【エピローグ】君がための異世界で
【エピローグ】
洋館に着いた俺はすぐに眠ってしまったようで、目が覚めたのは二日後の朝だった。
天使の話では、勇者と仲間の聖騎士によって魔王軍幹部のギグドが討伐されたという情報が出回り、世間を騒がせているようだ。
つまり、俺たちがジグロスを倒したという真実は当事者しか知らないため、洋館の仲間たちが魔王に狙われる心配はないということらしい。
俺たちを守るため、天使が色々と手を回してくれたのだろう。彼女には感謝しかない。
そして、ジグロスとの戦いから五日経った今日、俺たちは洋館の一室に集まってベッドの周りを囲んでいる。
守らなければいけない約束があるからだ。
天使の見立てではもう少しだろうとのことなので、室内に緊張した空気が立ち込めている。
全員が一言も発さず、固唾を呑んでその時を待っていると……。
「ん、んーん」
声を漏らしながら、あの戦いからずっと眠っていたルーリアが目を覚ました。
「おっ、起きたかルーリア」
「……あれ? レンマ……さん? 私……ハッ!」
寝起きでまどろんでいたルーリアは、思い出したようにバッと上体を起こし、誰かを捜すようにキョロキョロと辺りを見渡した。
どうやら目的の人物が見つかったようで、ルーリアは安心と喜びが混ざり合ったような声にならない息を漏らして顔を緩める。
そんな彼女に対し、目が合ったハルカは少し照れくさそうに微笑んだ。
「心配をかけたわね。ありがとう、ルーリア」
お礼を言われたルーリアは、心底安堵したように深呼吸して笑顔を浮かべた。
「カルハ様……良かった。レンマさん、私の我が儘を、私との約束を守って――」
「お目覚めですか? ルーリア嬢」
「え? ギャー! 聖騎士、聖騎士がいますよ。レンマさんどうして! 早く、早く倒してください!」
室内での騒ぎを聞きつけ、部屋の外で待機していたジグロスが入ってきた。
しかし、突然ジグロスの姿が視界に入ったことで、ルーリアがパニックを起こした。
……そっか。リュウには説明したが、ルーリアはまだ知らないんだったな。ちゃんと説明しないと……。
そんなことを考えていると、リュウが安心させようとしたのか口を開いた。
「ルー子、こいつはもう大丈夫じゃ。じゃけえ、そがに――」
「ギャー! エセドラゴン、エセドラゴンがいますよ」
そりゃ仲間だし、エセドラゴンは元からいるよ。
「ほんとに大丈夫だから、一旦落ち着けルーリア。ちゃんと説明するから」
俺は割り込んで、余計に取り乱してしまったルーリアに事の経緯を説明した。
彼女は半信半疑といった感じで話を聞いていたが、彼女を囲む俺たちをもう一度見渡してから、『レンマさんが言うなら信じます』と言って真相を受け入れてくれた。
ジグロスとの戦いの後、四天王が三人であることを気にしていたのか、ハルカは彼を洋館の四天王に加えた。
まあ四天王と言っても名ばかりで、ジグロスは聖騎士として再び勇者と共に魔王軍と戦うことになったので、彼がこの洋館に居座ることはない。
ただ、俺たちがピンチに陥った時は、真っ先に駆けつけると誓ってくれた。
ジグロスは以前、自分がハルカをこの世界に召喚したと言っていた。しかし実際は、ハルカを召喚したのは天使一人の力だったということがわかった。
召喚された者は、召喚者と一定の距離以上離れることができない制約があり、自分の召喚者がジグロスだと聞いていたハルカは、その制約のせいで洋館を離れることができないと思っていたらしい。
天使がなぜそのことをハルカに言わなかったのかは気になったが、彼女にも色々考えがあったのだろうという思いから、深く詮索しないようにした。
ルーリアも目覚め、全てがうまくいったように感じる。
長かったが、やっと俺たちの日常が戻ってきた。
ルーリアが元気なことを確認したハルカは、場の和やかな空気を壊さないよう静かに部屋を出て行った。
俺は目を覚ましてからの数日間、ハルカとあまり話をしていない。
ルーリアが起きるまではなんだか話す気になれず、ハルカの方も俺を避けているように感じた。
……でも、もういいだろう。
俺が部屋を出るために立ち上がると、ルーリアが強く手を握ってきた。
「どうした?」
突然のことに驚いて質問すると、ルーリアは真っすぐ俺の目を見つめ、微笑みながら口を開いた。
