【5-1】変わらない癖が示す本心

【第五章】


「ここよ、ここにカルハはいる。召喚者の制約で、カルハは私とジグロスから一定以上離れられないから、私が合流するまで魔王の元に行くことはできないの」


 天使の案内でたどり着いたのは、大きな古びた神社だった。

 

 所々穴が開いている箇所や崩れている部分もあるが、廃墟というわけではなく、あえてそのままにしているといった感じだ。

 

 魔王軍の幹部というくらいだから、てっきり城のような建物に住んでいると思っていたが警備もいない。

 

「みんな行くぞ」


「はい」


 扉を開けて入ると中は広く、元の世界でもよく見る一般的な木造の神社と同じような作りをしており、列に並んだロウソクの明かりが辺りを照らしている。

 

「ようやく来たのか天使、用事は済んだのか? あまりに遅いから迎えに行こうかと思っていたが、これでようやく魔王の元に……、おや? レンマ君たちも来ていたのか……。すまないな、今私の城は勇者が来ていてね。こんな狭いところで良ければ、私たちがいなくなった後でゆっくりしていくといい」


 柱に背を預けて立っていたジグロスの声を聞いて、奥にある祭壇のような場所に座っていたハルカがこちらに気づいた。


「レー君……なんで? なんで来たの? 本当に私は大丈夫だから、私のことなんてほっといてよ」


 ハルカは目を大きく開いて小さく首を横に振り、俺たちが来たことが信じられないといった表情をしている。


「大事な仲間に頼まれたんだよ。……それに昔約束したよな。どんな姿になっても、たとえ死んでもお前を助けるって」


 俺の言葉を聞いてハルカは下を向いて黙った。

 彼女の肩はわなわなと震えている。


 そんなハルカの姿を見て、ジグロスは勝ち誇ったように笑った。


「どうやら、カルハ嬢は助けなんて求めていないようだが?」


「お前にはわかんねよ」


 そう、こいつにはわからない。

 俺だけが知っているハルカの癖。それは異世界に来ても、左手が義手になっていても変わっていない。


 突き放すような俺の態度に、ジグロスは不満げな表情を浮かべて剣に手をかけた。


「なるほど。見たところ天使もそちら側に付いたようだな。だがカルハ嬢を助けるということは、たった三人で私を倒す気か?」


「え、三人……?」


 ハルカはジグロスの言葉に引っかかりを覚えたのか、まじまじと俺たちを見つめている。


「やはりレンマ君、まずは君から――」


「――ジグロス、動かないで」


 天使が叫んだと同時に奴の体を光のしめ縄が覆った。巨人との戦いで見た魔法だ。


「拘束魔法か。だが、この程度の時間稼ぎなど何の意味もない。それとも、この隙に私を攻撃するのか?」


「私は……貴方を攻撃しない」


 天使は左手に持った鈴をシャンッと鳴らし、光でジグロスの体を包み込んだ。

 

「これは、異空間への転移魔法か」


 ジグロスはそう呟くと、抵抗することもなく天使と共にどこかへ消えていった。


 天使が作ってくれたこの時間、無駄にはしない。

 

 彼女に恩を感じながら、俺とルーリアはハルカの元へと向かおうと一歩踏み出した。

 

 

「帰って!」



 室内にハルカの声が響く。


「カルハ様……」


 ルーリアは彼女の声に驚いて立ち止まったが、俺は何も言わず、ただハルカを見つめて歩いた。その言葉が彼女の本心ではないことを知っているから。

 

 

「……お願い……帰ってよ……。私はもう、貴方が傷つく姿は見たくないの」


 ハルカは俺に向って懇願している。


 そんな姿を見ても、彼女に向かう足を止めることはない。

 ……俺はもう迷わない。

 

「私は……貴方に生かされた。だから、努力して応援してくれた大学にも合格した。でも、それで終わり……。どんなに楽しいことがあっても貴方はいない。辛いことがあっても貴方はいない。いつしか私の世界と人生は、感情も色もない無意味なものになっていた……」

 ハルカは自分を責めるように怒気を強めて言った。

 彼女は義手の左手の甲を擦り、血が出るほど唇を噛み締めている。


 それでも俺が一向に足を止めないとわかると、ハルカは俯いて先程の怒気を含んだ大きい声とは違い、消え入りそうなほど小さく震えた声で言葉を続けた。

 

「私はね、レー君。……貴方のいない世界に耐えることができなかった。無意味な世界で過ごしている時に思ってしまったの。『ああっ、この世界から消えてしまいたい。貴方のいる世界に行きたい』って、そして私は貴方を失った神社の崖から……。それで気づいた時には、この異世界に召喚されていた。…………私は生きることから逃げた! ……こんな私は貴方に助けてもらう価値なんかない。命を懸けてまで助けてくれたレー君に、記憶を取り戻した今のレー君に、どんな顔して会えばいいのかわからないの……」


 途中から感情的になったハルカは、自分の不満を吐き出して周りにぶつけながら泣き出した。


 以前、巨人の突進から助けてもらった時にお礼を言うと、ハルカは『自分は人を殺したから、お礼を言われる価値がない』とひどく冷たい目をしながら言っていた。


 どうやら彼女を助けるために死んだ俺のことを、ハルカは自分が殺したと認識しているようだ。そして、そうまでして生かされたのに、その命を投げ出してしまったことで、俺の死を無駄にしたと思っている……。

 

 子どものように感情的に泣いている彼女に対し、俺は普段通りに声をかけた。


「別に俺に会うのなんて、いつも通りでいい。それに自分の価値がわからないなら教えてやる。俺が命を懸けるくらいだ。ハルカ……、それでもお前は、自分に価値がないって思うのか?」


「……それは……。でも、私の能力で蘇生したってことは、レー君は私を恨んでいるってこと。それに私を助けようとして、また無茶をするでしょ。私は貴方がいない世界はもう嫌なの。私はどうなってもいい……貴方がこの世界で生きていてくれている。それだけで……私はもう何もいらない――」


「――違う。俺が恨んでいるのは、お前との約束を守れなかった俺自身だ」


 その言葉を聞いて、ハルカは顔をあげて俺の目を見てくれた。


「なあハルカ、今度は約束……守らせてくれよ。それに俺は、もうお前を一人残しては死なない。だから安心してくれ」


「そんなのわからないじゃない。私は――」


「――それでも、もし俺が死んだら……その時はまた生き返らしてくれよ。ネクロマンサー」


 俺は彼女の目の前に辿り着いて、手を差し出した。

 

『るーちゃん』は、引っ込み思案で自分の世界に閉じこもっていた俺に手を差し出し、いつも知らない世界に連れて行ってくれた。


 今度は俺が彼女を連れ出すんだ。……俺の番だ。

 

「……レー君…………」


 ハルカはその場に泣き崩れた。そして、俺の手を取ろうとしたその時。

 

「話は済んだか?」


 辺りを強い光が覆った後、入り口付近にジグロスと天使が現れた。

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