【1-3】明らかに人類の敵側領土に召喚されたんだが……
「なあ、今なんか変なこと言わなかったか?」
質問すると、ルーリアはきょとんとした顔で俺の方を見た。
「変なことですか? ……まあ、確かに自然発動の域に達するには、まだ早かったですね」
そこじゃねえよ!
いや、そこが変じゃないとも言い切れないけど。
そもそも幻覚魔法が自然発動したら迷惑すぎるだろ。
「そうじゃなくて、『死霊の彷徨う洋館』って聞こえた気が……」
「ええ、確かにさっきそう言いました。私たちがこれから向かう洋館は、町の人から恐れを込めてそう呼ばれているんです」
動揺する俺に対し、ルーリアは平然と言い放った。
なんだよその、ラスボス手前のダンジョンみたいな名前。
やっぱ敵側の領土だろ、ここ。
「カルハ様は召喚師ですが、ネクロマンサーでもあるんですよ」
「ネクロマンサーって、死者をゾンビとして蘇生させるっていう?」
「詳しいですね、その通りです。そのゾンビがいるから、死霊の彷徨う洋館って呼ばれているんです」
「マジか……、じゃあゾンビいるの?」
「私は一人しか見たことありませんがいますよ」
「ゾンビ、彷徨ってんの?」
「さっきも会いましたけど、元気に徘徊していました」
太陽が照り付けているのに、ゾンビが元気に徘徊してちゃダメだろ。
ゾンビで太陽光が効かないなら、そいつ無敵じゃん。
……なるほど。
異世界に召喚された俺は、魔法使いっぽい恰好をした女の子に案内されて、これからそのネクロマンサーが待つ死霊の彷徨う洋館に連れて行かれるのか……。
へえー、なるほどなー。そっか、そっか……。
「なあルーリア、あれってなんだ?」
俺はルーリアの右後ろ上空を指差した。
「どれですか?」
ルーリアが俺の指差す方を見るために振り返った瞬間、俺も回れ右をして全力で走り出した。
――冗談じゃねえー。
最初召喚された時は、勇者とかの主人公ポジションかと思って期待したけど、これって俺、なんかゾンビ蘇生儀式の供物的な扱いで呼ばれただろ。
周りの圧倒的な敵側の要素に対して、俺自身には何の能力もなく、襲われても抵抗できない。
とにかく今は、ここから全力で逃げるしかない。
「ふぎゃ!」
そう思って走ったが、三歩ほど進んだところで足を挫き、間抜けな声を出しながらこけた。
自分が認識しているよりも地面の位置が遠く、右足の着地に失敗して少し捻ってしまった。
「幻覚魔法を使うこの私を騙そうなんて、甘いですねレンマさん。石畳の砕けた穴を幻覚で覆って、認識できないようにさせて転ばせました。ところで、急に走り出してどうしたんですか?」
ルーリアがゆっくりと俺に近づいてきた。
「ヒィー、殺されるううううう。来ないでー」
「いきなり何言ってるんですか、殺したりしませんよ」
「えっ、でも俺を生贄にするために召喚したんだろ?」
「何の話ですか?」
俺の必死の命乞いを、ルーリアは少し冷めた目で見ていた。
そんな顔をされるとちょっと恥ずかしい。
「だって、ここってゾンビとかいるし。俺、人間だから……」
「ああーなるほど、そういうことでしたか。心配しなくても、カルハ様は貴方の力を借りたくて召喚したんですよ。それにみんな良い人たちなので、怖がらなくても大丈夫です。それともレンマさんには、私が貴方を手にかけるような悪人に……、貴方を騙して嘲笑うような魔女に見えますか?」
そう言って、ルーリアは優しい笑顔で俺に手を差し出してきた。
今までのやり取りでの情報だけだが、ルーリアは俺を陥れるような悪人には到底見えない。
そういえば、看板にも世界を救ってほしいって書いてあったな。
ということはやっぱり、この世界では俺が勇者ポジションなのか……。
そんな考えが浮かんで納得した俺は、ルーリアの手を取って起こしてもらった。
「ありがとうルーリア。ちょっと動揺しちゃって……ごめんよ」
「いえいえ、でも良かったです。カルハ様は、前の世界が辛くて消えてしまいと絶望し、別の世界に行きたいと心の底から願った人を、この世界に召喚することができるとおっしゃっていました。だから、私はてっきり落ち込んでいて元気がない人が来るのかと思っていました」
「……そうなんだ」
ルーリアに言われて少し考えた。
高校二年生だった俺は、前の世界で消えたいと思うほど何かに悩んでいたのか?
高校生にとっての悩みとしては、進路や友人関係がメジャーだ。
召喚される直前のことは思い出せないが、特に悩んでいたという記憶はない。
もしかして、女の子との接点が一切なかった人生に絶望してとかなのか……?
それはあり得る。
「レンマさん気を付けてくださいね。この辺りは、ちょっと強めのサイクロプスが出るから危ないんですよ」
ルーリアは少し屈んでシーッと人差し指を口に持っていき、辺りをきょろきょろと見渡して様子をうかがっている。
その姿は警戒しているというより、お化け屋敷をワクワクしながら楽しんでいる感じだ。
「サイクロプスって、神話とかに出てくる単眼の巨人か?」
前の世界では創作物の中だけの住人だった巨人に会えるかもしれないと思うと、俺も彼女につられて気持ちが高ぶってくる。
「そうです。サイクロプスは単眼なので、私の幻覚魔法の見せどころです」
ルーリアはふふんっと自慢げに胸を叩き、任せろとアピールしてくる。
単眼だから幻覚魔法の見せどころという理論はよくわからないが、現状何の能力もない俺がどうこうできる相手ではない。
もしもの時は彼女に任せよう。
「頼りにしてるぜ――」
俺が言い終わった瞬間、左の方からドンッと大きな音がした。
音の方に目をやると、ここから少し離れたところに大きな人影が歩いているのが見えた。
――巨人だ。
さっきまでは巨人に会えることにワクワクしていたが、実際目にすると迫力が違う。
一目で自分が生物として淘汰される側なのだと思い知らされるほどの圧倒的体格差。
幻覚ではない本物の魔物が放つプレッシャーのせいだろうか、ワクワクなんて感情は吹き飛び、一気に不安感が襲ってきた。
手に力が入らず、足がすくんで動けない。
助けを求めようとルーリアに視線を送った。
「あ、あ、あれは、サ、サイク、サイクロ、サイクゥゥゥゥッ……アアゥ……」
ルーリアは目を白黒させて取り乱し、最終的にはその場に倒れて気絶してしまった。
「ちょっと待て! なんで初異世界、初サイクロプス遭遇中の俺よりリアクションがデカいんだよ。そんなに驚かれると逆に冷静になるわ!」
彼女の取り乱し方を見て、巨人への不安感はどこかに消えてしまった。
さっきまでの頼れる案内役的な雰囲気はなんだったんだよ。
「ナニカキコエタ?」
声に気づいた巨人が辺りを見渡している。
マジかよ、喋るタイプの巨人だ。
幸い巨人との距離は離れているので見つかっていないらしい。
ここはとりあえず、逃げた方が良さそうだな。
ルーリアが気絶したせいか幻覚魔法は解除され、周りの魔物は全て消えていた。
そして、彼女が触っていた植え込みの一部も消え、洋館までの一本道ができている。
「とにかく行くしかないか」
俺は気絶した彼女を背負い、巨人に気づかれないように洋館へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます