【1-1】突然の異世界召喚。そして、放置される俺
【第一章】
「この景気さっきも見たな」
快晴の空の下、看板を前にして俺はため息をついた。
電柱がなく、あまり整備されていない石畳の道をぐるぐると歩き回り、再びこの場所にたどり着いたみたいだ。
『ようこそ魔法と冒険の異世界へ。召喚された貴方の力で、この世界を救ってね!』
目の前の看板には、日本語でハッキリと俺宛てであろうメッセージが書かれている。
気づいた時、俺がこの見知らぬ場所に立っていたのは事実だ。しかし突然異世界と言われても、最初は悪戯かと思った。
だが、この辺りを歩き回っているうち、本当にここは異世界なのでは? と徐々に疑うようになった。
その理由として、すれ違うのは人間ではなく魔物だった。
虎の獣人や鬼、それに骸骨の剣士。
これがハロウィンの仮装だと言われたら、あまりの完成度の高さに何枚か写真撮影をお願いしていただろう。
ただ、道行く彼らは誰一人として人間の俺を襲うことも他の魔物に反応することなく、これが日常の一部だと言わんばかりに平然と過ごしている。
まるで生気のない立体映像だ。
「ていうか、こういう異世界召喚って、普通始まりの町みたいなところに召喚されるんじゃねえのかよ! 明らかに敵側の領土だろ、ここ!」
空に向かって疑問を叫んでみた。
周りから見れば明らかに変な人で注目の的だが、それでも魔物からの反応は一切ない。
ここまで反応がないとすると、もしかして俺は魔物として召喚されたのか?
新たに浮かんだ疑問を解決するため、学ランのポケットからスマホを取り出す。電池は切れていたが、黒い画面を鏡として使い自分の姿を確認した。
しかし予想に反し、画面には十七年間慣れ親しんだ顔が映るだけだった。
道の左右は綺麗な花の咲いた植え込みが行く手を阻んでおり、他に進める道はない。
辺りを見渡したが、近くの建物は丘の上にある洋館ぐらいで、その洋館をゴールに見立てた迷路のように石畳の道が続いている。
行く当てのない俺は、とりあえず洋館を目指して進んでいたが、なぜかこの看板前に戻ってきてしまう。
状況を整理するためにもう一度看板を読んでみると、ある箇所が目に留まった。
「『貴方の力でこの世界を救う』ってどういうことだ?」
声に出してみるが、当然疑問に答えてくれる声はない。
俺は普通の高校二年生で秀でた能力はない。勉強はあまり得意ではないし、運動も帰宅部の割にはできる程度だ。
そんな俺がこの世界を救う?
少し考えた後、以前読んだ小説を思い出してそういうことかと納得した。
ここが異世界ということは、俺に何か特別な力が与えられたのかもしれない。
例えば、最強の剣……は丸腰だし、最強の体……はこの辺りを歩いて息が切れる程度だしなさそうだ。他には何があったかな?
そんなことを考えながら歩いていると、また同じ場所に戻ってきた。以前左に進んだ道を右に曲がってみても、結果は変わらなかった。
これはあれか……。俺と一緒に迷路自体が動いていて、この看板の謎を解かない限りは先に進めないということか?
謎解き要素はゲームを面白くしてくれるが、ゲームと違って今は現実だ。いきなり異世界に一人で放置された俺に付き合っている余裕はない。
石畳の道はどこを通っても、最後は看板前にたどり着く。ならば、植え込みを突っ切ってあの洋館を目指せばいいだけだ。
「よし、行くか」
自分なりに看板迷路の答えを見つけ、植え込みに手をかけようとしたその時、誰かの叫ぶような声がした。
「いたー! やっと見つけました」
突然後ろから大きな声が聞こえたので思わず振り返った。するとそこには、文章作品の表現で良く見る『人形のように整った顔』というのは、こういう顔なのだろうと思わせられるほどの美少女が立っていた。
中学生ぐらいに見える少し小柄な少女は、どこかの制服のようなデザインをした服の上に、魔法使いが着ているローブを羽織って頭にベレー帽を被っている。
俺が声に驚いて固まっていると、少女は笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
「えっ、俺?」
異世界に来てようやく人に会え、知らない世界で何の説明もないまま放置という孤独感からやっと解放された。
しかも、女の子から話しかけられるなんて……。
これから俺の異世界での生活は楽しくなるかもしれない。
「――死んじゃダメー!」
少女は俺の目の前まで来ると、バッと飛び掛かってきた。
「はっ?」
突然の行動で困惑したが、咄嗟に腕を前に出して少女受け止めた。
しかし、あまりの勢いに俺は背中から倒れ、少女を抱えたままズズズッーと数センチ地面を滑った。
「いきなり何すんだよ、危ないだろ!」
完全に体が停止した後、俺の胸に顔を埋めている少女に向かって叫んだ。
少女は俺の声に反応したのか、バッと顔をあげる。
「この花『ルーリア』には、『人殺しの花』と呼ばれるほど強力な毒があるんです。花のエキスに触れると体が痺れ、食べると最悪死んじゃうんですよ!」
タックルをしてきた少女は顔を近づけ、人差し指で植え込みに咲いている綺麗な花を指差している。
どうやら彼女は俺を助けてくれようとしたらしい。全力のタックルも、俺が花に触る寸前だったので強硬手段に出たということなのだろう。
「そうだったのか、助けてくれてありがとう。怒鳴ってごめんな」
状況を理解した俺は、お礼を言って立ち上がり、座り込んでいる彼女に手を差し出した。
「いえ、無事で良かったです」
少女はえへへと笑い、俺の手を取って立ち上がった。
……あれ? 死んじゃダメってことは、花を食べると思われていたのか?
俺が自分の食に対する溢れ出る卑しさを気にしていると、少女は服に着いた汚れをパッパと払い、そのままトコトコと歩いて植え込みに近づき、ザッと手を入れた。
「――自分で言って何やってんの!」
少女の行動に思わず声を張り上げてしまった。
毒があって死ぬかもしれないって、さっき自分で言ったばかりだろ。
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