第二十四話「デコルテ」
「瀬川さんって物腰が丁寧ですよね。カードゲームによく出ています」
即売会が終わり、さて皆で何を遊ぼうかと。
とりあえず高橋部長にカードを貸してもらい、皆でカードゲームでもと言われ、揃ってプレイ中である。
厳密にいえば人数が合わぬので、部長だけジャッジ役に回っている。
その部長いわく、プレイでは相手の人格がわかると仰せだが。
さて、この私こと瀬川には、梶原君の言葉のそれが、何を意味していることやらさっぱりわからぬ。
「どうしてそうお思いに?」
褒められることは何もしていない気がするのだが。
梶原君は笑いながら、私の出しているカードの方向を示した。
「全て僕側にカードが向けられています。珍しいプレイで、皆はあまりやらないんですけどね」
「え、こういうもんじゃないの? こっちの方が相手がテキスト読みやすいでしょう?」
親切というか、丁寧というか。
こういうもんじゃないのだろうか。
カードの効果をいちいち説明するよりも、相手に読んでもらいやすいようにした方が良い。
「私はカードのテキスト性能を理解しているけど、相手は知らないわけだし。相手にも読んでもらいやすくすべきでは?」
「その考えに至る時点で、やることなす事、全てが丁寧ですよ?」
そうなのだろうか。
そうかもしれないと思いながら、なんとなくこそばゆい。
梶原君からの高評価は、私にとって有り難いものだ。
「瀬川ちゃんは凄い丁寧な性格をしているよ」
背後から、高橋部長の援護射撃が飛ぶ。
初心者である私のプレイングを見守ってくれているのだ。
普通の女性だと、梶原君と一緒に遊んでいる私に嫉妬の欠片くらいはあってもよさそうなものだが。
何故だか高橋部長はニコニコとしていて、私を優しく援護してくれるのだ。
何か、とても良いことでもあったのだろうか。
「アレだね、私が一年の時に広告担当を申し出たのを思い出すね」
「その話、気になりますね」
私のターンだ。
カードをアンタップする。
高橋部長の話が気になって、ちょっとドキドキとする。
間違いなく私についてのセールストークだ。
そう判断しても良い。
何故、高橋部長は私を梶原君に売り込もうとしてくれるのだろうか?
「最初に私たちが出した本、50冊刷っても4冊しか売れなくてさ。もう見たくもないって皆で泣きながら燃やして、そんなときに瀬川ちゃんが言ったのさ。私が広告担当を務めますって」
「ほう」
考える。
考えて――梶原君のお母様と会って話をしてくると部長が言っていたことを思い出した。
少しは怒られるんだろうなあと思っていたが。
ひょっとして、それどころか何もかも上手くいって、狙ってもよいと囁かれたのだろうか。
あれ、ひょっとしてとりあえず自分の売り込みは成功したから、他の部員も売り込もうとしている?
「無宣伝の本が売れるわけがなかったんです。だから宣伝します。私にやらせてくれって言いだしてね。全部任せたよ。その結果、300冊も頒布できるようになったんだから、瀬川ちゃんの部活における貢献は偉大なものなのさ」
「ほうほう。さすが瀬川さん」
梶原君が素直に感心している。
こういう時、同人誌が売れて、それがどうしたとか言い出さないのが梶原君を本当にオタクの仲間だと思うところで。
それ以上に、異性を感じるのだ。
にっかりと笑い、私を尊敬の念で見つめている。
純粋な瞳に対して、私はこれで私の異性としての好感度が上がらないかなと考えている。
そんな自分はいやらしい。
とてもいやらしく感じる。
「あー、あと瀬川ちゃんのエピソードで何かあったかなあ。鎖骨フェチなことは知っているよね?」
「まあ知っていますが、鎖骨の何がいいんですか? 別に馬鹿にするつもりはなく、純粋に興味でお聞きしたいのですが」
フェチか。
それに触れると話が長くなるぞ。
「厳密にはデコルテなんですよね」
デコルテ。
首筋から肩周り、胸元までをさす意味の言葉。
服を確かに着用しているのに、鎖骨辺りが露出する際のデコルテが私にはたまらないのだ。
もちろん、服に包まれて輪郭が判る程度でもよい。
だが、その長い語りをしても梶原君には――。
あれ、意外と聞いてもらえそう。
梶原君は優しいし。
「僕のデコルテはどうですか?」
「大変よいですね」
もう素晴らしいにもほどがある。
白いワイシャツ越しに、ぶっとい鎖骨が浮き出ている。
セクシーなぶっとい鎖骨、触って人差し指でなぞりたい。
つつ、と指先で胸元までを手にかけたいのだ。
そう本気で思っている。
実際に口にしたらセクハラなので言わないので、やりたい行為までは口にしないが。
「私が人生で今まで見た鎖骨の中で、一番良いデコルテをしているかと」
そう素直に口にする。
「――ちょっと長考してもよい?」
自分が引いたカードを見て、そう尋ねる。
長考が必要なのは、そのカードについてではなく。
梶原君についてであったが。
「どうぞ」
笑顔でそう口にする彼を見て思う。
手札を一度机に置き、息を吐いた。
さて、はたして、彼が私に振り向いてくれることなどあるのだろうか?
疑問に思える。
黒髪三つ編み、いかにもナードでございといった容姿であって、髪は良く梳いているがその程度。
洒落っ気の欠片もない見繕いである。
胸が高橋部長よりも大きいぐらいが特徴か。
自分が梶原君にふさわしいと、どうしても思えないのだが。
「部長、こんどシールドやドラフトもやりませんか?」
「いいね。皆あまりカード持ってないしね。カード資源を増やすべきだね」
彼の興味が、高橋部長に移った。
その間に考える。
部長は私を援護してくれている。
要するに、皆で仲良くしようねと言う最初の宣言と行動指針が変わっていないのだが。
微妙な変化がある気がする。
女の目だ。
「土地カードは私が用意するよ。カードを買う費用は部費を使っちゃおう。皆が少しづつ慣れていこうね」
高橋部長は恋する女の目をしているのだ。
より厳密には、恋することを許された目だ。
やはり、梶原君のお母様から直々に口説くことを許されたのだろうか。
気になっている。
だが、彼の眼前で聞くわけにもいかぬ。
「はい。あれです。梶原君はカードゲーム本当に好きなんですね」
「人の感性が読めますので」
にこやかに梶原君が笑う。
カードのカットの仕方、プレイング、そのやり口で少しだけだが人の感性がわかるのだと彼が嘯く。
事実なのだろう。
だが、見透かせないものもあるだろうな。
「私のターンを進めますね」
この瀬川が、めっきり貴方に惚れこんでしまっているということだ。
もう、たまらないのだ。
鎖骨も好きだが、それ以上に貴方の声が好きだった。
野太くて、力強い。
「瀬川さん」
そう名前を呼ばれてしまうと、それだけで心臓がドキリとする。
彼が私の名前を呼ぶだけで、私は幸せになれるのだ。
それを自覚してしまった。
恋はいつでもハリケーンだったか。
どこかの漫画でもあった台詞をより強く自覚する。
「そのクリーチャーを今出すと損ですが、大丈夫ですか? それは一人しか出せないんですよ。出せますが、出すと先発で出しているクリーチャーが死にます」
「ありゃ。すいません、やり直します」
プレイミス。
それを優しく指摘してくれる梶原君の瞳を見る。
私は、この瀬川は彼が好きだ。
どうしようもなく、たまらなく好きなのだ。
ぽんぽんと、部長が私の肩を叩く。
「瀬川ちゃん、ゆっくりね」
ゆっくりと口説こう。
のんびりとやっていこうよ。
まるで、そうささやくように肩を叩く部長を感じつつ、私は顔を赤らめた。
ああ、理解した。
これは恋なのだ。
私は部長に肩を押さえられながら――心臓の鼓動を止められないでいた。
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