【5-終】それぞれの決着

「天使、リュウとルーリアは?」


 俺はハルカたちから視線を外し、入口の方へと向かいながら、扉の前で座り込んでいる天使に声をかけた。


 天使は戦闘中に鈴を鳴らし、転移魔法で二人を安全な場所に移動させ、目を閉じたまま動かない二人のことをずっと見守ってくれていた。


「ドラゴンゾンビは気絶しているだけね。まあゾンビだし、多少の傷はすぐに治るでしょ。ルー子ちゃんも大丈夫、同じく気を失っているだけで命に別状はないわ。多分、ダメージを移す許容量を超えた瞬間、『ダメージトランス』の魔法が強制終了したのね」


「……そうか、二人とも無事か……。良かった……ほんとに良かった」

 

 天使に無事を知らされたことで、安堵からか足の力が抜けた。


 俺は早く目を覚ますように願いながら、地面に並んで横たわっている二人の近くに座った。

 

 二人はダメージを負って気を失っている。しかし、天使が回復魔法を使ってくれているのだろうか、その表情は眠っているように安らかだった。


「それはそうと、レンマ君、助けてくれてありがとう」

 

 安心して一息ついていた俺に、天使がお礼を言ってきた。


「当たり前だろ。ハルカを助けるのは――」


「カルハだけじゃないわ」


 天使は緊張したような面持ちで俺を見ている。


「以前私は、『ジグロスが魔王軍に入った理由がわからない』と言ったけど、あれは嘘」


「嘘?」


「ジグロスの目的を知った私は、必死な彼を止められなかった。苦しむカルハに何もしてあげられず、ただ見守ることしかできなかった……。でも、このままじゃだめだと思ったの。だから、カルハの保護と魔王軍幹部のギグド、つまりはジグロスの討伐を依頼するため、天命として洋館へと勇者を導いた。勇者が悪を倒すということは、相手を消滅させる可能性がある。でも、仕方なかった。だって、魔王へと従属した彼は、もうすでに勇者が倒すべき悪となっていたから……」


 天使は視線を伏せ、肩を震わせながら語っている。その様子から、彼女がどれだけの決意を持って行動に移したのかがうかがえた。


 大好きな姉を生き返らせるため、盲目的に狂い壊れていく優しい聖騎士。変わっていく姿を誰よりも近くで見ていた天使が、その目的を止めるなんて酷な話だ。彼の思いも人一倍理解しているはずだろう。でも、彼女は決断して行動を起こした。


 俺には、そんなことできないかもしれない。


「そっか、それで勇者が来るって話をして……。でも、ハルカは自分たちを倒しに来るって言ってたぞ?」


「カルハには全てが終わってから話すつもりだったの。彼女の性格からして、勇者が自分を助けるために戦うなんて言ったら、絶対重荷になるし拒否するでしょ。だって、彼女は自分を助けた貴方を亡くしているんだから」


 天使の言い分はごもっともだ。俺が知っているハルカなら、自分を犠牲にしてでも迷わずそうするだろう。

 今の発言からしても、天使がどれほどハルカのことを考え、理解してくれていたのかが伝わってきて嬉しかった。


「でも、この世界でレンマ君を見た時は驚いたわ。生き返った貴方は生前そのままで、正にジグロスの求める完璧なゾンビだったからね。それで作戦を変え、勇者の仲間として彼を同行させ、貴方の姿を見せた。隠していてもいずれはバレるから、先手を打ったの。思った通り彼は食いつき、情報を聞こうと私に接触してきた。そこで、蘇生の秘密を探ると言って時間をもらったの。その間に貴方に記憶を取り戻してもらい、戦う力をつけ、事情を話してジグロスを倒してもらおうとした。けど、彼は私との約束を破り、カルハを連れて行った」


「俺があいつを倒すより、説得するんじゃダメだったのか?」


「説得を聞くような精神状態じゃなかったのは、戦った貴方が一番わかるでしょ。無理やりにでも諦めさせるしかなかったの。だって、どんな能力だろうと、あの髪の毛から生き返ることなんて絶対にないのだから……」


 後半は声が小さくて聞き取れなかったが、確かにあの状態のジグロスを説得するなんて不可能だ。


 俺があいつと同じ立場なら、耳を傾けることさえなかったかもしれない。


「自分でも理想ばかりで無茶な作戦だったとは思う。でも、レンマ君なら成し遂げてくれると確信していた。だって貴方は、カルハのことになると命だって何だって懸けられる『思いの強さ』があるから」


 そこまで語り終わると、天使は緊張から解放されたような少し緩んだ表情で俺を見つめた。


「だから、改めて言わせて……。貴方を巻き込んでごめんなさい。それと、二人を……いえ、私たちを助けてくれてありがとう」


 天使は謝罪と感謝の言葉を口にし、深々と頭を下げた。


「天使が謝ることじゃないだろ。だって、ずっと二人を思って必死に行動してくれてたんだろ? 結果うまくいったんだ、何の問題もねえよ。万事解決だ」


「万事解決か……」


 俺の返事を聞いて何か思うことがあったのか、含みを持ったように天使が呟いた。


「どうした?」


「いえね、カルハはさっき『ジグロスの姉はこの世に未練がない』って言っていたけど、それは少し違うと思う。……お姉ちゃんだもん。大事な弟がこれからどんな人生を送るのかは気になるし、弟の成長は近くで見たいもんだよ。たとえ、どんな姿になってでもね……」


 天使は遠い目でハルカとジグロスを見ながら語る。

 

 確かにそうだ。恨みはぜずとも、大切な人を見守りたいっていう未練は残るだろう。

 

 俺もハルカともっと話がしたい、誰よりも近くで夢を見届けたいと思いながら死んだ。ハルカが言ったようにジグロスの姉は、今も彼を見守ってくれているかもしれない。

 

 善人だった彼の姉は、ハルカが昔教えてくれたおとぎ話のように死んで星になれたのだろうか? そして生まれ変わって……。


「なあ天使。もしかして、お前がジグロスの――」


「えっ、何々? エンジェちゃんわかんなーい。あっ! エンジェちゃんこれから勇者にジグロスの件を誤魔化さなきゃ! というわけでレンマ君、後はよろしくね。バイバーイ」

 

 いつものふざけたテンションに戻った天使は、俺の言葉を遮って姿を消した。

 

 俺は深く追求せず、ジグロスが『見覚えがある』と言っていた、彼女からもらった青い刀を撫でた。


「……んっ……んあああ」

 

 天使が消えたすぐ後、この刀をくれたもう一人の仲間であるリュウが目を覚ました。


「起きたのか、もう怪我は大丈夫なのか?」


「リュウを誰だと思っとる。誇り高き竜魔族のゾンビじゃ。リュウにかかれば、こがな傷大したことじゃ……ウグッ!」

 

 俺の心配する声を聞いて、リュウは強がって傷口を叩いて見せた。しかし、想像以上に痛みが走ったのかうめき声をあげた。


「何してんだよ。ひどい傷なんだし、回復するまでゆっくり寝てた方がいいぞ」


 怪我人に対して当然のことを言ったが、リュウは俺の忠告を無視して跳ね起き、辺りを見渡した。

 

 彼女は一通り見終わった後に目を瞑って少し考え、ルーリアの横に座っている俺に真剣な表情を向けてきた。

 

 そうだ! リュウはジグロスの話を知らない。

 

 さっきまで戦っていて、ましてや自分を刺した相手とハルカが一緒にいるのを見たら……。


「違うんだ、あいつは――」

 

 リュウの誤解を解こうと言葉を発した瞬間、頭に何か重みを感じた。

 

 驚いて顔をあげると、そこには笑顔のリュウがいた。


「レンマ、どうやら全部終わったようじゃな……。ようやったのう、我が弟子よ」

 

 頭の重みはリュウの手だった。彼女は優しく俺の頭を撫でてくれた。

 

 彼女の手の温かさを感じることで、これで本当に終わったのだと、心の底から安心して涙が込み上げてきた。


「ありがとう……、リュウ」


「ドランデッドじゃ」

 

 いつも通りのやり取りをした後、事の経緯をリュウに話し、俺たちはみんなで洋館へと帰った。

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