【2-4】激突! 勇者vs魔王軍

「勇者! 私がゾンビの動きを止める。その隙に奴の主を倒してくれ」


 仮面騎士が盾を構え、リュウの前に立ちはだかった。

 

「ほぉう、そがに軟な盾でリュウを止められると思っとるんか!」


 盾を見たリュウは前屈みになり、右腕を後ろに引いた。

 彼女は右手の指先を尖らせ、力を集中させているように見える。

 

「ドラァンデッドォォォースピアァァァー」


「盾に向かって突きだと! まずい……防ぎきれな――――グハッ!」


 リュウの放った貫手は仮面騎士の盾を貫き、後ろにいた勇者をも巻き込んで吹き飛ばした。

 

 おいマジか、リュウが強いのは知っていたが、勇者たちをここまで圧倒できるなんて……。

今度からちょくちょく敬語で話そう。

 ……ほんとにこのまま俺なしで勇者に勝てるんじゃねえか?


 そう思っていた最中。


「ウギャアアアアアアアアアアアッ!」

 リュウがけたたましい悲鳴を上げ、その場に倒れ込んだ。


 一体何が起こったのかわからず、俺はリュウに駆け寄った。


「どうした? 反撃されたのか?」


 流石勇者の一味。ただやられたと見せかけて、リュウに何か仕掛けたな。

 

「リュ、リュウの爪があああああ、つ……爪が折れてしもうたー。リュウの爪飾りが……」


 すまん勇者たち、君らは無実だった。


「絶対に許さんぞ。卑怯な真似をしおって、爪飾りの恨みを晴らしてやる」


 リュウは地面を叩いた後に立ち上がり、勇者たちを鋭い眼光で睨みつけた。


 完全に八つ当たりだが、爪が折れて怒ったリュウの気迫は、味方の俺でも足が震え腰も引けるほど凄まじいものだ。


「卑怯な真似を勇者がするわけがないだろう! 単にお前の爪が盾より脆かっただけだ」

 ふらふらと立ち上がりながら勇者が叫んだ。


「そがなはずない。リュウの爪はお前らの盾ごときで折れん。リュウの爪は全てを貫く最強の矛じゃ。お前らが変なことをしたとしか思えん……」


 リュウは怒気を強めて反論していたが、一歩も引かない勇者たちの態度を見て冷静になったのか話を途中で止めた。


「あーわかった。そがに疑うなら、リュウの爪が最強じゃということを証明してやる」


 そう言い放つとリュウは、自分の右足の太ももに左腕を突き刺した。



 ……え? どういうこと……。



 周囲の困惑した雰囲気とは違い、貫通したんじゃないかと思うほど深く腕が刺さったにも関わらす、リュウは満足げな顔をしている。

 

「どうじゃ、お前らが必死に切りかかっても、薄皮程度しか切れなんだリュウの体に致命傷を与えたぞ。もう右足を動かすことはできん。これがリュウの爪の力じゃ。どうじゃ思い知ったか――」



「――アッ、アホかお前はァァァァァ!」



 俺は、ガクンっと右膝を着いてその場に座り込んだリュウに向かって叫んだ。


 本人も足が動かないと言っているし明らかに戦闘不能だろう。しかも、なぜか自分で戦闘不能になった。何がしたかったんだよ、あいつ。

 

「確かにアホかもしれんのう。じゃが、リュウは自分の爪の強さを示せて満足じゃ」


 リュウは悔いなしといったとても晴れやかな表情で俺を見つめてきた。


 そんな顔をされたら、どんなに間抜けな戦闘不能理由でも彼女を責められない。


「良かったわね。……リュウ」


「いや、良くはねえだろ」

 なぜかカルハはリュウの行動に感動していた。


「よ、よくわらんが、ゾンビは倒せたのか?」


 勇者たちは困惑している。俺だって困惑してる。


 なんせリュウが倒されてしまったということは、次は俺たちの番だ。


「仕方ない。俺が戦うしかないのか……」


 俺は戦うために腰に手を当てたが、その手は空気を掴んだ。

 あれ? そういえば俺って武器持ってなくね?

