【2-2】勇者襲来

「カルハ、勇者に対しての作戦ってもうあったりするのか?」


 俺の問いかけに対して、カルハは微笑をこぼして立ち上がった。

 

 優雅に俺の方まで歩いてきた彼女は、映画のワンシーンを切り抜いたかのように絵になり、思わず時間や場所を忘れて見惚れてしまうほど綺麗だった。

 

 そんな彼女が俺の目の前で口を開く。

 

「そんな作戦があったら貴方をここに召喚してないでしょ」


 確かにその通りなのだが、あの雰囲気は完全に作戦がある場合に出すもんだろ。

 

「ふふーん、参謀の私に考えがあります!」


 回復役での一件を挽回するかのようにルーリアが力強く手を挙げた。


「頼むぞ。ルーリア」


「任せてください。何より、勇者に私たちが敵じゃないと知ってもらうことが最優先です。敵じゃないとわかれば、私たちが戦う理由がありません。そこで私が勇者を説得します。魔物ではなく人間の話なら、勇者も信用してくれるはずです」


「そがに腑抜けた作戦、戦わんなぞつまらん」


 彼女の意見を聞いて、リュウが不満をこぼした。

 リュウと意見は違うが、俺も彼女の作戦に関して少し気になった点がある。


「うーん良い案だが、ちょっと問題があると思うぞ」


「今の作戦結構良いと思うけど、どんな問題があるというの?」


 カルハは首を傾け、不思議そうな顔で俺を見た。

 確かに勇者との戦闘を回避することができればそれが一番良いだろう。

 

 俺はルーリアの作戦の気になる点について説明した。

 

「説得するって言っても、魔王軍と一緒にいる人間が説得してきたら、普通は魔王軍に操られているか魔物の仲間だと思うんじゃないか?」


 説明を聞いたカルハは、少し考えこんだ後にその大きな瞳を俺に向けた。

 

 俺の気になる点はあくまでも推測の話だ。

 俺よりもこの世界に詳しい彼女には、何か反論があるのかもしれない。

 

「……それもそうね」

 納得しちゃったか……。他の作戦を考える必要があるな。

 

「おいレンマ、リュウにも案があるぞ」


 リュウが手を挙げながら会話に入ってきた。彼女の表情は自信に満ち溢れている。今度こそ期待できるのか?

 

 俺からの期待の視線を受け、リュウはルーリアを指差しながら作戦を語り始める。

 

「まず、ルー子を盾にして勇者を脅し武器を捨てさせる。その後、丸腰になった勇者をみんなでドンッじゃ」


 リュウは心底楽しそうに作戦を語ったが、その内容は自分たちが魔王軍なのだと再認させられるほど、悪役が取る行動そのものだった。


「えー、野蛮だよー」


「何じゃ、リュウの案に文句があるんか?」


 不満げな声を漏らした天使をリュウがギロリと睨んだ。

 逆に何で文句がないと思ったのかわからない。


「まだまだね、リュウ。気づかないの? ルーリアみたいに魔王軍の私たちと一緒にいる人間は、操られているか仲間だと思われる。だから人質作戦は通用しないわ」


 カルハがリュウの作戦に言及した。


 内容は俺が言ったこととまったく同じだが、さも自分が気づきましたといった語り口で話し、その意見にルーリアは大きく頷きながら拍手している。

 まあ、盾にされたくはないよな。

 

 自分の意見を否定されたリュウは、しばらく頭を悩ませて考えた後に再び口を開いた。


「じゃあ、突撃」


『じゃあ』ってなんだ、『じゃあ』って。作戦も何もあったもんじゃないな。


「はいはーい、エンジェちゃんも案があるよー」


 天使が何度もひょこひょこと手を挙げ自信満々の表情で俺を見ている。


 俺は知っている。自信を持って手を挙げている奴にろくな意見はないということを……。

 

 だが、今のところ無策に等しいので一応聞いておくか。

 こいつは戦わないらしいけど。

 

「天使はどんな案が良いと思う?」


「えっとねー。エンジェちゃん的には、ルー子ちゃんの説得作戦はいい線いってると思うの。要は、説得の仕方次第だよ」


 天使に名前を出されたルーリアは、頭を手で掻きながら照れた笑いを浮かべた。


「みんなをエンジェちゃんに服従した部下ってことにすれば解決するんだよ。天使の部下なら勇者も味方って思ってくれるだろうし。あっ、初めは魔王軍っぽく接してからのエンジェちゃん登場の方が映えるかもー。うん、それが――」


「――嫌じゃ、なにが悲しゅうて天使の指示に従わにゃあならん」

 天使の作戦をリュウが遮り反論した。


 さっきから衝突しているが、もしかしてリュウは天使のことが嫌いなのか?

