみません。実は途中から意識は戻っていました。乗り心地が良かったので、つい」
「起きてたんなら早く言ってくれよ。まあ、元気そうで良かった」
俺たちの声に反応したのか、扉前の人影がこちらに近づいてきた。」
「ルーリア、ようやく戻って来たのね。遅いから心配していたのよ」
俺はその姿を見て、一瞬呼吸の仕方を忘れてしまった。
その人影の正体は、異世界に来てまで使う言葉ではないかもしれないが、まさにこの世のものとは思えない美しい女性だった。
百六十センチほどの身長に、腰ほどまで伸びた艶のある髪。
俺より一歳か二歳ほど年上に見える彼女は、両手に手袋を付け、シンプルなデザインをしたシックな色のドレスを纏っている。
一見地味な服装だが、そのシンプルが彼女のこの世離れした美しさをより引き立てていた。
「ちょっと色々ありまして……、でも大丈夫です。カルハ様に言われた通り、異世界の人を連れてまいりました」
ルーリアは俺の背中から降りて女性に敬礼をした後、ババーンと俺を見せびらかすように両手を広げた。
その様子を見て、カルハ様と呼ばれている女性は、安心したような優しい笑顔で俺に話しかけてきた。
「よく来たわね。私はカルハ、貴方をこの世界に呼んだ召喚師で、一般的なネクロマンサーよ」
「あっ、どうも……、初めまして」
俺は自分を異世界に呼んだとされる召喚師に会ったら、色々問いただして文句の一つでも言ってやろうと思っていた。
それに一般的なネクロマンサーってなんだよとも思った。
しかし、実際に口から出たのは、初対面の相手に対するごく普通の受け答えだった。
目の前の彼女に見惚れてしまい、今の俺にはそれが精一杯の対応だった。
「……やっぱり記憶が……」
俺の返事を聞いて、彼女は聞き取れないぐらい微かな声で呟き、悲しげな表情を浮かべて目を細めた。
その目は、どこか寂しそうに見えた。
「あのー……、カルハさん?」
「『さん』なんて敬称を付けなくても、呼び捨てで構わないわ。それに敬語も不要よ」
そう言ってカルハさん、いや、カルハは小さく咳払いをしてから一呼吸置いて話始める。
「いきなりこの世界に召喚されて戸惑ったでしょう。手荒な方法を取ってごめんなさい。ただ、色々とやってもらいたいことがあって貴方を召喚したの」
核心を突いた話題に思わずたじろいでしまった。
まさかいきなり本題から入るとは。
「やってもらいたいことって言われても、俺はこの世界に来たばかりだし、できることなんて何も……」
言いながら自分の両手を見る。
さっき巨人を前にして恐怖を感じ、自分は無力なのだと思い知らされた。
異世界に召喚されたからといっても、突然強くなるなんて都合の良いことばかりではない。
そんな無力な俺に何ができるのだろうか?
「貴方なら大丈夫よ。試練を乗り越えて己を磨くんでしょ?」
不安に支配された心の奥底に、カルハの言葉が心地よく響いた。
……俺の名前の由来……。
召喚師とは言っていたが、彼女は俺のことをどこまで知っているのだろう。
それとも、ルーリアとの会話を聞いていたのだろうか。
「ふふっ、貴方のことなんてお見通しよ。その証拠に、貴方が疑問に思っていることにも答えてあげるわ」
そう言って俺を真っすぐと見つめる彼女の大きく透き通る瞳は、全てを見透かしているのではないかと錯覚させられるほどの怪しく気高い魅力を放っていた。
思わず息を飲んで見惚れる俺に、彼女は言葉を続けた。
「貴方が気になっている私の名前の由来だけど。軽はずみな行動や言動をとるから、『カルハ』って言うのよ」
カルハは胸に手を当てながら、しみじみと噛み絞めるように言った。
ルーリアもそうだが、この世界では名前の由来に何か特別な価値があるのかもしれない。
「名前の由来なんて別に疑問に思って……えっ? 軽はずみって、それが由来なのか?」
思いもよらない答えに思わず聞き返してしまった。
人の名前の由来について他人がとやかく言うのは失礼だとは思うが、それにしても変わっている。
「ほら、疑問に思ったでしょ? でも、私の軽はずみな行動は、最終的には絶対うまくいくようになっているの。……だから大丈夫」
カルハの目は自信に満ちている言葉とは裏腹に、どこか不安げに俺を映していた。
「良かった。疑問が解決して、緊張もほぐれたようね」
そう言うとカルハは俺に微笑んだ。
初めは近づき難い印象を受けたが、彼女の笑顔は陽だまりのように温かく、幼さや親しみやすさ、そしてなぜか懐かしさをも感じた。
なんだか手玉に取られて良いようにあしらわれた気がするが、彼女の言う通り挨拶するだけで精一杯だった時と違って、普通に喋れるようになった。
このやり取りは、彼女なりの気遣いだったのだろう。
巨人を見てからピンッと張っていた緊張の糸が、ようやく緩んできたと感じたその時。
「カルハー!」
突然この場の和やかな空気を断ち切る大きな声が響き、再び緊張の糸が引っ張られた。
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