【1-2】幻覚魔法の罠。ただの凡ミスと無駄な時間
「えっ? ああ、大丈夫ですよ。この植え込みの一部は、私の幻覚魔法で創った幻なんです。貴方が触ろうとしたところは本物で、ここは……ほらっ」
少女は手品の種がないことを観客に示すマジシャンのように、植え込みに入れた手を上下に振って見せた。
「魔法? すげー、本物みたいだ」
俺も少女に続いて、彼女の触っている植え込みに手を入れてみた。
触った箇所の植え込みは手の形にかき分けられたが、手に草の感触はなくただ空気を触っている。視覚と触覚にずれが起こって、とても変な感覚だ。
「これでも私、幻覚魔法にはかなり自信があるんですよ」
「これが魔法か……」
得意げに言った彼女の言葉で、異世界へ来たのだという実感が湧いてくる。
「貴方がすれ違った魔物たちの中にも、私が幻覚で創った魔物が紛れているかもしれませんね」
茫然と植え込みを見ている俺に向かって、少女は悪戯っぽく笑った。
俺が魔物に襲われず、話しかけても無視されていたのは、彼らが幻覚だったからなのか……。
「面白いし凄い魔法だな。ところで、ここって――」
「――そうなんです! 幻覚魔法はですね、いかに本物のように見せるかという芸術的な魔法で、もはやアートです! 相手に理想を見せることで虜にすることもできますし、自分の願いを視覚的に叶えることができる幻想的な魔法! 幻覚魔法の使用者は、本物を超える作品を作りたい。しかし、本物を超えてしまっては幻覚を見破られてしまう。そんなジレンマの中で悩み続ける美しきアーティストなんです!」
何かを知っていそうな少女にこの世界のことを聞こうと思って声をかけた。
しかし、彼女は俺の言葉を遮るように勢いよく立ち上がって、こちらに詰め寄りながらいかに幻覚魔法が素晴らしい魔法なのかを語り尽くしてきた。
話をしている彼女はテンションが高く、俺はその熱量に圧倒され、ただただ相槌を打つことしかできなかった。
一通り話し終わった後、興奮を抑えるために少女は目を閉じて、ふーっと深呼吸した。
「すみません。私、幻覚魔法のことになると熱くなってしまって……」
「いや、ちょっとびっくりしただけだから、別に謝ることじゃないって」
「ありがとうございます。そういえば、まだ名前を言っていませんでしたね。私の名前はルーリアです。あそこに見える洋館に住んでいます」
「ルーリアって……」
少女の名前を聞いて植え込みの花に目を向けた。
「そうなんです。『ルーリアの花のように強く綺麗に育つように』っておばあちゃんが名付けてくれました」
おばあちゃんの話をする彼女はとても幸せそうに見えた。よっぽど好きなのだろう。
「おばあちゃんが名付け親か、綺麗で良い名前だな――」
「――ほ、本当にそう思いますか?」
素直に感想を述べた俺を、ルーリアは食い入るように真剣な眼差しで見つめてきた。
「毒があるってことは、生き抜く知恵があるってことだろ? ただ綺麗なだけじゃない良い名前だと思うよ」
「そうですか……。良い名前ですか……」
俺の言葉にルーリアは俯いた後、心底安心したように微笑んだ。
実際、綺麗なルーリアの花は彼女に似合っている。
それに幻覚魔法を使う怪しさや悪戯っぽさも、毒を表しているみたいで本当にぴったりだと思った。
「それでですね。えっと……」
ルーリアが俺に話かけようとしたが言葉に詰まっている。
そういえば俺もまだ名乗っていなかったな。
「俺の名前は練磨。試練を乗り越えて己を磨けって意味を込めて親が付けてくれたんだ。……そうだ、漢字はわかんないか。磨くは『ま』って読み方もあって……」
「レンマさん、素敵な名前ですね」
お返しに自分の名前の由来を伝えてみたが、名前を褒められるって嬉しいものだな。
彼女の気持ちが少しわかった気がする。
異世界に来たことに対してかなりの不安感があり、魔物に無視されることで孤独感もあった。でも、彼女と話していると、自然と不安や孤独はどこかへ吹き飛んでいった。
「レンマさんは別の世界から来られたんですよね?」
「――なぜそれを?」
突然言われて体がビクッと跳ねた。
「なぜって言われても、私は貴方を探しに来たんですよ。『この辺に落ちているはずだから洋館に連れてきて』って言われて。……ほら、さっき言ったあの洋館です。ここを真っすぐ進んだらすぐに着きますよ」
「『落ちている』ってお前なー……、えっ? 言われてって、誰に?」
「誰って、貴方を呼んだ召喚師のカルハ様にですよ」
ルーリアは当然と言わんばかりに、純粋無垢な表情で俺の質問に答えた。
異世界召喚されたのだから、召喚者がいるとは思っていた。
そのカルハという奴は、一体何の目的があって俺を召喚したのだろう?
そもそも呼んでおいて結構な時間放置されていたことなど気になる点は色々あるが、ようやくこのよくわからない状況を整理することができる。
「『そろそろ来るはずよ』って、ソワソワしながら嬉しそうにカルハ様はおっしゃっていたのに、一向にレンマさんが来ないので心配していたんですよ。もしかして、レンマさんって方向音痴ですか?」
ルーリアは少し拗ねたように頬を膨らませている。
「そういうわけじゃないんだけど、なんか道が迷路みたいになっててさー」
「迷路ですか? ここから洋館までは迷う事のない一本道のはずですが…………。あっ!」
俺の話を聞いて、ルーリアは不思議そうに首をかしげて考えた後、何か心当たりがあったのか大声を出した。
「え、どうした?」
「……実は侵入者を妨害するため、普段は洋館へ続く道を、幻覚魔法で創った植え込みで塞いで通れないようにしているんです……」
ルーリアはばつが悪そうにボソボソと説明してきた。その植え込みは、さっき彼女が手を入れて見せてくれた部分のことだろう。
なんだか話が見えてきた気がする。
「つまり……」
「レンマさんが来るからと、カルハ様に植え込みの幻覚を解除するよう言われていたのに忘れていました」
ルーリアはヘラヘラ笑いながら、幻覚の植え込みを指差した。
「完全にそっちのミスじゃねえかっ!」
そんなしょうもない理由で、俺はずっと意味もわからず歩かされていたのかよ。
「……なるほど、それで私たちの住む『死霊の彷徨う洋館』に中々来なかったのですか。凄すぎる幻覚魔法も考え物ですね。寧ろ極めすぎて、解除したはずが自然と魔法が発動する域にまで達したのかも……」
ルーリアはぶつぶつと独り言を呟きながら、納得したように頷いている。
「いや、さっき解除するのを忘れていたって言っただろ。そのせいでえらい目に……」
……ん? なんか気になる単語が聞こえたぞ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます