【4-終】腰抜けの決意と仲間の笑顔

 ルーリアが向かったのは、二階の応接間だった。

 そこは、この洋館に来てすぐにハルカに案内され、勇者が襲ってくると教えてもらった部屋だ。

 

 部屋の中には、壁にもたれかかって腕を組んで目を瞑っている天使と、椅子の上で胡坐をかいて、不機嫌そうに彼女を凝視しているリュウがいた。


「レンマさんはそちらへ」


「わかった」

 俺はルーリアに通された席に座った。


 その席は、ハルカに案内された時と同じ席だった。しかし、あの時正面に座っていたハルカはもういない。俺が忘れていたせいで……。

 

「――レンマさん!」


 再び気持ちが落ちて俯いた俺に、ルーリアが声を張り上げた。その声は大きさに反して、どこか弱々しかった。

 

 驚いて目を向けると、ルーリアが消え入りそうな笑顔で俺を見ていた。


「大きい声を出してすみません。レンマさん……、私の我が儘を聞いてくれませんか?」


「あ、ああ……」


 自分に対する自信を完全に失っていた俺は、曖昧な反応で返事をした。


「……私はおばあちゃんがいなくなってから、ずっと一人でした」


 そう切り出してから、ルーリアは当時を思い出したのか、今にも泣きそうなほど目を潤ませながら話し始めた。

 

「私は昔、幻覚魔法が嫌いでした。さっき町で経験したように、私の魔法は詐欺と貶され、謂れのない罪を擦り付けられることも多かったです。それで心を閉ざした私は、孤独を紛らわせるため幻覚魔法で色々なものを創ったのですが、人殺しの花と同じ【ルーリア】という名前の印象も相まって不気味がられ、益々孤立していきました。それで誰にも会わないようにするため、町で死霊の彷徨う洋館と恐れられているここに来ました。多分、自暴自棄になっていたんです……。でも、カルハ様はそんな私を受け入れてくれました。私の魔法を綺麗で素敵だと言ってくれたんです。そして、こんな私に居場所をくれました…………」


 ハルカの名前を出した時、ルーリアの強張った表情が少し緩んだのがわかった。


 最近はテンション上昇を抑えているが、彼女の幻覚魔法に対する異常なこだわりは感じていた。それに、人間の彼女が魔王軍にいることにもずっと疑問を持っていた。

 だが、今回の町での一件と彼女の話を聞いて、全て合点がいった。

 

 そこまで語ると、ルーリアは少し沈黙した。そして、気持ちを落ち着かせるためか深呼吸をした後、自身の杖を強く握りしめた。

 

「だから……、私のためにカルハ様を助けてください。そして……、レンマさんの手で私の居場所を守ってください」


 真っすぐと俺の目を見つめるルーリアは、決意に満ちた表情をしていた。

 彼女にとっては辛い過去の話で、あんな目に遭った直後だ。余程の覚悟をして語ってくれたのだろう。


 俺がしたことは無意味だったのではないか、寧ろ俺の独りよがりな行動が余計にハルカを傷つけて縛り、今後も辛い思いをさせてしまうのではないか。そんなことを考えて、俺はずっと動けなかった。助けに行く勇気が出なかった。

 

 そんな俺に対して、ルーリアは動く理由をくれた。

 

 独りよがりではない、誰かのためになる理由を……。

 

 俺は目を閉じ、ルーリアと同じように深呼吸をした。

 

  ハルカと別れたあの日からずっと、心の奥底で渦巻いていた迷いを断ち切るために。そして、腰抜けの弱い自分を吐き出すために……。

 

  体の中にある淀んだ空気を入れ替え、ゆっくりと目を開けた。

 

 ずっと薄暗く染まって見えていた世界が、鮮明に色づいて見える。

 

 「ありがとうルーリア。……俺に任せとけ」

 

 「はい!」

 

  ルーリアは俺の覚悟を笑顔で受け入れてくれた。

 

 ……何が妹みたいだよ。ずっと支えてもらってばかりで、彼女の方が何倍も大人で精神的にも強いじゃねえか。

 

 自分の認識の甘さに思わず口元が緩んでしまう。

 

 『任せとけ』と堂々と啖呵を切ったが、俺一人でハルカを連れ戻すのは難しい。

 だから、俺を信じて依頼してくれた仲間たちに今度は俺が頼んだ。


「天使、リュウ、それにルーリア、お前たちに頼みがある」


 俺の言葉を聞いた後、三人は顔を見合わせて笑った。


 三人の笑顔は、俺が心を閉ざしてからずっと見ていた、気を遣って貼り付けられたような笑顔じゃなかった。


「任せて! 『聖なるものの使い』って言ったけど、最初に会った時にこうも言ったはずだよー。『エンジェちゃんはずっとレンマ君の味方だよー』って」


「どうやら宿題の答えが出たようじゃな。弟子の願いを聞くのが師であるリュウの役目じゃけえ、大船に乗った気で何でも頼んでこい。あと、ドランデッドじゃ」


「私にできることがあれば何でもやります! ソウルメイトですから」


 三人は普段通りのテンションで、快く俺の頼みを聞いてくれた。


 言われてみれば、確かに洋館のみんなは俺のソウルメイトだな。


「それにしても、ようやく決心したか。ルー子が『自分が説得する』というから黙とったが、正解じゃったのう。」


「流石はルー子ちゃんだねー。私やドラゴンゾンビだと無理だったよー」


「おい天使。その喋り方何とかならんのか? イラつくけぇ、あの時みたいに真剣な感じに戻せ」


「そうですね。そっちの方が、天使様としての威厳があると思います」


「えー、エンジェちゃんはこっちの方が可愛いのにー。レンマ君だって、このエンジェちゃんが好きでファンになったんだよー」


「いや、別にファンになってねえよ!」


「あっ、いつものレンマさんに戻りました」


「ちょ、ルーリアやめて! そう言われたら恥ずかしいから、なんか意識するから」


「リュウはお前が戻って嬉しいけぇ、そう恥ずかしがるな。なんせ、ずっとこんな感じじゃったからのう」


「おい、モノマネすんじゃねえよ!」


 俺の焦りように三人は笑い、俺もみんなにつられて笑った。当たり前にしていたこんなやり取りも、今では懐かしく感じる。

 久しぶりに洋館内に笑い声が響いた。しかし、その声はいつもと比べて一人分足りない。

 

 俺は頼もしい仲間たちを見ながら、改めて決意を固めた。


 ……絶対にハルカを助ける。彼女はそれを望んでいないと言っていた。でも、今の俺にはわかる。それが、彼女の本心ではないことを……。

 

 ハルカを助けるため、絶対にあの聖騎士を倒す。

 たとえ、どんな手を使ってでも……。

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