【3-1】どこかの世界のいつかの記憶。幼馴染の進路
【第三章】
☆
【どこかの世界のいつかの記憶】
高校二年の冬、俺は授業終わりで人がまばらになった教室の中、教師に提出するように言われた進路希望調査書を眺めていた。
もうすぐ最終学年となるこの時期は、進学か就職かなど自分の進路についてある程度目処を付け、それを実現するために全力を尽くす繊細な時期だ。
実際に俺の調査書にも志望校を書いている。
そんなこの時期に幼馴染の両親から、突然娘が進路を変えてしまったと相談を受けた。
理由を聞いても本人は何も話さなかったので、同じ学年で幼馴染の俺なら何か知っていると思ったらしい。
俺も彼女が夢を実現するために努力していた姿を見てきたが、進路変更は初耳だったので、両親に頼まれたこともあって理由を聞いてみることにした。
幼馴染の進路について考えていると、教師に呼び出されていた彼女が教室に帰ってきた。
そして自分の席で帰り支度を整え、一緒に帰ろうと誘うために俺の席に近づいてくる。
何かあったのだろうか、少し重たい空気を纏っている彼女に対し単刀直入に質問した。
「なあ、なんで志望校変えたんだ? 前から行きたいって言ってたろ」
彼女は一瞬驚いて目を見開いたが、すぐに表情を戻した。
「私の進路のことなんて、レー君には関係ないでしょ。それにあの大学は……」
少し怒ったように言い放った後、彼女は俯いて黙った。しかし、何か言いたいことがあるのだろう、もぞもぞと右手で左手の甲を撫でている。
俺はこの動きを知っている。彼女は困ったことや不安なことがあるとこの癖が出る。俺が昔約束した、魔法のランプを模した左手を擦るヘルプのサインだ。
俺は少し時間を空け、真っすぐ彼女を見つめながら言った。
「……本当は行きたいんだろ?」
顔をあげた彼女はしばらく無言で俺の目を見ていたが、再び下を向き、消え入りそうな小さい声でポツポツと理由を話してくれた。
「行きたい……けど、私は体が弱いから、少し遠くて講義やレポートも大変なこの大学だと卒業できないかもしれない。そうなったら、みんなに迷惑が掛かっちゃう……」
俺は彼女が語った理由を聞いて少し安心した。……そんなことを気にしていたのか。
「あのなー、お前は色々考え過ぎなんだよ。もっと自分に正直になって、俺みたいに自分のやりたいようにやればいいんだって。頭でいくら考えても仕方ないだろ。まずは行動してみて、それから対策を考える。不安なのはわかるが、案外大丈夫だって。実際、俺も何とかなってるしな」
励ますように言ったつもりだったが、どうやら逆効果だったらしい。彼女は深いため息をついた後、少し怒った口調で反論してきた。
「レー君みたいって、全てが自分の力だけで上手くいっていると思っているの? 貴方のその軽はずみな行動を、私がどれだけフォローしていると――」
「――知ってるよ。いつもありがとな、本当に助かってる。だから、今度は俺の番だ。お前が軽はずみに行動した時は、俺が全力でフォローしてやる」
「えっ?」
困惑している彼女に俺は言葉を続ける。
「俺だけじゃないって、おじさんやおばさん、それに友達みんなでお前を支えてやる。だから安心して夢を叶えてくれ」
「でも、私は……」
彼女は煮え切らない態度で目線を動かしていたが、目を閉じて深呼吸した。
「軽はずみか……。そうね、みんなを信じて思い切って受験するよ」
彼女は決心したように大きな瞳を俺に向けた後、悪戯っぽく笑って言葉を続けた。
「でも、それでも困った時は左手を擦るわ。どうやらヒーローが助けに来てくれるらしいから」
「――いつの話してんだよ」
俺たちは昔を思い出して二人で笑い合った。
彼女の笑顔を見て、こんな日常がいつまでも続いてほしいと心の底から願った。
そして、彼女が失踪した日の約束は死んでも守ると再び決意した。
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