【5-2】開戦を告げる剣撃

「天使! 大丈夫かっ?」


 天使に外傷はない。しかしかなり消耗しているのか、弱い呼吸で膝をついている。

 

「私はカルハ嬢を魔王の元に連れて行く。君がいるとカルハ嬢は言う事を聞いてくれないのでな。君には少し痛い目に遭ってもらおう」


 ジグロスは腰に差した剣を抜き、一歩一歩優雅にこちらに近づいてくる。

 

「ジグロス、お前――」


 俺が迎え撃とうと刀を抜いて構えた瞬間、奴は一気に距離を詰めて切りかかってきた。

 

「おっ、重い」


「大丈夫ですか、レンマさん」


「ほう、私の一撃を受け止めるとは、正直驚いた。それにその刀、どこかで……」


 俺はジグロスの一撃を受け止めた。


 死んでいた期間を含めなければ少し前までただの高校生だった俺が、リュウと特訓したとはいえ、聖騎士で魔王軍幹部のジグロスの剣を受けきれるわけがない。

 

 これは天使に頼んでいた支援魔法のおかげだろう。

 

 だが、本当に何とか受け止めただけで、足はガクガク震えて腕の筋肉が悲鳴を上げている。

 少しでも気を抜けば、すぐに押し切られてしまうほどにギリギリの状態だ。

 

「君をいたぶった方が、カルハ嬢は私の頼みを素直に聞いてくれるかなー?」


 ジグロスは一旦剣を引いた後、連撃を繰り出してきた。

 一撃の重さはなくなったが、剣を振る速度が速すぎて目で追いきれない。


 縦横無尽に軌道を変える奴の剣は、俺の体に複数の浅い切り傷を作る。

 

「ルーリア! ハルカを頼む。安全な所へ」


 奴の注意が俺に向いている今のうちに、ハルカの安全を確保するためルーリアに声をかけた。


「わかりました。任せてください!」


「ふっ、どうせここから出ることはできん。それにカルハ嬢は、召喚者の制約で私から逃げられない」


 ジグロスは走るルーリアを一瞥した後、再び俺が受けきれるギリギリの攻撃を繰り出してきた。

 宣言通り俺をいたぶるつもりらしい。

 

「レンマさん、依頼通りカルハ様に幻覚魔法をかけ終わりました。これから私も援護します。『ミラージュ』」


 ある程度距離を取ったルーリアは、幻覚を見てボーっとしているハルカを自分の後ろに庇いながら、魔法で三体の魔物を作り出した。

 

 爪と牙の鋭い虎の獣人、骸骨剣士、そして鬼。植え込みの迷路で見た魔物と同じだ。

 

 召喚された魔物へ注意が逸れたのか、ジグロスの剣を握る力が緩んだ。

 俺はその一瞬の隙を突き、力の限り奴を弾き飛ばした。

 

 しかし、ジグロスは焦ることもなく、俺の渾身の一撃を後方に跳ぶことで受け流した。

 

「魔物の種類は違うが、以前も見た幻覚魔法だな。だが、どんなに凄かろうと所詮は偽物。幻覚だと知っていれば何の脅威でもない」


 奴の言う通り、確かに幻覚はあくまでも幻覚。攻撃しようにも魔物は敵に触れることはできないので、種がわかっている相手には効かないだろう。

 

 一度は幻覚魔法に気を取られたジグロスだったが、襲い掛かる魔物たちを無視して再び俺の方へと向かってきた。

 

「どうした? カルハ嬢を連れて帰るのだろう? その程度では私を倒すことは――ウッ!」


 突然、ドカッと大きな音が辺りに響き、剣を振っていたジグロスが吹き飛んで地面に倒れた。

 

「なんだ……? 今のは、……天使の攻撃か?」


 ジグロスはわけもわからず吹き飛ばされたことで困惑していた。攻撃を受けた箇所の鎧は砕け、ヒビが鎧全体に広がっている。

 

 どうやらジグロスは、死角にいた天使による攻撃だと思っているらしい。

 

「どうしたよ? 素人の一撃に吹き飛ばされるなんて、聖騎士様も大したことねーな」


 ようやくできたチャンスだ。今、奴に考える時間を与えてはいけない。

 俺は思考を妨げるために精一杯煽った。

 

「君の攻撃なのか? 流石に油断しすぎたか。だが、この程度で倒される私ではない」


 ジグロスは目を細めて疑っていたが、すぐに剣を下段に構え再び切りかかってきた。

 

 奴は骸骨の剣や虎の爪攻撃を無視し、一瞬で俺の間合いに入って剣を切り上げようとした。しかし、鬼が死角から奴の腕を掴んで動きを止めさせた。

 

「何っ!」


「食らえっ!」


 幻覚に触れられたことに驚いて隙ができたジグロスに向って、俺は刀を振り下ろした。

 

 ザッと音を立てた俺の攻撃は、ジグロスの鎧を砕き、刃はその奥の肉体に届き出血させた。

 奴の呼吸は荒くなり、かなりのダメージを受けたように見える。


 ジグロスは、もう一撃加えようと切りかかった俺の刀をあっさりと弾いた後、後方に跳んで再び距離を取った。

 

「どういうことだ? 幻覚が私の腕を止めたのか?」


 混乱するジグロスを見て今が好機と判断したのか、畳みかけるように鬼が奴の元へ走ったので、他二体と俺も後を追った。

 

 鬼が拳を振り上げ、ジグロスに殴りかかる。


「この鬼、もしかして幻覚ではないのか? いや、しかし」


 ジグロスは正面に迫った鬼を切り払うように剣を振った。だが、その剣は空を切る。

 

「やはり幻覚!」


「今だっ!」


 俺は追加の攻撃を叩きこむため、ジグロスの懐に飛び込んだ。

 

 しかし、流石は聖騎士。動揺はしているが、空を切った返し刀で飛び込んだ俺を狙ってくる。

 

 やられると思い、本能的に全身に力を込めた瞬間、キンッと音を立て、骸骨剣士がジグロスの剣を受け止めた。

 

「今度はこいつがっ!」


 剣を防がれてがら空きとなったジグロスの胴体に、俺は力いっぱい刀を振り下ろした。

 

「ガッ、ハッ」


「もう一発」


 倒れ込むジグロスに返し刀でもう一撃叩き込んだが、それは咄嗟に奴が出した左腕のガントレットに受け止められた。


 俺の刀は届かなかったが、虎がジグロスのひび割れた鎧に爪を刺した。

 

「グッ! 今度は虎?」


 その後も俺と三体の幻覚が、代わる代わる攻撃を加え続けた。


 俺の刀を受けて虎を警戒すれば骸骨に切られ、骸骨の攻撃を受けようと剣を構えるとその体はすり抜け、鬼の拳を叩き込まれる。

 

 ジグロスの思考が追い付かない隙に、何度か攻撃を当てるができた。

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