 

「我が儘言うドラゴンゾンビは、エンジェちゃんが天使パワーで浄化しちゃうぞ!」


「おおそうか、やれるもんならやってみい」


 リュウと天使が言い争いを始め、そのまま二人でどこかへ行ってしまった。

 もう作戦会議どころではなくなったな。

 

 強引に会議が終わったその時、大広間の外から声が聞こえた。どうやら誰かが、この洋館に来たみたいだ。

 

「コノサキニ、シュジン、イル」


「そうか。巨人君、道案内ありがとう」


「オヤスイゴヨウ」


「勇者……気を引き締めろよ」


「ああ!」


 短い会話の後、俺たちが今いる大広間の扉が開かれると、そこには三つの人影があった。

 

 一人は金色の鎧を身に着け、腰に剣を差した物語の主人公を彷彿とさせる正義感が強そうな青年。

 二人目は剣を持ち、白を基調とした鎧を着た仮面の騎士。

 そして最後に、人間の何倍もあろう身長をした単眼の巨人。

 

「カルハ、もしかして……あれは」


「ええ、そうね。あれは…………、ちょっと強めのサイクロプスだわ」


「いや、そこじゃないだろ。勇者、勇者が来てんの!」


 驚いて狼狽しているカルハに思わずツッコんでしまった。

 

 確かに、あの巨人がナチュラルに裏切っているのは気になるけど。

 いや、そもそも俺にとって味方だったことなんてなかったし、裏切るも何もないのか。

 

「俺は天命を受けし勇者。この洋館に巣くう魔王軍を討伐しに来た」


 金色の鎧を着た青年は、堂々とした佇まいで混乱する俺たちに言い放った。


 なるべく戦闘は避けたかったが、討伐とか言っているし和解は無理そうだな。

 

 しかし、これはまずいことになった。


 攻撃役のリュウは天使とどこかに行ってしまった。

 あの巨人と渡り合ったぐらいだ。勇者とも戦えると思ったんだが、他に勇者と戦えそうな奴は……そういえば巨人がいるじゃん。

 

 見た感じ目の前の巨人は勇者を連れてきただけで、本当に裏切ってあちら側についているというわけではなさそうだ。いっそあいつに倒してもらおう。

 

 確か天使の話では、魔王軍っぽく接するんだったか?

 あの巨人がカルハに従うのなら、カルハの仲間である俺の指示も聞いてくれるだろう。

 

 俺は学ランのボタンを外し、バサッとマントのように振りかざしながら口を開いた。


「よく来たな勇者よ。ここまでたどり着いたことを先ずは誉めてやろう。だが、ここまでだ。最強の巨人よ、今こそ勇者にその力を見せつけるのだ」


「なんだと! お前がここの主か。それに巨人君、君は敵なのか?」

 驚いて巨人の方を向く勇者たち。


 その場の全員が巨人に注目したが、巨人は一切動かなかった。

 

「どうした巨人よ……。あのー最強の巨人さん、俺の時みたいに全力で勇者たちを排除してくださいよ」


「コノヒトタチ、オキャクサマ。オイカエサナクテイイ。ソレニ、キョジンハツヨクナイ。ツヨイト、ミンナコワガッテサケル。チョットツヨイグライガ、イイ」


 そう言い残すと、巨人は一礼してどこかへ消えていった。


 その間、巨人以外の時間が止まったかと思うほど、誰も動かず声を発しなかった。


 去っていく巨人を見つめながら俺が思ったことは、『ちょっと強め』って自己申告だったのかというどうでもいいことだった。

 

「言うことを聞くようになったのね……」


 カルハは子供の成長を見た親のように感慨深そうに息を吐いた後、得意げに俺を見てきた。


 というか、巨人が勇者たちをここに案内したのって、裏切ったわけじゃなくて単にカルハの上書き情報に従っただけなんじゃ……。


「ええーっと作戦、何になったんでしたっけ?」


 参謀のルーリアが困惑しながら、勇者と俺たちを交互に見ている。

 

「そういえばなんだっけ? 結局何も決まってなかった気もするが……」

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