「レンマさん、カルハ様のことお願いしますね。私たち、ここで待っていますから」
彼女は起きてすぐに、俺たち二人の微妙な距離感と雰囲気を察したのだろう。そして、また俺に独りよがりでない動くための理由をくれようとしてくる。
……ほんとに俺は、ずっとルーリアに勇気づけてもらってばっかりだな……。
でも、もう大丈夫だ。あの時の腰抜けはいない……。動くための理由は、ちゃんと自分の中にある。
「ありがとう、行ってくるよ」
俺はお礼を言って、見送られながら部屋を出た。
ハルカは庭にいた。
当時の俺に記憶はなかったが、そこは、俺たち二人がこの世界で再開した思い出深い場所だ。
俺は、物憂げに噴水を眺めていたハルカに近づき声をかけた。
「ここにいたのか」
声をかけられたハルカは、まるで俺がここに来ることを知っていたかのように、ゆっくりとこちらを振り返った。
「レー君、ルーリアはもういいの?」
「ああっ、本人は元気そうだし、それにみんなも近くにいるから大丈夫だろ」
「そう……、良かったわ」
ハルカは胸を撫で下ろし、久しぶりに俺と話をしてくれた。
「レー君……、貴方がまさか本当にジグロスを倒して、私を助けてくれると思わなかった。……ううん、それは嘘ね。心の底ではずっと信じていた。だから貴方を蘇生させたの……。やっぱりレー君は、私のヒーローね」
「ま、まあ、ジグロスに勝てたのはみんなのおかげだけどな」
面と向かって彼女から『ヒーロー』だと言われたことで、俺は気恥ずかしくなって思わず照れ笑いを浮かべた。
「私はね、この世界に召喚されて、今は本当に良かったと思っているの……。レー君はどう?」
ハルカは自分の服の袖を掴んで目線を逸らし、少し怯えた態度で俺の答えを待っていた。
どう? なんて聞かれても、俺の答えは決まっている。
「俺も同じだ。この世界に来れて良かったって心の底から思うよ。生き返らせてくれて、本当にありがとな」
「ちょっとレー君、私より先に言わないでよ」
お礼を言うと、ハルカは少し拗ねたような子供っぽい不満げな声を出した。
「え、何のこと――」
なぜ責められたのかわからなかったので理由を聞こうとしたが、ハルカの顔を見て疑問の言葉を途中で止めた。
「……私を助けてくれて、本当にありがとう……」
……ハルカは笑っていた。
神社の崖から落ちたあの日、彼女に笑ってほしいと思いながら俺は死んだ。
俺が見たいと願ったのは、やはりジグロスに連れ去られる時、彼女が浮かべた消え入りそうな笑顔なんかじゃなかった。
俺が人生を懸けてまで、本当に見たかった笑顔はこれだったんだ。
この世界に来て色々あったが、やっと願いが叶った。……この顔を見ることができた。
今までの思い出が次々と浮かび上がり、自分の奥底から熱いものが込み上げてくる。
「なあ、ハルカ――」
「――ハルカは死んだわ」
「はっ?」
彼女の言葉に驚いて、思わず変な声を出してしまった。
突然自分が死んだと言い放った彼女からは、先程の笑顔が消えており、その表情は真剣そのものだった。
「貴方が命を懸けて助けた。そして、貴方のことがずっと大好きだった幼馴染のハルカは、消えてしまいたいと思ったあの日に死んだの……」
ハルカは一度下を向いた後、深呼吸をして再び顔をあげた。
「私はカルハ。これからも由来通り軽はずみに行動して、色々と大変なことが起こるかもしれない。だから、……その時も私を助けてね」
「何の宣言だよ。まあ、何があってもまたみんなで助けるけどな」
俺の言葉にハルカ、いや、カルハは嬉しそうに笑った。それを見てなぜか俺も笑ってしまい、二人して笑い合った。
しばらく二人で笑った後、俺は息を整えて彼女に左手を差し出した。
「ほら、みんな待ってるから行こうぜ」
「そうね、レー君。いえ、……レンマ」
彼女は俺の手を取った。……やっと俺の伸ばした手は届いた。
いつも手を引いてくれていた『るーちゃん』はもういない。これからは、俺がカルハの手を引いて色々なところに連れ出すんだ。
――君がための異世界で。
君がための異世界で、伸ばしたこの手は届くのか 笹丸慶司 @sasamarukeiji
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