【3-2】異世界での日常生活
勇者が去ってからの数日間、俺は落ち着いた生活を送っていた。
俺はルーリアから頼まれて、彼女と共に少し離れたところにある町へ買い物に行くようになった。
カルハは以前言っていたように洋館に縛られているため離れることができず、リュウはその町を出入り禁止になっているらしい。
そのため俺が選ばれたのは消去法かもしれないが、それでも頼られるのは素直に嬉しい。
人が苦手なルーリアにとって町へ行くことは怖くて憂鬱だったようだが、他にする人がいないので無理をしていたのだろう。
天使の着ていた赤いローブで顔を隠してぴったりと俺の後ろをついてくる。
町は俺の見たことないもので溢れかえっていた。
知らないもの見つけるたびに俺はルーリアに質問し、彼女は嬉しそうにそれに答えてくれた。
この買い物をきっかけに、ルーリアとはかなり仲良くなれた気がする。
年下の雰囲気がある彼女に癒され、俺に妹がいたらこんな感じなのかなー? なんて考えながら、楽しい時間を過ごしていた。
「レンマさん、そろそろ行きましょう」
「そうだな。じゃあ行くか」
「待ってー、今日はエンジェちゃんも行くー」
「ルーリア、二人を頼んだわよ」
「はい、お任せくださいカルハ様。……いつか、カルハ様とも一緒に町に……いえ、何でもありません。いってきます」
「…………そうね。いってらっしゃい」
手を振って見送ってくれるカルハに別れを告げて町へ向かい、帰宅後は和気あいあいと全員で夕食を取る。充実感に包まれた日々だ。
そんな日々を過ごしていると、ようやくこの異世界での生活に慣れてきたという実感が湧いてきた。
現在カルハからの次の依頼はなく、最終目標の人物についても教えてもらっていない。
この世界に慣れて余裕ができた今、今後の依頼をこなすためにも、俺には全員に話して確認しておかなくてはならないことがあった。
夕食後、いつものように四天王とカルハは暇そうに大広間に集まっていた。
「うぃーす」
「あっ、レンマ君だ。ねえ覚えてる? 勇者を諭したエンジェちゃんの天使っぷりー。もう崇拝するしかないよね。これからエンジェちゃんのファンがどんどん増えちゃうかもー」
大広間に来た俺に天使が話しかけてきた。
勇者が去ってから、天使が俺に纏わりつくようになった。
この自慢話は、これで何十回目か覚えていないほど聞かされている。正直、もう相手にしたくない。
「ねえレンマ君聞いてるー? ……あー無視だ! エンジェちゃんのこと無視してるー」
反応しない俺に対し、天使は頬を膨らませて不満げな声を漏らした。
「すまん、今は大事なことを考えてるから、話なら後で聞くよ」
今日の俺は真面目に話をする予定だ。いつもみたいに雰囲気に流されない。
「えー、大事なことって何かなー? もしかして告白? でもダメだよ。エンジェちゃんはみんなのものだから、いくらレンマ君がファンでも……って、ほらほら、エンジェちゃんを構ってよー。ほーら、ふぁさふぁさー」
天使は俺の顔を撫でるように羽を動かしてきた。
柔らかくて心地よい羽の感触に集中力を削がれるが、今は構っている余裕がない。
以前、何とか勇者を退けた。しかし、あれはあくまでもカルハの中では簡単な依頼であり、真の目的ではない。
「ふぁさふぁさー。ふぁさふぁさー」
最終目標の『ある人物』について、あれからカルハは何も言ってこない。
だが、倒してほしいと明言している以上、戦闘を避けては通れないだろう。
「ふぁさふぁさー。ふぁさふぁさー」
勇者戦で俺はまったく戦力にならなかった。だから今日、どうしても全員で話すべき議題が……って。
「ふぁさふぁさー。ふぁさ――」
「――鬱陶しいわ! いつまで顔の前で羽をふぁさふぁさやってんだよ。後で相手するから、ちょっと待っててくれ」
くすぐったくて我慢できなかった。
「だって、レンマ君はエンジェちゃんのファンなのに相手してくれないから」
「無視してごめんな。さっきも言ったけど、ちょっと大事なことを考えてるんだ」
相手にされたことが嬉しいのか、天使は悪気なくヘラヘラ笑っている。
無視したのは悪かったが、いつからお前のファンになったんだよ、俺。
「おい、天使。レンマはリュウに憧れとる部下じゃけえ、そがに馴れ馴れしくすんな」
リュウが話に入ってきた。
リュウに憧れているという誤解は未だに解けてないらしい。
それに、いつからお前の部下になったんだよ、俺。
「ちょっと待って、レンマの召喚者は私よ」
「何じゃカルハ、お前もレンマが自分にとってどんな存在か論争に参加するんか?」
「なんだよ、その恥ずかしい論争」
口ではそう言ったが、この話題をカルハに振るとはナイスだリュウ。
正直、今の俺がカルハにどう思われているかは非常に気になるし、今後のモチベーションにも繋がってくる。
「レンマ? そうね……」
俺たちは黙ってカルハの回答を待った。
「レンマは私にとって…………。召喚獣? でも獣ではないし、召喚人って言葉は変だし、魔王軍の仲間だから魔人……かしら」
そう言ってカルハは俺に微笑んだ。
「魔人か……」
よくわからない評価だが、彼女の表情から、とりあえずマイナスではなさそうだ。
俺が自身の評価に対するリアクションに困っていると、ルーリアが肩を叩いてきた。
「大丈夫ですよ。私はレンマさんのこと、幻覚魔法を愛する仲間。ソウルメイトだと思っています」
ルーリアが親指を立てて励ましてくれた。
「そうか、ありがとな。ルーリア」
ソウルメイトって確か、価値観が合う相手とか、自分の使命を教えてくれる人、前世から深い関わりがある人って意味の言葉だったか?
ルーリアの気遣いは嬉しい。でも申し訳ないが、それはちょっと恥ずかしい。
「わ、私も自分が召喚したレンマをソウルメイトだと思っているわ」
なぜかルーリアに張り合うようにカルハが言った。
「えー、ならエンジェちゃんもそれがいいー」
天使もそれに便乗してくる。
ソウルメイト多すぎるだろ。胡散臭い詐欺グループみたいになっちゃったよ。
「みんな……、これからもよろしくな」
まあ全員からの評価は低くないみたいだし、今後も精一杯頑張ろう。
さて、今日の夕食は……って危うく流されるところだった。そうだよ、話があるんだ。
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