 

 その後も全身を隈なく触って確認したが、それらしい武器はどこにもない。

 

「レンマさん、私に任せてください」


 俺が己の無力さに打ちひしがれていたところ、それを察したルーリアが前に出て杖を振りかざした。すると、部屋全体に無数の魔法陣が浮かび上がってきた。

 

「この魔法陣、召喚魔法か? それにしては量が多すぎる」


「まずいぞ。この数を召喚されたら流石に倒しきれない」


 勇者と仮面騎士は背中合わせで互いを支えるように構え、焦りの表情を浮かべている。


「魅了せよ。我が魔法……『ミラージュ』」

 ルーリアが呟くと魔法陣から魔物が次々と現れた。

 

 首のない騎士団や鬼、そして人間よりも遥かに大きい西洋風のドラゴン。

 俺が勇者の立場でこれを相手にすると考えたら、戦う前から絶望して戦意喪失するだろう。俺、丸腰だし。

 

「どうですかレンマさん!」

 ルーリアは褒めてほしそうな雰囲気を纏いながら話しかけてきた。


「流石ルーリア、こんな量の召喚ができるなんて――」


「――いやいやレンマさん甘いですね。量よりこのドラゴンの質感を見てくださいよ。あそこの自分で戦闘不能になったエセドラゴンとは違って、ちゃんと翼もあります」


 ルーリアは嬉しそうに自慢してきた。

 そうか、これは幻覚魔法で創り出した魔物か!


 俺は改めて彼女の魔法の凄さを体験した。

 ドラゴンは見たことがないので何とも言えないが、騎士の装飾品などは本物と見間違うほどに作りが細かい。

 

 幻覚魔法のことになるとテンションが振り切れて熱弁を振るう彼女は、心の底から幻覚魔法が好きなのだろう。

 こんな凄いものを見せてもらったんだ。今回ばかりは勇者たちが勘違いしている召喚魔法としてだが、魔法について彼女に好きに喋らせてあげよう。

 

「こんな凄い召喚魔法が使えるなんて、やっぱルーリアは頼りになるな」


 俺が周囲に聞こえるように召喚魔法として褒めると、ルーリアは意図を汲んだように頷いてから嬉々として勇者たちに語り始めた。


「見よ、勇者たちよ! これこそ究極のアートにして我が魂の幻覚魔法。この魔法の前では、誰もが騙され私の虜になる! 私は最高のアーティストでありエンターテイナー!」



 あっ、ヤバい。何も伝わってなかった。



「幻覚魔法? もしかして全て幻なのか……? うわっ、本当だ」


 勇者たちが幻覚のドラゴンに触り、無害なことを確認していた。


 どうやらリュウに続き、またも貴重な戦力を失ったようだ。ルーリアの幻覚魔法で一番惑わされているのは、彼女自身なんじゃないだろうか?


 そんなことを考えていたら、仮面騎士が勇者に指示を送っている声が聞こえた。

 

「そろそろ全体攻撃魔法で一気に決めるぞ」


「しかし、それだとあの子を巻き込んでしまう。突然幻覚と叫びながらテンションが高くなったし、魔物に操られているのかもしれない」


 勇者はそう言いながら、自分の世界に酔いしれているルーリアの方を見た。


 なるほど、幻覚魔法に対する彼女の謎のテンション上昇は、魔物に操られているせいだと勇者は判断したらしい。

 勇者として、人間の女の子を巻き込んではいけないということか。


「なるほどのぉー」


 いつの間にかカルハの前に召喚されていたリュウが、顎に手を当ててニヤリと笑い、右足を引きずりながらルーリアの方に向かって行く。

 

「おい、勇者よ。リュウたちに近づくな! 近づけばこの女がどうなっても知らんぞ」


 リュウは、ルーリアの首元に折れた自分の爪を当てながら勇者に叫んだ。

 

「私の芸術は不滅の……えっ? ヒ、ヒィィィィィィィィ。たっ、助けてえぇぇぇぇぇぇ」


「くっ、なんと卑怯な」


 ルーリアの悲鳴を聞き、勇者は苦虫を噛み潰した表情でこちらを睨んでいる。

 

 そうか、あれはリュウが言っていた人質作戦だ。

 一度は否定した作戦だが、あいつには他に何か別の考えがあるのかもしれない。

 

 ここは……。

 

「そうだぜ、勇者さんよー。この女の子の運命はあんた次第だぜー」


 俺も全力で乗るしかない。

 

 魔王軍というには小物感が半端ないが、これで良かったんだよなリュウ。ここから何か策があるんだよな。

 

 俺は期待してリュウの方見た。

 間抜けなミスはしたが、巨人や勇者との戦闘を見た俺のリュウへの信頼度はかなり高い。

 

「ハァー、リュウの爪が……。じゃけど、爪が短いリュウも可愛いのぉ……」


 あーこれは何も考えてないわ。

 

「卑劣な魔物どもが、その子をどうするつもりだ!」

 勇者が鬼気迫る表情で叫ぶ。

 

 どうするんでしょうね? 俺たち。

 

 とりあえず勇者たちを止めることはできたが、俺たちも動くことができない。この間に何か策を練らないと。

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